難波津の怪異(なにわつのかいい) その4
北の対の屋にしつらえられた屏風や几帳で区切った寝所で次郎様が横たわっていた。
若殿にはあまり似ていないぽっちゃりとした白い頬には血の気がなく、額には脂汗がにじんでいた。
大奥様が言ったのとは違って意識はあるようで若殿がそばに座るとうっすらと目を開き
「あ、兄上?吐き気がします。・・・腹が痛い。頭も・・・。身体に力が入らなくて眩暈がします。」
「原因はわかるか?何か食ったのか?」
「・・・・い、伊勢です!彼女からの文に添えられていた、葛を煎じて飲んだのです!そのせいで・・・・。っうっ」
次郎様が侍女が差し出す広口の壺に嘔吐し、それを侍女たちが忙しく持ち出したり、水で口を注がせ布で拭ったり忙しそうだった。
「文を調べるぞ。いいな」
次郎様に話しかけた後、若殿は立ち上がり次郎様の曹司を調べ始めた。
あらゆる箱や棚を開け中の文や物を調べた。
その中の一つの文箱を手に取り中を確認し
「竹丸!これだ!見てみろ!伊勢かららしき文と葛の根と蔓が入っている」
手渡してくれた文箱には文が二通と、二寸(6cm)ぐらいのうす茶色の少し膨らんだ細長い芋と、二本の蔓が絡まったものが入っていた。
絡まった二本の蔓にはところどころに緑の細長くて円い葉っぱと、五枚の白い尖った三角の花びらに黄色い蕊、直径は一寸(3cm)ぐらいの花がついてた。
芋と蔓は端の方が切り取られていた。
ハッと気づいたので
「この蔓は葛じゃありませんよ!葛は葉っぱの形も違いますし、花も固まって房になってるでしょ?色も紫に近い紅ですし!」
私の知性と博識を披露した。
若殿はニヤッと口の片端で笑い
「そうだ。根は葛だが、蔓は真栄蔦(テイカカズラ)の蔓だ。花を見ればわかる。文を読んでみろ」
文を取り出し読んでみる。
一通目は
「風邪を召したと言ってらしたでしょ?
乾燥した葛の根を煎じてお飲みになってください。
早く元気になって会いに来てくださいませね!」
もう一通は
「妹が手を我に纏かしめ 我が手をば妹に纏かしめ 真栄蔦 擁き交はり」
二通とも差出人の名前はない。
う~~~ん。
二通目の意味は何?
考えてもよくわからない。
「じゃあ、次郎様は葛の根と真栄蔦の蔓を煎じて飲んで毒にあたったということですか?」
若殿が険しい表情で
「毒は真栄蔦の蔓の方だ。
蔓にも葉にも根にも毒成分が含まれている(キョウチクトウ、ジキタリスなどの強心作用)。
もし次郎が毒を盛られたならやはり、嫉妬に狂った伊勢の仕業か?
すくなくとも次郎はそう思っていたという事だな。」
『これを飲んで風邪を早く治してね!』
と同時に毒が含まれる蔓を送り付けるなんて一体、伊勢の情緒どーなってんの?
(その5へつづく)