不染の蓮(そまらずのはちす) その1
【あらすじ:甲斐国(山梨県)で疫病が発生し多数の死者が出たという報告をうけ、時平様が調査に出かけることになった。目に見えない疫病の原因とちがって、目に見えるけど回復の証でもある瘢痕を怖れるのは、迷信深い人々なら仕方がないこと?熱願冷諦な時平様は不条理な恐怖の実態を単純明快に解き明かす!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は蓮の実のブツブツはギョッとしますが、ハチの巣の網目は大丈夫ですよね!というお話(?)
ある日、若殿が朝政から帰ってくるなり
「甲斐国へ調査の旅に出る。支度を頼む」
命令されたので、
え?
何を用意すればいいの?
とシッカリ戸惑い、結局、大奥様に報告すると
「まぁ!大変っ!!どうしましょっっ!」
大慌てで侍女に細々と言いつけ、てきぱきと準備を進めた。
次の日、大小さまざまないくつもの行李(竹や柳、籐などを編んでつくられた葛籠の一種)、数足の草鞋や笠、数本の水筒や瓢箪や飯行李など、旅の荷物が山盛りに若殿の対の屋に準備されてた。
これから何年も遠国に赴任するのかしら?
というくらいの大荷物。
若殿が
「お前、母上に丸投げしたなっ!!こうなるから黙っていたのにっ!着替えの烏帽子や狩衣なんていらないっ!!」
ジロッと睨み付け、ブツブツ言いながら背負うための布袋一つに必需品を詰め込んでた。
甲斐国へ旅行?
と言えば、駅路(都と大宰府及び五畿七道の国府とを結ぶ迅速な情報伝達を目的とする道路網)で駅馬を乗り継いでも片道十二三日はかかる。
う~~ん、大変そう!
・・・・だけど、ちょっと行ってみたい!!
「私はお伴しなくていいんですかぁ?」
指をくわえながらチラ見すると若殿はムスッとして
「お前は足手まといになるだけだ。従者として一緒に行くことになった者がいるから、そいつと同行する。」
「誰ですか?」
「泉丸だ」
えーーーっっ!!
羨ましいーーーっっ!
ちょっとテンションが上がり
「いいなぁ~~!私も行きたいですっ!!文句言わずに歩きますよぉ~~~!」
イライラしながら睨み付け
「なるべく早く帰ってきたいから、できるだけ飛ばすつもりだ。泉丸なら付いてこれるが馬に乗るのが下手なお前には無理だ。」
キッパリと言い捨てられた。
まぁ~ね~~~!
確かにぃ~~~!
しがみつくのがやっとだけど。
じゃあ!
とあらぬ疑いかけ心中を探るようにチラ見して
「そりゃあ、あんな美人と一緒なら、若殿は道中ずっと楽しいですよねぇ。美女と見間違えて変な事したりしないでしょうねぇ。」
背筋が凍りつきそうなほど冷たい目で睨み付け
「あいつとずっと一緒にいて、間抜け面してボンヤリ見とれていられるのはお前ぐらいのもんだ!
いつ寝首を掻かれるかと心配でゆっくり寝られるかどうかもわからん。」
う~~ん。
そんなに悪い人じゃないと思うけど?
確かにいつも何かを企んでそうな雰囲気はある。
まぁその頽廃的・背徳的なところがますます魅力なんだよねぇ~~!
若殿は、旅の荷造りの手を止め、虚空を見つめふと
「私が出かけている間、浄見を訪ねてやってくれ。
少なくとも三日に一度は。
寂しいだろうし、心配させたくないからな。」
ポツリと呟いた。
「はぁ~~~い!」
遊んでるだけで美味しいお菓子が食べられるのでそれは全然苦じゃない!
若殿が甲斐国へ出発した後、『アレ?』と気づいた。
一体何の調査に甲斐国まで出かけたの?
まぁいっか。
帰ってくればわかることだし!!
(その2へつづく)