難波津の怪異(なにわつのかいい) その1
【あらすじ:時平様の妹である更衣(天皇の妃)様には、日々有能な女房たちが仕えてる。女房同士の嫉妬や嫌がらせは日常茶飯事かもしれないけど、メンタルが強いからって幸福だとは限らない。髪の毛束が海で泳ぐ様子は、見ればパニック必至だけど、その正体は必見!風流韻事に疎い時平様は、今日も無心にこの世を過ごす!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は伊勢って歴史的名誉も女性の頂点も極めた凄い人なんですね!というお話(?)。
過ごしやすい五月の曇り空のある日、磯鵯や雉鳩、鵑の鳴き声を何となく聞いてると、誰かが詠んだ
「五月来ば 鳴きも古りなむ ほととぎす 未だしきほどの 声を聞かばや(伊勢)」
と言う和歌を思い出した。
これは
「五月になったら鳴き声にも新鮮味がないなぁ鵑って。鳴き始めのころの初々しい声を聞きたいよね~」
という意味。
鵑にしてみれば『ほっとけ!』だろう。
勝手に『いいよね!』って褒められて勝手に『もう飽きた!』って貶されるわけだし。
まぁ何にしても飽きるというか、いい意味で慣れるというか、若殿の小言も初めは新鮮だからビビってすぐ『ハイ!』っていい返事で従ったけど、この頃は『ハイ~~』と神妙な表情さえしてればいいと分かったので、お叱りの小言は右から左へ聞き流している。
今のところバレてない。多分。
待機している侍所でそんな風にぼんやりしてると若殿が現れ
「おい!竹丸!出かけるぞ!」
急かされるように、いきなり話しかけられたので
「ハイッ!!!」
思わず慌てて立ち上がってついていった。
大路を歩きながら
「どこへ何しに行くんですか?」
若殿は難しそうな顔で
「更衣として入内したばかりの異母妹、藤原温子から文がきたんだが、その内容が怪奇現象っぽくってな、お前が好きそうだと思ったんだ。」
怪奇現象!
確かに好きっ!!
「温子のお付きの女房が二人で摂津国・難波の港(難波津)に出かけたときに、何かのはずみで一人のかもじを海に投げ入れたところ、それがまるで生き物のように泳ぎだしたそうだ。」
・・・・う~~~ん。
『かもじ』って何だっけ?
考えてると察したのか若殿が
「かもじとは女性が髪を長く見せるためにつける付け毛の毛束のことだ。
『古来より髪を結う際に形を整えるために用いたと言われており、記紀(古事記、日本書紀)においては天鈿女命が天岩戸の前で神がかりを行うために「真栄蔦」(テイカカズラの蔓)を頭部にまとったのが髢の原型である』らしい」
・・・・余計にゴチャゴチャになったけど
「つまり、女房二人で難波の港へ行ったとき、毛束を海に捨てたらそれが泳ぎだしたんですね?
別に大したことじゃ・・っっってえぇーーーーーっっ?!!」
髪の毛に命が宿ってウネウネ泳ぐの?
想像しただけで気持ち悪っっっ!!
(その2へつづく)