【番外編】仲立ちの比翼連理(なかだちのひよくれんり) その5
若殿は肩をすくめ
「そうだな。でも、アレ?影男がここにいるという事は、伊予はどこにいるんだ?宮中だよな?」
影男が
「いいえ。今日は大納言邸に里帰りするように大納言様から言付けを受け取ったと言って内裏を出ましたが・・・・。」
若殿の表情がサッと曇った
「そんな言付け誰にも頼んでいないっ!!まさかっっ!!急ぐぞっっ!」
慌てて大納言邸に駆けつけ、宇多帝の姫の対の屋に急いだ。
ドタバタと足音を立てて廊下を渡り、御簾を跳ねのけ
「浄見っ!!無事かっっ!!」
真っ先に若殿が中に飛び込んだ。
少し遅れを取ったが私も母屋の中に御簾を押しのけて入った。
紺色の生地に銀糸で唐花模様が刺繍されてるお洒落な水干と揃いの括袴、後ろで束ねた長い髪、頬に落ちる後れ毛、耳からおちて揺れる連珠の耳飾り、全てが完璧な『美の精霊』という雰囲気の美人が立っていた。
相変わらずの美貌の麗人、泉丸とその袖にすがる烏帽子のない髷を露出した狩衣姿の男。
ハの字眉とちょび髭、崩れた髷が貧相に見えたけど、狩衣は高価そう。
宇多帝の姫も袿が脱げ、その下の単も脱げかけ、髪の毛もボサボサの乱れた様子で座り込んでいた。
一目で状況を察知した若殿は姫に駆け寄り抱きしめた。
「ふぇ~~~ん!怖かった~~~!」
抱き着く姫も相変わらず非力で他人に依存的。
危なかったんだろうとは思うけど、学習しない人だなぁ・・・。
格闘技か護身術でも身につけてちゃんと自分で身を守ればいいのに!
ブツブツ心の中で愚痴る。
泉丸が若殿たちの様子を見て
「へぇ~~~!大納言の恋人だったのか~~!そりゃあもし強姦してれば殺されてたな、危なかったな藤原凝脂どの?」
烏帽子のない、髷が崩れた、ちょび髭貴族が姫を襲った強姦未遂犯で藤原凝脂というのか。
藤原凝脂は全身を震わせおののいている。
「大納言様!ほ、ほんの、出来心です!あなたの恋人だとは露知らず、市で見かけた美しい姿が忘れられず、そ、そこの泉丸に容貌を伝え、似顔絵を見せてもらいこの住所と伊予という名前を教えてもらいました!泉丸は銭を取って女性の名前と住所を売る阿漕な商売をしてるんです!!全部そいつのせいです!!」
震えながらもしっかりと泉丸を指さした。
泉丸が美しい眉をひそめニヤリと笑うとスタスタと藤原凝脂に近づき胸ぐらをつかんだ。
「違うだろっ!私はお前の恋文を預かり、伊予に届けさせただけだ!伊予の名前と住所はお前に教えてないっ!!
強姦事件や付きまといの原因になるからなっ!!」
藤原凝脂は首を横に振り
「いいや!お前のせいだ!お前の腹心の部下が銭と引き換えに教えてやると言ったんだ!たんまり銭を取っておきながら今更知らぬ存ぜぬは通用せんぞっ!!」
ツバを飛ばした。
それを聞いた若殿がやっと宇多帝の姫を抱きしめるのをやめ
「泉丸、今日こそお前を検非違使庁に突き出す!危険な商売ばかり始めやがってっ!!」
立ち上がり睨みつけた。
泉丸が両手を前で横に振り
「大納言!誤解だっ!部下がやったんだ!私は好みの姫への恋文を届けてやるという商売をしただけだ!恋文には男性の住所と名前を明記し、女性が返事を送り、やり取りを続ければ恋人関係になるのも自由という仕組みだ!
事件にならないよう女性の名と住所は決して明かさないようにしたのに!部下が勝手にやったんだ!!」
焦った顔の泉丸は、瞳が潤み、唇に艶が出て、バサバサとまつ毛の音がしそうなほど忙しく瞬きする姿は相変わらず見とれるほど美しい。
ハッと急に思い出したようにこちらを振り向き、その潤んだ瞳で見つめられ
「竹丸っ!お前からも説得してくれっ!私は無実だ!部下を捕まえてくれと!」
「えぇ~~~と、若殿、泉丸は本当の事を言ってると思いますよ~~!悪いことをする人じゃありません。好奇心から今までにない商売を思いつくと、ついやってしまう性質なんですよ~~~!悪気は全然ありません!強いて言えばアイデアが次々と湧いてくる彼の才能が悪いんです~~~!」
若殿にギロっと睨みつけられ
「なぜ悪意がないとわかるっ!!泉丸に惚れてるお前には何の説得力も無いっっ!!」
言い放たれた。
そうハッキリ言われた日にゃあ何も言い返せない。
若殿はイラつきながら
「よし。ではお前の部下を今日中に検非違使庁に突き出し、女性の名前と住所を教えた強姦犯を全員捕まえ獄にぶち込むまでお前が捜査に協力するようにっ!そうでなければお前も罪を問うっ!!早く行って捕まえてこいっ!!」
泉丸に怒鳴りつけた。
泉丸は
「はいっ!!承知しました!大納言様っっ!」
若殿に向かって姿勢をピンと正し、畏まってペコリと頭を下げた。
私に向かっては、悪びれた様子もなく舌を出してウィンクし、手を差し出すので
握手かな?
と私も手を差し出す。
ギュッと握手するついでに掌に小さな紙きれを押し当てられた。
何ですか?コレ?
口を開こうとすると
『またな!』というように手を振って走り去った。
折りたたまれた厚めの料紙を広げてみるとそこには
『比翼連理仲立ちします 右京一条四坊九町 泉丸』
と書かれていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
竹丸も大人(十九歳)のハズですが、あんまり変わらない気がします。
比翼連理は「男女の情愛の、深くむつまじいことのたとえ」だそうで、白居易の『長恨歌』に出てくるそうです。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。