松林の人喰い鬼(しょうりんのひとくいおに) その5
『鬼頻出区域』の松林をやっと抜け、観念したような這子と連れ立って右兵衛府についた。
若殿は建物の入り口で翌檜を呼び出してもらった。
翌檜は兵衛府の武官である兵衛だから近衛府の権中将である若殿は直属の上司ではないが、おなじ六衛府のなかでも近衛府が一番地位が高いので、その上から三番目?の地位である若殿に対しては畏敬なのか恐縮なのかカチコチになってた。
翌檜は生真面目そうなハキハキと話すシャキッと姿勢のまっすぐな二十代半ばの好青年。
連れ立ってる這子をチラッと見ただけで視線を若殿に戻し、『何でも聞いてください!』とキラキラした目で見つめる。
「では、二年前の紅子の手足を発見した経緯から話してください」
翌檜はコクっと短くうなずき
「兵衛府で宿直しておりましたところ夜中に女官二人が駆け込んできまして、キョロキョロしておりましたので私が対応したところ『友人が鬼に喰われた』と言いますので、現場に駆け付けました。
細い、筋肉のない女のものと思われる、肘から手先までの右手と、肩の下から手先までの左手、膝から足先までの右足と、腿から足先までの左足がありました。
その直後、二人から聞いた『鬼出現!』の一大事と現場の状況を上司に全てくまなく報告し、大内裏中ひいては都中の知るところとなったのです。」
ひぇ~~~!具体的に聞くとグロいっ!
若殿は眉をひそめ
「手足の断面から血はでてましたか?」
翌檜は『さて?どうだったかな』と言う顔つきで考え込んだ後
「そういえば、現場にも血は落ちていませんでしたね。翌日の朝見た時も断面は黒く変色し固まっていました。」
「翌朝、手と足に触りましたか?硬さはどうでしたか?」
「ええ。夜は暗いのでそのままにしておき、手と足を回収したのは朝でしたが普通ですよ。生きた人のような硬さです。」
「他の部位はなかったんですね?」
「はい。」
う~~~ん。遺体の回収までちゃんとするとは生真面目な人。
若殿が疑念を少し込めた目で翌檜を見て
「兵衛の職責を超えているようですがなぜ遺体の回収までしたんですか?」
翌檜は褒められたと勘違いしたのか上気した顔で
「はっ!一度引き受けた仕事は最後までやり通すことが使命であると決心しているからですっ!」
チャキ!っと姿勢を正した。
若殿は礼を述べ翌檜を右兵衛府に帰すついでに葉五をここに呼び出してもらった。
葉五は翌檜と打って変わって気だるげな二十半ばの青年で、おそらく地方の豪族か郡司の子弟で、京では社会勉強のため兵衛に配属された感じの人。
地方に帰って跡を継ぐので、都で上司の機嫌をうかがう必要はないと考えてそうな態度で、若殿を見てもちょっと顎を動かし挨拶する程度だった。
武官なのに色白で冠からのぞく後れ毛の長さと位置をいつも鏡を見ながら気にしてイジってそうな、ぱっと見イケメン。
でもよく見ると部分の形とバランスがイマイチの平凡な顔立ち。
『雰囲気イケメン』なのでフツーに女性からはモテそう。
若殿の後ろにいる這子と目が合ったらしく突然ピタリと硬直したと思ったら、ゴクリと息をのむ音が、少し離れて立っている私にまで聞こえた。
(その6へつづく)