松林の人喰い鬼(しょうりんのひとくいおに) その7
弾正台の建物を訪れ、中に入り、巌谷に円座をのべてもらったところへめいめいに着席した。
私、若殿、巌谷、這子が円く並んで座った。
『白湯と菓子ぐらい出してほしいなぁ。気が利かないなぁ役人は』
などと考えてるうちに若殿が口を開いた。
「さて、彼女を紹介しましょう。
今は掃部寮の女官を務めていますが、二年前までは糸所の女官をしていた紅子です!」
高らかに言い放つと、這子はハッと息をのみ、巌谷は目を丸くし
「はぁ~~?・・・どういうことですか?」
呆然とした。
私もビックリして思わず
「えぇっっ?
紅子は二年前、宴の松原で鬼に喰い殺されたでしょっっ!!!
なぜここにいるんですかっっ?」
ツバを飛ばした。
若殿はニヤリと笑い這子に話しかけた。
「間違っていたら訂正して下さい。
あなたと黒枝と唐子は二年前、宴の松原で葉五を騙して、驚き怯える姿を見て楽しもうと企んだ。
ご苦労な事に鳥辺野へ行き、若い女性の死体から手足を調達し宮中まで運び、松林のある場所へ置き、紅子は身を隠した。
初めの計画では『紅子が鬼に喰われた』と葉五に伝え、葉五が充分驚き狼狽えた後で『嘘でした!!』と種明かしすることで終わる遊びのハズだった。
黒枝と唐子が右兵衛府に葉五を呼びに行ったが、手違いで翌檜を連れてきてしまった。
生真面目な翌檜はすぐ上司に報告し、大内裏中を騒がせ、いまさら嘘だと言えなくなったあなたはこっそりと宮中を去り、身を隠さなければならなくなった。
黒枝と唐子は迷惑な噂はたてられたが宮中で勤め続けることができたが、あなたは死んだことになったので不自由な生活を強いられたことでしょう。
そこへ黒枝が葉五と恋人関係になったと唐子から聞いたあなたは怒りが爆発し、這子という従妹になりすまし宮中に戻り黒枝への恨みを晴らしたんですね?」
へ~~~~ぇ!よくできてるなぁ!と感心しかけたが『アレ?』と疑問が湧いたので
「どーして落ちてた手足が紅子のじゃないってわかったんですか?」
「黒枝と唐子の話どおり、夜中に紅子が鬼に喰われたとしたら、翌朝調べた手足は四刻(8時間)ほどたち、死後硬直で完全に硬くなっているはずだ。
翌檜は普通の人ぐらい柔らかかったと言ってただろ?
鳥辺野は死体をそのまま木につるし葬送する場所だから、死後硬直が終わり柔らかくなった死体を調達したんだろう。
手足が調達できた日にイタズラを実行したんだろうな。」
死体から手足を調達っ!!
想像するだけでおぞましいっ!!
そうまでして『ドッキリ!大成功~~~!』したかったの?!
這子は開き直ったように細い身体を伸ばし堂々とし若殿を睨み付け
「だから何?
黒枝が葉五にイタズラを仕掛けようと言い出したくせに、私が死んだとなると嬉々として葉五に近づき、寂しさに付けこんで横取りしたのよっ!!
唐子は誰かの言いなりになるしか能がない気の弱い子だし、復讐しようにも自分でやるしかなかったのよ!
同情してくれて私に黒枝と葉五の様子を逐一文で知らせてくれはしたけど。
復讐のために宮中に戻ると、唐子は黒枝を松林に呼び出すところまでは手伝ってくれたし、私が首を絞めている間は目の前で見張りをしてくれたのよ!」
確かに唐子は『頸を絞められた遺体を見て怖かった』じゃなく『頸を絞められてるのを見て怖かった』と証言してたよねぇ。
納得。
でも、這子として宮中に戻れたなら話し合いで解決できたのでは?
それに唐子も同情とか親切とかより二人の喧嘩を煽って傍観者として楽しんでたのでは?
顔を真っ赤にして怒ってたし、いかがわしい噂への腹いせかもしれないけど。
どちらにせよ人の執念は鬼ぐらい怖い!
弾正台で大人しくお縄についた這子を残して我々は帰途についた。
二度と来たくないなぁと思いながらも最後に一目、宴の松原をチラ見する。
トゲトゲとした松葉が密集した松林は光を跳ね返さず吸収し黒々と佇み、明るい五月の光の下で、そこだけが異世界への入り口のように妖しい雰囲気だった。
細長い鱗のような松の木肌や染み出した樹液が固まり傷を覆う様は、元は異世界で生きていた化け物がこの世で無力な姿に変化させられ、打ち捨てられたかのような想像を去来させた。
「紅子は一人だけ葉五と付き合うことができ、黒枝はそれを嫉み紅子を憎悪した。
黒枝がイタズラを企んだのは二人の仲を引き裂く目的もあったかもしれないし、現に紅子の死に乗じて葉五を寝盗った。
唐子は黒枝のイタズラの結果による悪評が耐え切れず、黒枝を憎み紅子の復讐に手を貸した。
三人とも形は違いますが、それぞれの悪意が次々と連鎖して不幸な事件につながったんですねぇ。」
若殿も目を細め松林を見つめ
「人目につかない場所や時刻そのものに、鬼が潜むのかもしれないな。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
立派な建物はあれど、利用する人は疎らという公共の建物って現代でも溢れてますよね~~!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。