不染の蓮(そまらずのはちす) その3
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盆地というのは四方を眺めるとどの方向にも山が見え、閉塞感がありながらも、守られているという安心感もある。
そんな甲斐国で、若殿はまず国府を訪れた。
甲斐国守は若殿のような都の生白い関白家のおぼっちゃま貴族は嫌いだったようでつっけんどんだったらしい。
だけど丁寧な言葉遣いと態度は崩さず
「蔵人頭兼右近衛権中将殿?はぁ、あの、関白様のご長男がわざわざ調査にお見えになったんですか。
へぇ~~~~っっ!」
感心して大げさに声を上げた。
『お坊ちゃんが調査なんてできるの?』
疑いの目でジロジロ見つつ
「この付近の村ではまだ病人は出ておりませんが、xx川の上流から、仕留めた猪や鹿を売りに降りてくる猟師の話ではxx川の上流の村では病が流行り、村一つが丸ごと消滅したそうです。」
「国司から役人を調査に派遣したんですか?その結果はどうでした?」
「ええ。派遣しましたよ!モチロン!あの辺は古来から丸石を道祖神として祀るような信心深い人々でね。確かに調査に行かせた役人が猟師に案内させその村に着くと空き家が立ち並び、田畑が荒れ、耕した痕跡がなかったそうです。ただ、人は住んでいたようでその姿に驚いたと報告しました。」
若殿は焦れったくなり
「調査に出かけた役人に会わせてください!」
調査に出かけた役人と対面し
「耕作放棄された田畑と、空き家になったその村に、人が住んでいたんだって?誰が何の目的で?人数は?」
役人は調査の書き付けを見ながら
「確かそこには、疫病で村人が全滅したあと、三十人あまり住み着いたとこのとです。住み着いた人々はある寺で面倒を見てもらっている者たちで、口減らしや親を失った稚児として引き取られた者たちが成人し寺で修行していたそうです。村人がいなくなったのならと空き家を利用して住み始めたばかりとの事です。」
「その寺はどこにあるんですか?」
「xx川上流にある雲法寺です。住職は不語仙和尚です。」
「不語仙和尚に会って話を聞いたんですか?その話は本当だったんですか?」
役人は目を丸くし
「いいえ!嘘をつく必要がありますか?何を確かめるって言うんです?」
疫病が治まったとは言え村人が全滅した家に住み着くなんて!
三十人の修行僧?元稚児?の人たちってスゴイ根性!
それも修行の一環?
若殿が思い出したように
「その修行僧たちの姿に驚いたそうですが、どうだったんですか?」
役人が思い出すだけでゾッとするように身を震わせ
「ええ。気味が悪くて。ええと、あれは、おそらく、入れ墨なんでしょうけど、何と言ったらいいか・・・・」
「何の入れ墨だったんですか?」
「いや、もしかすると、疫病の痕跡かもしれないな。腕にたくさんの丸い穴が開いたようになっていました。」
若殿はすっかり驚き
「その疫病とは『疱瘡(天然痘)』ですか?完治しても皮膚に残る瘢痕の『あばた』があったんですか?!それなら効く薬はないし、打つ手はないな。都には持ち込まない他に方法がない!」
怖れて、焦った。
役人は否定するように首を横に振り
「いいえ!彼らは腕の決まった場所にあったので、示し合わせて入れた入れ墨だと思いました。集団の目印のようなものでしょう。でも彼らが疱瘡にかかって生き延びた者たちで、本当にあれが『あばた』だったなら・・・・!もしそうならまだ疫病が残ってたりしたら・・・・あぁっっ!!!どうしよう?!!私は!私は大丈夫でしょうかっっ?!!」
不安で今にも泣き出しそう。
「どのような大きさと形でしたか?」
上の空で顔をピクピクと痙攣させながら
「直径が腕の幅ぐらいの大きさで、蓮の花托を御存じでしょう?丸い目のようなツブツブがある。あれのようなものでした!今思うと、皮膚に穴が開いているようであり、多くの目がこちらを睨んでいるようでもあり・・・・ゾッと気味が悪くなりました!あ、あれが『あばた』かもしれないと思うと気が気でなりません!!何だか寒気がしてきました!熱がでてるかもしれない!」
と急いで家へ帰った。
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「泉丸は?一緒にいたんですよね?どうしてました?」
(その4へつづく)