不染の蓮(そまらずのはちす) その4
若殿は冷ややかな横目で私を見て
「別に。大人しく従者のフリをしてたよ。国守みたいに二度見してボォっと見とれるヤツもチラホラいたけどな。泉丸がいつものお洒落な水干・括袴に、金と真珠の耳飾り姿だったからなぁ。馬であれだけ激しく揺られたってのに、耳が引きちぎれそうにならんのかな?身嗜みにかける意気込みは大したもんだ。」
変なところに感心してる。
「で、その後どうしたんですか?」
「不語仙和尚に話を聞くため、xx川をさかのぼって雲法寺へ行くことにした。」
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木々が生い茂る山の中、川沿いの細い山道をのぼっていくと、その途中、浅くなった川で数人の男が笊を手に持ち何かしているのが見えた。
近づいて何をしているのかよく見ようと道を外れ、川へ降りようと川べりのなだらかな部分を探していると、その男たちの一人が慌てて上がってきた。
「あなたたち!ここで何をしてるんですか?この辺が疫病を出した村の近くだと知っているんですか?」
息せき切って詰問するので
『それはこっちのセリフだ!』
と思った若殿は
「あんたたちこそ、川で何をしている?疫病の村近くの。」
その男は困惑した表情を浮かべ
「ああ。それはそうですね。実は私たちはあの村の空き家に住ませてもらっている雲法寺の修行僧です。川では修行の一つの水垢離をしています。」
「笊は何に使うんだ?」
「魚を採っています。夕餉にします。」
「一匹分けてくれないか?」
「生憎まだ一匹も採れてません。また次の機会に。」
川に入った男たちに確認もしないでそう言うので不審に思ったそう。
「不語仙和尚には雲法寺に行けば会えるかな?どんな人だ?」
その男は微笑み
「さぁ?山へ修行に出ているかもしれませんね。あの方は我々を苦しい境遇から救ってくださり、生きる術を教えてくださる偉大な方です。我々修行僧はあの方のためなら何でもします。知っていますか?不語仙和尚は疫病の村人たちに米と魚を与え、薬を与え、家を与えてきました。いつも苦しむ者たちに必要なものを与えてきました。それは今現在も続いています。貧しい村人たちは高い租税の徴収に苦しみ、庸調物の都への物納運搬の労役に苦しみ、いつも腹を空かせロクに着るものすらない生活をしています。不語仙和尚が自腹で食料や生活必需品を工面し、与えてくれなければこのあたりの村の住民はもっと前に死に絶えていたでしょう。」
若殿はちょっとした違和感を覚え、眉をひそめた。
「でも結局、村一つの全ての住民が死んでしまっただろう?」
男はハッとして慌てて頷き
「そうです!疫病ですから!病の感染力は強く罹った患者は進行が速く、不語仙和尚の施しでは間に合いませんでした!」
若殿は疑わしい目つきで
「墓は?どこにある?どこに遺体を埋めたんだ?それだけの人数なら広い土地が必要だっただろう?」
男は焦ったように額に手を当て
「あぁ!ええっと、下流の村の墓に遺体を埋めたんじゃなかったかな?下流の村で聞いてみてくださいっ!!」
口元に笑みを浮かべつつ、ギロっと睨みつけ
「では不語仙和尚に会いに行く。」
と言って別れた。
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私はハッと思い出し
「忘れてますよ!腕に気持ち悪い模様はあったんですか?」
(その5へつづく)