難波津の怪異(なにわつのかいい) その2
でも、見てみたいっっ!!
すっかり興味津々で
「で、それからどうなったんですかっっ??!!」
若殿は面白そうに眉を上げ
「それ以来、海に投げ込まれたかもじの持ち主の女房は病を得て後宮を下がり、京の親戚の屋敷内で療養してるらしい。」
へぇ~~~!!そりゃあ!
「呪いですか?その女房は呪われていたから髪の毛が泳いだんですか?
アレ?でも付け毛ということは、その女房の髪の毛じゃないかもですよね?」
若殿がニヤリと笑い
「詳しい話を、これから聞きに行こうとその女房を訪ねようというワケだ。」
わーーーい!
否が応でも高まる期待!!
足取りも軽く、その屋敷へ向かった。
その屋敷はフツーの造りの屋敷(寝殿造り)で、少し狭いぐらいだが、手入れも行き届き、調度品も立派な、裕福な暮らしに見える。
庭も狭いがちゃんとあり、『手引書通りに作りましたよ』感まるだしの『神仙蓬莱石組』。
若殿の話によると、ここは温子様の女房・浪花の親戚の商人の屋敷で、その商人は難波の漁港に水揚げされる魚介類を京で売る人らしい。
これだけ立派な屋敷に住めるなら商売上手でうまくいってるんだろう。
若殿が侍所で来訪の目的を告げると東の対の屋に案内され、出居に通された。
廊下に座り、御簾越しに中にいる浪花に向かって若殿が
「温子の話では、難波津に一緒に出かけた伊勢があなたのかもじを突然引きちぎって、海に投げ捨てたそうですが、一体何があったんですか?」
えっ!そーなの?
それって思いっきり喧嘩じゃん!
御簾の中から鈴の音のような声で
「じつは伊勢さんの恋人を誘惑したと責められたんです。
先日、温子更衣様の弟君が会いに来られた際、ご挨拶したのを伊勢さんが勘違いなさって、『私の恋人に色目を使った』と難癖をつけてきたんです。」
若殿が何かを思い出したように
「弟?仲平のことですか?」
「はい。それ以降、伊勢さんに毎日『どういう関係だ?』と詰め寄られ、本当に何もなかったものですから『何でもない』と答えていました。
先日、難波津にあるわたくしの実家へ一緒に行きたいと仰るものですから、伊勢さんを連れて行きました。
淀川を舟で下りました。
難波津に近づくにつれ、広い川幅の河岸には葦が生い茂っていたのを覚えています。
港で海を見ながら二人でお話していると、伊勢さんはその話を蒸し返し、ついには怒って私のかもじを海へ投げ捨てました。」
思わず
「でっ?!!!髪の毛の束に命が宿ってウネウネと泳ぎだしたんですかっ??!!」
御簾越しにも分かるくらい浪花が驚いたように息をのみ
「え、ええ。そうなの。気持ち悪かったわ!でもその後、・・・」
浪花が黙り込んだので若殿が優しい声で
「悪い噂をたてられたんですね?伊勢が流したんですか?」
浪花は話したくない雰囲気だったが勇気を振り絞ったように
「・・・・はい!そうなんです。
伊勢さんが
『身分の低い海人の娘が「髪長姫」の真似をして仏様に願掛けしてやっと後宮に忍び込んだ。
目的は帝に近づくことだったが、仏様だと思って祈ったのが実は海の妖怪で、その祟りで髪には妖怪の魂が宿っていた。
海の中では妖怪の本性が現れ忽ち泳ぎだした。
薄気味悪い、妖怪憑きの女子だから、決して帝に近づけてはいけない』
とあらぬ噂をたてたのです。
両親の出自が卑しいことは事実で、関白様にお引き立て頂いて、温子更衣様の女房として後宮に上がったことは頭中将様もご存じだと思います。
ですが、妖怪が宿ったとまで言われ、恥ずかしく、情けなくて、怖ろしく、これ以上宮中でお勤めできる心地が致しません。
っうっうっう・・・・」
泣き伏したようだった。
へぇ~~~!大殿のとりなしだったのかぁ!
でも不思議に思ったので若殿に小声で
「なぜ大殿がわざわざ海人の娘を宮中に入れたんですか?」
(その3へつづく)