松林の人喰い鬼(しょうりんのひとくいおに) その4
唐子が怒りで真っ赤な顔をし、一点を見つめながら
「紅子が鬼に喰われたという話が大内裏だけじゃなく都中に広まって、私と黒枝は周囲の人々から『夜中にあんな場所で何をしてたんだ?』と怪しまれ『若い男といかがわしいことをする目的で松林に入ったんじゃないか?自業自得じゃないか』『四人でとはお盛んな事だな』とまであらぬ噂をされて、悔しくて恥ずかしくて夜も眠れないくらい辛い日々を過ごしました!あんなことさえなければっ!白い目で見られることもなかったのに!」
あまりの唐子の豹変ぶりにギョッとしてヒソヒソと
「鬼の形相ですね!一体誰に怒ってるんでしょう?鬼でしょうか?犯人でしょうか?」
若殿は眉を上げ興味を示し
「何か知っているに違いない。」
ムッと黙り込んでしまった唐子にお礼をのべ何かあったら知らせるように頼んで別れた。
「次は右兵衛府へ行くぞ。」
大内裏の西端にある右兵衛府に行くため、もう一度『宴の松原』を通り抜ける間、うっそうと茂る松林を見ると、二回も鬼が人を襲ったことを思い出し急に背筋がゾクゾクとして若殿の袖を握りしめた。
鬼が木陰から今にも飛び出すんじゃないかとビクビクして若殿の袖に両手でしがみつきキョロキョロしながら歩く。
黒枝の遺体発見現場に差し掛かると、女官の恰好をした女性がしゃがみ込んで菊の花束をそなえ、立ち上がった。
手を合わせるでもなくジッとたたずんで現場を見つめていた。
全身がよく見える位置まで近づくとその女官は棒きれに衣を着せたかと思うぐらいに痩せてた。
若殿が立ち止まり
「黒枝の知り合いですか?そこでなくなっていたのを発見されたそうですね?」
その女性は振り向いた。
色黒で頬はこけ、目の下の隈も濃い、頸筋が何本も浮いたガリガリにやせたその女性が
「掃部寮の女官をしております這子と申します。紅子の従妹ですの。
黒枝さんは紅子の友人でらした方?
この花は紅子へ手向けたものです。
紅子もここで亡くなっていたと聞きました。」
かすれ声で途切れ途切れに呟いた。
這子はもう少しふくよかならさぞかし美人だろうと思われる、顔立ちの整った人だった。
従妹の紅子の死がショックだったのかな?
深い悲痛に耐えているように見えた。
若殿が何を思ったのか
「これから葉五という紅子の恋人に話を聞きに行くのですが、あなたもいらして紅子について話してもらえませんか?」
這子は咄嗟のことで何を言われたのか理解できないようにキョトンとしたが、急にハッと驚愕した表情に変わり
「いいえ!私は紅子の死について何も知りませんわ!そんな!見知らぬ人に会ってどうしろとおっしゃるの?」
オロオロと戸惑った。
若殿は目を細め這子を見つめ
「では弾正台で話を伺うので、どちらにせよ同行してください。」
這子が断ろうと口を開きかけた途端
「私は蔵人頭兼、右近衛権中将藤原時平というものです。同行して下さい。」
権力で這子を黙らせた。
(その5へつづく)