不染の蓮(そまらずのはちす) その2
それから私は、宇多帝の姫と三日に一度は遊びながら、若殿が帰ってくるのを待ってた。
双六や貝合わせをして遊んだり、草子を読み聞かせたり、庭に花を摘みに行ったりして過ごしてたが、寂しそうな素振りもなく、いつも通り元気そうに見えた。
若殿が帰京するまで、移動と調査で一月はかかると思っていたけど、三週間ぐらいたつとひょっこり帰ってきた。
厩舎に馬を入れ、敷き藁を整えたり鞍をはずしたり水を飲ませたり飼葉を運んだりの世話をした後、若殿の対の屋へ話を聞きに行く。
湯殿で汗をながし、サッパリした顔の若殿に、期待で胸を膨らませつつ
「甲斐国へは一体何の調査だったんですか?
教えてくれるんですか?それとも国の機密事項ですか?」
長旅で頬がこけ、目の下に隈ができ、無精ひげが伸びた疲れが残る顔をしつつも安堵した表情で
「ん?まぁ、これから宇多帝の別邸に報告へ行く。その途中に話そう。」
鏡で無精ひげの伸び具合を気にしながら
「ひげは剃ったほうがいいかな?浄見が嫌がるかな?」
っはんっ!!
別に髭だらけでもお構いなしでしょうよっっ!
思ったけど、薄目の冷ややかな目で見つつ
「若殿だと分からないんじゃないですか?どこかの悪漢が来た!って怖がって逃げると思います~~~!」
嘯くと、慌ててひげを剃ってた。
宇多帝の別邸へ行く途中、歩きながら若殿が
「よし、じゃあ最初から話してやる。」
と長~~~い話をしてくれたのを、私なりにまとめたのが以下の通り。
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これは、若殿が甲斐国へ調査へ行くことになった日のこと。
内裏で、ある参議が主上に申し上げた。
「甲斐国のxx村で、半年ほど前から疫病が流行り、かれこれ百人もの村人が死に絶えたそうです。
その村が川の上流にあることから、川を通じて疫病が下流の村々に広がることを恐れていると甲斐国守から報告がありました。どのような対策を取るべきかご下命を頂きたいとのこと。さらに、京から医師を派遣していただくわけにはいかないかとの打診がありました。」
主上は
「甲斐国府もその下流にあるというわけだな?お前はどう思うのだ?」
その参議は
「甲斐国は都から遠ございますから、様子を見守っておればいつか疫病はおさまるでしょう。わざわざ人を派遣しその者が疫病を都に持ち込んでは最悪の事態になります。」
「それもそうだな。
うん?何だ、時平、何かあるか?」
蔵人頭として主上のそばに伺候していた若殿が
「はい。都から遠いといえど、百人もの人が死んでいるというのは事は重大です。
その疫病が万が一、都に持ち込まれたときの対策を練るためにも、医師を派遣し治療にあたらせ薬の効き目を試すなど調査もかね人を派遣した方が良いかと存じます。」
主上はジッと考え込んだ後
「では、蔵人頭、お前がまず疫病の状況を調べに甲斐へ出かけ国守(国司の長官)を訪ね、詳しく話を聞け。お前の判断で現地を訪れ医師や薬が必要かを調べ、報告の文を送るようにせよ」
「ははっ」
という経緯で若殿は甲斐国へ調査旅行へ出かけた。
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「なぜ泉丸が同行することになったんですか?」
若殿は首を横に振り
「確かなことは分からんが、主上は私が東国で密かに郡司(地方の有力者)と面会する、兵馬を調達するなど不穏な動きをせぬかを見張らせるつもりだったのかもな。本人は『ずっと甲斐国へ行ってみたかった』と。」
ふぅ~~~ん。
自分が派遣しておいて疑うって?!
仲がよさそうに見えても腹の探り合いは欠かせないのね!!
「それから甲斐国へ着いてからはどうだったんですか?」
(その3へつづく)