誘いの龍笛(いざないのりゅうてき) その1
【あらすじ:世にもすばらしい笛の音に、誘われるように屋敷を抜け出した人々が失踪する事件が相次いだ。夜闇に響くのが類まれなる音色なら、この世のものとは思えないのも当たり前。時平様は今日も胸中成竹に捜査する!!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は『弾糸吹竹(琴などをひき、笛などを吹くこと)』って『竹』=『笛』という意味?!というお話(?)。
青空じゅうに霞がかかった蒸し暑い五月のある午後のこと。
庭の草花もぐったり萎れて、ムシムシする湿気が雨粒に変わってくれるのを待ち望んでいるよう。
弾正台の役人・巌谷が若殿を訪ねた。
出居に通し若殿を呼び出すと、巌谷は太い眉を寄せ険しい顔でむっつりと腕を組んで待っていた。
「難しい事件ですか?」
若殿が愛想よく声をかけると
「はい。実は今回は、百戦錬磨の頭中将様といえども、お手に余る事件かと存じます。」
むつかしい顔のまま厳かに応える。
おべっかで動かそうとする作戦が尽きたので、『こんなの解決出来ないでしょ~~?!出来たら凄いですよ~~!』と難題と見せかけて自尊心をくすぐり興味を引く作戦?
若殿は少し眉を上げ興味を示し
「では聞かせてください。」
巌谷の前に座り込み胡坐をかいた。
巌谷は『してやったり』顔でニヤニヤしそうになるのを我慢してる表情で
「実は、昨夜、四人目の被害者がでました。
ええと、この一月ほどの間に、夜中に笛の音が聞こえ、その音に惹きつけられるように屋敷を出た四人が行方不明になるという事件が起きているのです。」
えぇっ!!
ビックリして思わず
「その笛の音を聞くと、無意識にひき寄せられ、空間に空いた穴に吸い寄せられ入ると、黄泉の国とか幽世とか地獄とか異世界に連れて行かれるってことですかっ!!?」
絶対安全なら是非一度行ってみたいっっ!!!
その世界でバキバキ異能力発現!とかチョーイケメン!になって、モテモテ美女団欒満喫!なら、なお好し!!
ヨダレを垂らさんばかりの私を見て巌谷が呆れたように
「そこまでは言ってないし、知らん。
行方不明の四人がどうなったかを知る者が誰もおらんのだ。」
若殿は平然と
「笛の音がそれほど素晴らしいなら、かなりの名人でしょう?
雅楽寮(朝廷の音楽を司り、日本固有の歌舞と大陸の国々から伝来した外来歌舞の演奏を担当する役所。公的行事で雅楽を演奏すること、また演奏者を養成することが職務)やその他の笛の上手な官人に聞き込みはしたんですか?」
(その2へつづく)