松林の人喰い鬼(しょうりんのひとくいおに) その3
糸所の入り口で近くにいた女官に唐子を呼び出してもらい話を聞くことにした。
唐子は糸を紡ぐ作業を中断して出てきてくれた。
唐子は束ね髪で二十前半ぐらいの女官で、特徴らしい特徴はなく、しいて言えば目が細くて顎がなくて撫肩かなというくらい(え?充分?)。
若殿のことを『頭中将』と見知っているのか目が合ったとたん頬を赤らめうつむいた。
糸所のすぐ西から『宴の松原』が広がってるので、確かに、休憩がてら、散歩し慣れててもおかしくない。
若殿が松林へゆっくりと歩きながら唐子に話しかけた。
「あなたは今回の黒枝と二年前の紅子と両方の同僚だったんですね?」
唐子は頬を赤らめたまま、恥ずかしいのか声も出さずウンと頷いた。
恥ずかしがるほどのイイ男かねぇ~~~。
朴念仁の生息子ですよぉ~~~?
ウチでは寝転がって鼻クソほじってますよぉ~~~!
口に出したらニラまれそうなので冷めた目で唐子を見てるだけ。
若殿は唐子が頷くだけで自分から話し始めないことにヤキモキして、微笑みながら催促するように
「黒枝と紅子はどんな女性でしたか?
ええと、誰かに恨みを買っていたとか、恋人は誰だったとか、仕事で悩みがあったかとか、付きまといになやんでいたとか、何でもいいので事件に関係ありそうなことを教えてくれませんか?」
唐子は人さし指を口に当て首をかしげ、目一杯可愛らしい(?)仕草で
「紅子と黒枝とは空いた時間を一緒に過ごす友人でした。
紅子は何でも率先してやるタイプで、男の人にもためらわず話しかけるんです。
黒枝はそれほど積極的ではないですけど、紅子と気が合うのか、私だけ仲間外れにして二人で市にでかけたりヒソヒソ話し込んだりしてました。」
上目遣いのウルウルした瞳で若殿を見つめ答えを待ってる。
『あざとい』テクニックを駆使しているが、若殿は無表情で
「それぞれ恋人はいましたか?どんな男でしたか?付きまとわれたり、三角関係で恨まれたりは?」
唐子はまた『う~~ん』と呟き人さし指を額に当て、首を傾げ『思い出す仕草可愛い版』をした後
「実は、その、紅子の恋人は右兵衛府の兵衛・葉五なんです。
二年前、紅子のその、手足が見つかった時、葉五も当直してました。
私と黒枝は右兵衛府に報告にいったとき、はじめは葉五に知らせるつもりだったんです。
葉五の姿が見えず仕方なく翌檜に話したんですけど、葉五はしばらくしてから現場に駆け付け、紅子が手足だけになってるのを見てショックを受け、その後、長い間落ち込んでたんですね。
黒枝は実は葉五のことがずっと好きだったんです。
で、紅子がいなくなった後、落ち込んでる葉五を慰めてるうちに恋人関係になったんです。」
その話自体はよくある話。
共通の親しい人の思い出を語り合ううちに深い共感を呼び起こし、今度はお互いに親しみを感じて仲良くなる。
知らない人との会話でも共通の好きなものの話題は盛り上がるしねぇ!
『あのお菓子美味しいよね~~!』『わかる~~!』みたいな。
でも見知らぬ人と一番手っ取り早く仲良くなる方法は『共通の知人の悪口を言う事』とか聞いたけど、どっち?!
アレ?
でもずいぶん簡単に『紅子が手足だけになってる』とか言ってたけど怖くなかったのかな?
黒枝も殺されたし、唐子は二回も殺人現場を見たのに全然ダメージ受けてない感じ。
本当に友人だったのかな?
若殿も違和感に気づいたのか険しい顔で
「あなたは二人も友人をなくして怖ろしくないんですか?次は自分の番だと怯えるだとか?失礼ですが悲しんでるようにも見えませんね?もしかして犯人について心当たりがあるんですか?」
唐子は真っ青になって焦り両手と顔をブンブン横に振り
「そんなっ!犯人が誰かなんてっ!知りません!それに黒枝が首を絞められてるのを見て本当に怖かったですわっ!もちろん紅子の手足も怖かったですしっ!今でも思い出すと震えが止まりませんもの!」
思い出したように全身がブルブルと震えだした。
頑張って気丈に振る舞っていたのかしら?
唐子は肩を震わせ今度は悔しそうに
「・・・・それだけじゃありませんっっ!」
低い声で呟いた。
(その4へつづく)