裸足の貴公子(はだしのきこうし) 後編
ついていった先は、靴を作る職人の家で、若殿は靴職人の親方にいきさつを話した。
親方は五十代ぐらいの中肉中背で髪はきっちりと後ろで束ねてあったが、ひげには無頓着で生やしっぱなし、衣もヨレヨレだったが、うつむき加減で人と目も合わさず会話するのも迷惑そうだった。
自分の手の指の汚れをしきりにこする仕草で若殿の話を聞いていたが、その指は皮が厚くなり黒い汚れがしみ込んだいかにも職人の手だった。
「そんなことがあったんですか」
とポツリという。
「でも私は何も知りませんよ。若君の靴を作ったのは私ですが、それを盗んだり、新しい靴を戻したりはしてません。」
「源昌様の靴もあなたの作ったものですね?」
「そうです。最近盗まれたらしいので今作っている最中です。」
「では、私の靴だけがすり替えられたのですか。」
「そう。そうですよ!もし私が犯人なら盗んだままにして、また買ってもらうのを待ちますよ!はっはっは!」
と親方は初めて明るい顔をして笑い声をだした。
私も若殿も急に親方が笑顔になったのに違和感を覚えた。
若殿は
「それはその通りですね。似た半靴を最近、注文した人がいますか?すり替えた犯人かもしれないので。」
「ないですね。別の靴屋じゃないですか。」
「でもすり替えられたこの靴もあなたが作ったものじゃないんですか?そう見えるんですが」
「どれも似てますからね。」
と親方は靴を確かめようともしない。
若殿は
「そうだとしたら残念ですな。貴方の作った盗まれた靴は最高の出来だったし、履き心地が一番良かったのであれと同じのが欲しかったんですが」
「今お履きになっているのは具合が悪いですか?」
「そうですね。前のよりどこか具合が悪いんです」
「どこですか?教えてください!」
と親方は急に焦った。
「貴方の作ったものではないなら、気にしなくてもいいのでは?」
「今後の参考のためです。見せてください」
若殿は半靴を脱いで親方に渡した。
親方は綿密に調べて
「別に具合が悪いところはなさそうですよ。縫い目も、糸の締め具合もいいし、漆も均等に塗られている。牡丹錦もいいものですし。完璧な出来です。」
「それが最悪な事に、折れた縫い針が置き忘れられてまして。足を怪我するところでした」
「まさか!そんなことあるわけがない!私が作ったものに限ってあるわけがない!今まで一度だってそんな失敗はなかった!嘘をつくな!」
と親方は真っ赤になって怒った。
「やっぱり、あなたがすり替えたんですね。なぜですか?」
親方はしまったという表情の後に、バツが悪そうにしょぼんとして
「実は、あの靴は弟子が作ったものでして。さんざんチェックしたのですが、使った後でどこか不具合がでてないかと気になりまして。」
「直接話してくれれば靴をお貸ししたのになぜ黙ってすり替えたんですか?」
「売ったものに不具合があるかもしれないから回収したと噂になれば、私の評判に傷がつくと思いまして。」
「お弟子さんが作ったものとあなたが作ったものとに違いがあるんですか?見た目はほぼ同じですが。」
「弟子は防水や光沢が出ると言って柿渋を下地に塗ったんです。そして、硬さを和らげるためといって漆を薄くしたんです。
そもそも、うちは代々、伝統的な方法で靴を作っています。
昨日今日、作り方を覚えた弟子がちょっと思いついたからやってみたって上手くいくはずありません!
職人っつーもんは、何十年も修行して苦労して体に覚えさせてやっと一人前の靴が作れるもんです。
弟子が試しにやらせろというんでやらせてみたんですが、本当に上手くいくとはこれっぽっちも思っていませんでした。
なのに・・・そんなに履き心地は良かったですか?本当に?私のよりもいいんですか?」
と真剣な表情で問い詰めると、若殿がためらいつつもしっかりと頷いた。
親方は少し落ち込んだように
「やっぱり、若い者の発想にはすごいもんがあるんだなぁ。見習わなきゃならんところもあるんだろうなぁ。」
と呟いた。
「そうだ!」
と若殿が思い出したようにつぶやき
「この靴の持ち主は誰だかわかりますか?」
と烏皮履を取り出して、親方に見せた。
『大殿から持ち主を探すように言われた靴ってこれだな。』
と思いながら見ていると、親方が手に取って靴を細かくじっくりと見て
「新しいですな。半年以内に作ったもので、この足の形と大きさということはおそらく、盗まれたという源昌様のですね。」
私は驚いて思わず
「わかるんですか?!」
「あの方は足幅が広くて薄い特徴的な形で、それに合わせて作りましたから。盗まれたというお話でしたが、なぜ若君が持っているのですか?」
と親方が不思議そうに若殿を見る。
若殿は少しためらって
「実はある人から持ち主を探すように頼まれまして。どこで手に入れたかはまだ聞いていないのです。ちょうどよかったので源昌様に返しておきます。」
とにっこり微笑んだ。
後日、私は源昌様の従者に靴を返すついでにもう一度、靴の盗難について話を聞いて若殿に報告した。
「源昌様は靴だけでなく、扇や烏帽子、襪、巾着、腰ひもなど色々盗みの被害を受けているらしいです」
「なぜそんなに狙われてるんだ?」
「最近捕まった泥棒というのが、転売を目的にしていて、都で有名な人気者の身に着ける物を盗んでは高額転売するらしいです。
それに目を付けた人気者の従者は転売目的にわざと新しい物を次々と主人に身につけさせては、古い物を売りさばいて暴利をむさぼっているとか。
源昌様の身につけた品はファンの姫たちに高値で飛ぶように売れるらしいです」
「ということは源昌様の場合はその従者が靴を盗んで売りさばき、新しいものを主人の名前で注文したということか?」
「そういうことです。」
若殿は疑いの目を私に向け
「そんないい商売にお前がとびつかないわけがないな。」
何をっ!失礼な!人を守銭奴みたいにっ!
そんないい商売なら私だってやってみたい!だけどできないのは誰のせいだっ!と思っていると若殿が咳払いをして
「あ~~、私の失くした物もその泥棒の売りさばいた盗品の中にあったかを一応確認したんだろ?」
というので、私は真面目な顔で答えた。
「はい。確認しましたが、若殿の品は一つもなかったそうです。」
・・・・・・・・
気まずい空気が流れたが、私は気を取り直して、
「でも靴って注文製造ですから、元値が高いですよね?転売してもあんまり利益がでないし、出来上がるまで時間がかかるしで効率が悪い気がします。」
「そうだな。巾着とか元値が安くてすぐ作れてすぐ売れるようなものが商売には適してるな。」
「そうです。紙に文字を書くだけとか、が一番、割がいいですよね~~」
「それに、なぜ源昌様の靴を父上が持っていたんだ?」
「源昌様のファン?ですかね」
「いや、それはない。持ち主を探すようにとの命令だから。」
私はう~~んと考えて
「大殿が靴を盗むなんてあり得ないですよね?誰の物かもわからないなんて余計に。あっ!朝議での忘れものとか?」
「次の日に告知して渡せばいいし、それなら噂に名高い貴公子で参議たる源昌様が無様にも裸足で帰ったことになる。あり得んだろう。」
「もしそうなら『裸足の貴公子』ですね!では、何かの犯罪現場で犯人が残した証拠とか?」
と冗談半分に言うと、若殿は何か思いついたのか、ニヤリとして
「案外そんなところかもな。父上に聞いてみよう」
というので、重大な犯罪事件がどこかで起こったのか!その犯人が今を時めく源昌様なんて大醜聞(大スキャンダル)だ!とワクワクした。
屋敷に帰り大殿に会って若殿が
「父上、あの靴は源昌様のものでした。なぜ父上が持っていたのですか?」
と聞くと、大殿は
「何?あいつか。小癪なやつめ・・・まぁいい。それより、なぜわしが持っていたか、まだわからないのか?お前も男だろう。
最近、気に入りの女の元へいったら、男が潜んでいる気配がしてな。私の声をきいて隠れたらしいから、沓脱にあった靴を隠してやった。」
私は合点がいって
「じゃあやっぱり、裸足の貴公子じゃないですか!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『靴を見られてバレる』は間男あるあるらしいですが。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。