【番外編】仲立ちの比翼連理(なかだちのひよくれんり) その3
私が
「今から行くのは殺害された男性が見つかった屋敷ですか?」
若殿がウンと頷く。
楊という貴族の屋敷に到着すると、侍所で侍女が対応してくれたが、主の楊もその妻も屋敷の奥から出てこなかった。
楊は典薬寮の医師でその一人娘・清華が連続婦女暴行事件の被害者との事。
「娘がひどい目にあったので落ち込んでいたところに、男の死体が屋敷にあったら、そりゃあショックを受けますよねぇ~~!」
身元不明の男の死体があったという西北の対の屋へ、侍女に案内されて渡った。
そこは清華が寝起きしてる対の屋らしく、化粧台や女性ものの蒔絵螺鈿の手箱、長櫃や厨子棚、几帳、屏風、衝立、文箱や文机にいたるまで医師の給金では賄えないだろうと思うほど豪華で華美な調度品がそろえられていた。
高価そうな手箱がいくつもあるのに、紅や白粉といった化粧道具、手鏡、料紙や筆や硯といった文具は文机の上や床の上にぞんざいにまき散らされていた。
片付けられない人~~~?
そういえば宇多帝の姫はちゃんと片付けるようになったのかなぁ~~?
ボンヤリ考えながら周囲を見渡してると、若殿が衝立と屏風で仕切られた場所へ歩いていった。
私もついていくと、そこは寝所のようで畳の上に褥が敷かれ、枕が並べられていた。
ギョッとしたのは褥にベッタリと大量の血がついていたこと。
畳にも染み込むほど大量に見えた。
「ど、どうしたんですか?この血は?」
若殿が平然と
「ここで男の首なし遺体が発見されたんだ」
はぁっ??
首無しっっ???
そんなこと聞いてませんけどっ?!
私の青ざめた顔を見て若殿が眉を上げ
「言ってなかったか?今朝、母親が娘の様子を見にここへ来ると首から上の頭のない男がここに横たわっていたそうだ。
遺体はすでに検非違使が片づけたが、鋭い刃物で頸を切断されていた。
首の骨を避け関節を切断していたことから、少なくとも力業で断ち切ったのでは無い。
頭が無いから身元の判別にも時間がかかると巌谷が言っていた。
顔を見せて身元確認ができないからな。」
若殿にくっついて回って色々な事件に遭遇したけど、首無し猟奇殺人事件は多くない。
というか過去にあったかな?
「娘の清華はどうしたんですか?昨夜はどこにいたんですか?首なし死体が自分の寝床に置かれてるなんてショックで気を失ったとかですか?」
若殿は面白そうに口の片端を上げ
「それが母親の証言では、娘は昨夜、ずっと一緒に北の対の屋で寝ていたことを『思い出した』というんだ。」
明らかにウソ?
じゃあ娘はどこにいたの?
「今、清華はどこにいるんですか?巌谷は話を聞いたんですか?」
若殿はウンと頷き
「そうらしいが、我々も話を聞きに行こう。北の対の屋にいるはずだ。」
北の対の屋へ渡ると、廊下に座り、御簾越しに若殿が中へ向かって話しかけた。
「藤原時平と申します。検非違使の捜査を手伝っております。清華どのに話を聞きにまいりました。」
中から清華と思われる若い女性の声で
「母さま!御簾を上げましょう!対面して話すわっ!」
年取った女性の声で
「だめよ!嫁入り前の女子は殿方と直接会わないものなのよっ!」
「何言ってるのよっ!!私は強姦されたのよっ!嫁入りもクソもないわっ!!ねぇ!検非違使さんっ!!話を聞いて頂戴っ!!」
中からヒステリックな金切り声がする。
若殿が落ち着いた低い声で
「はい、うかがいます。どうぞお話になってください。」
「あ、あいつはねっ!文を送ってきたヤツよっ!一週間前に返事を返したらねっ、その夜すぐにここに侵入してきやがったっ!
私はイヤだって言ったのに、大丈夫だからって無理やりしてきやがったのよっ!!
痛いし気持ち悪いし叫び声を上げようとしたけど怖くてどうにもならなかったの。
あいつが帰った後、父さまと母さまに訴えたけどあいつを捕まえて検非違使に突き出してくれなかった!
知らない男からの恋文に返事を返す私が悪いってねっ!!」
「そうですか。」
「クスクスクスッーヒッ!!クックック!」
忍び笑いのような引き笑いが聞こえた。
(その4へつづく)