難波津の怪異(なにわつのかいい) その3
若殿は御簾の中を気にしながらも声をひそめ
「『髪長姫』という宮子姫の伝説を真似ようとしたんだろう。
『昔、海人の里の子宝に恵まれない夫婦にやっと娘が誕生したが、髪の毛が一本もなかった。
その浦では海底から差す不思議な光のせいで不漁が続き、夫人が正体を確かめにいくと、黄金の仏があった。
夫人はその仏に娘の髪の毛が生えるように祈願すると娘には美しい黒髪が生え娘は『髪長姫』と呼ばれた。
その黒髪の一本を雀がくわえて宮廷に運び、それを見た右大臣・藤原不比等が髪長姫を探しだして養女とし、文武天皇に妃として差し出した。
そして髪長姫つまり宮子姫が生んだのが聖武天皇である』
という逸話に準じて、というか、見目麗しい浪花を見初め、自分の配下に置き、あわよくば、帝の御手付きにならないかと目論んで手駒の一つとして後宮に上げたんだろうな。」
御簾の中まで話声が聞こえたのか浪花が
「・・・っうっうっ・・・・親戚を訪ね京に来た折、市で声をかけていただいた関白様には、お役に立てなくて、申し訳なく、今すぐ消えてしまいたいと、・・・っうっうっ」
泣き続けてるみたい。
気にしなくていいですよぉ~~~全然~~~!
大殿なんて、人生全てイチかバチか!で賭け事みたいなもん!負けたとしても気にしてないですよぉ~~~!
多分、怒りもしないし!
と慰めてあげたかったが、若殿が平然と
「あまり気に病むことはありません。噂はすぐに落ち着くでしょう。
ところでかもじの泳ぎ方はどんな風でしたか?」
御簾の中で浪花はブルっと身震いしたように
「・・・たしか、髪の毛の束を括った部分を持って逆さに向けた時、髪の毛が放射状に広がるでしょう?
あれが開いたり閉じたりという風に動いていました。
今思い出してもゾッとします!」
うぅ~~~!気持ち悪そうだけど、ぜひ見てみたいっっ!!
怖さ対好奇心では好奇心が勝つ!!
でも伊勢という女房はよっぽど次郎様(藤原仲平)を愛しているのか、単に嫉妬深いのか。
現に浪花が戦意喪失してるところからも、競争においてはよっぽどの有能・敏腕・凄腕女房!
和歌を詠むのも上手かったりして!
才色兼備なら帝の御手が付いて皇子でも産めばそれこそ勝ち組?!
ところで次郎様こと藤原仲平様はもうすぐ元服を控える若殿の弟君で殿上童(10歳くらいから清涼殿の殿上の間に出入りを許された身分の高い朝臣の家の子弟)を勤める、帝の覚えも目出度い公達。
温子更衣様への面会にちょくちょく出かけてると思ったら、女房の伊勢目当てだったとは。
若殿と違って、妙齢(十七歳)な女性と健全な恋愛中。
関白邸に帰り着いた私たちを迎えたのは、大奥様の慌てふためく様子と神経質な声
「薬師はまだなのっ!!早く!馬で迎えに行って急がせなさいっっ!」
「はっ!!」
使用人の声と侍女たちが忙しそうに廊下をバタバタと渡る様子だった。
若殿が、廊下をジッとしていられないようにウロウロしてる大奥様を捕まえて
「母上、何事ですか?」
大奥様は蒼白な顔で
「次郎がっ!次郎が大変なの!毒を飲まされたようで意識が無いのよっっ!」
若殿にピリッと緊張が走り、私は
『えぇ~~~?!!浪花の呪いと関係あるの?それとも伊勢が何かしたの?』
とワクワクじゃなくてハラハラ心配になった。
(その4へつづく)