難波津の怪異(なにわつのかいい) その8
第一印象は『何コレっっ!!キモっっ!!』だったが、よく見ると、よく見ても、よく見れば見るほど気持ち悪いモノだった。
思わず
「これは何ですか?」
若殿はフフンと得意げに笑い
「これはウミシダというヒトデやウニの仲間だ。
普段は海底の岩やサンゴにしがみつきジッとしているが、十本の腕を動かして泳ぐこともできる。
海面近くを漂う事もある。」
へぇ~~~~~!!
感心しちょっと感動した。
気持ち悪い海藻みたいなのに動物なの?とか、ヒトデもウニも動物か何かわからないし、そんなのが海にいる事にもビックリ!
「これが漂ってるのを見てかもじが泳いだと勘違いしたんですね?」
伊勢は隠した扇から目だけ見せ、すました顔で
「そうですわね。そうかもしれません。こんな不思議な生き物がいるなんて知りませんでしたもの。」
目しか見えてないが、利発そうな、眼力の強い女性。
温子様は楽しそうにホホホと笑い
「では、浪花が海の妖怪に憑りつかれたという噂は否定して、伊勢がウミシダと言う奇妙な生き物を見間違えたと皆に訂正しなくちゃね!!
そうそう、嫉妬のあまり周りが良く見えてなかったとでも言えば面白がってすぐに広がるわよ!!」
あくまで他人事は無責任に楽しめる。
浪花に向かって微笑みかけ
「噂が訂正されたら、わたくしのところへ戻ってきてくれるかしら?
わたくしからも謝るわ。ごめんなさいね、からかったりして。」
浪花はまだ複雑そうな表情で考え込んでる。
さすがに大殿が目をつけただけのことはある、黒目の大きい潤んだ瞳のはかなげな感じのする美人。
若殿も
「弟・仲平にかわって謝る。すまなかった。もうあなたに迷惑はかけない。ちゃんと言い聞かせておくので、温子のところへ戻ってくれないか?」
ペコリと頭を下げた後、真剣な目で見つめる。
浪花は少し頬を赤らめ
「わかりました。では、そういたします。」
恥ずかしそうにつぶやいた。
伊勢は最後までツンと澄まして浪花には謝らなかったが、帰り際、車寄せまで見送りに来た若殿をチラッと見て
「わたくし、和歌を詠むのが得意ですの。
恋愛の和歌ならいつでも代わりに詠んで差し上げますから、お気軽に声をかけてくださいませ。」
ニッコリ微笑んだ。
若殿も愛想笑いを浮かべ
「そのときはお世話になります。」
と受け流した。
客人たちが関白家を去り、少し寂しくなった東の対の屋で畳や円座を片付けながら
「そういえば、真栄蔦に添えられた文にあった
『妹が手を我に纏かしめ 我が手をば妹に纏かしめ 真栄蔦 擁き交はり』
てどーゆー意味なんですか?」
若殿が
「『日本書紀歌謡』の一部だな。
『いもう・・・じゃなくて、愛しい女子の手を私に巻きつかせ 私の手をば愛しい女子に巻きつかせて、マサキノカズラのように抱きもつれあって・・・』
という意味だから、ええと、その、・・・そんな風になろうとか、まぁ・・・そんな感じの恋文じゃないか?」
なぜか言い終える前に赤面しゴニョゴニョと呟いた。
なぜ照れる?と疑問だったけどすぐに
あぁ、そうか!と腑に落ちた。
『妹』ってフツー『愛しい女子』という意味だけど、
若殿の場合、ピンポイントで誰かさんのことを思い出したのね!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ウミシダって『生きた化石』らしいですが、ゴキブリもそうですよね。
「キモッ!!」と反射的に思うヤツは凄い歴史の持ち主ということでしょうか?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。