松林の人喰い鬼(しょうりんのひとくいおに) その2
『宴の松原』と呼ばれる場所は、松が密集して植えられているので見通しが悪い。
木陰に鬼が潜んで通りがかりの人を襲うことは簡単にできそう。
巌谷が松林内を進んで、ある場所で立ち止まり地面を指さし
「ここで黒枝という縫殿寮糸所の女官が紐で首を閉められて死んでいました。」
そこは木と木の間で松林の外からはよく見えない場所。
若殿が
「見通しが悪い場所ですね?誰が見つけたんですか?なぜここを訪れたんですか?」
「黒枝の友人の唐子という同じく糸所の女官です。今朝から姿が見えないので探していたそうです。ここへは二人でよく来ることがあったので、もしかしたらと探しに来たそうです。」
え~~?!
こんな気味の悪いところへよく来るの?
オカルト好き?
・・・・でも私も鬼に会えるとなったらくるかも?
若殿の顔をチラチラみて
『アレを聞いてみてくれっ!』
私が必死で目で合図してると、察してくれたのか若殿が
「二年前は確か、この『宴の松原』で女性が鬼に喰い殺され、手と足だけになったのを発見されたんでしたよね?」
巌谷がブルっと身震いし
「ええ。そうです。
都に流布しているのは次のような話です。
『二年前(887年)の三月、宴の松原を三人の若い女が通りかかると、松林から若く美しい男が現れた。
男は三人の女のうち、一人の女の手をとって松の木陰へと誘った。
残された二人の女が松林の外で待っていると、男女の話し声がふいに途切れ待てども待てども女は戻って来ない。
怪しんだ二人の女は松林へ入ったが、男と女の姿は見当たらない。
何気なく足下を見下ろすと女の手と足がばらばらに落ちていた。(*作者注:「今昔物語:内裏の松原にして、鬼、人の形と成りて、女を噉ひし語 第八」)』
実際、その二人は松林のすぐ西にある右兵衛府に駆け込み宿直の兵衛・翌檜に報告し、翌檜が現場に駆け付けたそうです。
現場を見た翌檜が次の日上司に報告し、大内裏が大騒ぎになったことはご存じでしょう。」
「その事件の翌日、朝堂院の東西の廊で宿侍していた僧たちが夜中に読経していると、騒動の声を聴き、外へ出てみたが何事もなかったという話もありましたね。姿の見えない何かが宴の松原で騒いでいたということでしょうかね。」
若殿が付け足した。
よく聞くとホントに怖い話だった。
三人の女性のうち美男子に選ばれて誘われた一人は『わ~~い!!ウフフッ!』って喜んでついていっただろうに、結局それが鬼で食い殺される恐怖と苦痛を味わうハメになった。
『極楽から地獄』の落差がスゴイ!
鬼の食べ残しを発見した他の二人もイケメンに選ばれなくて『悔しぃーーーーっっ!ムキーーーーっ!!』からの『自分じゃなくてよかった~~~!』の安堵と、『ざまぁ!!』的な快感と、感情の乱高下がスゴイ!
色々含むところの多いお話。
若殿がフムフムと頷きながら聞いていたが
「で、今回の黒枝が絞殺された事件は二年前の事件と関係があると思いますか?」
巌谷がビクッと肩を震わせ
「そ、それが、実は二年前、同じ場所で鬼に喰われた若い女性というのが紅子という名前の糸所の女官で、それを発見した二人の女性が黒枝と唐子なのです!」
えぇーーーっ!!
メチャクチャ関係者なのっ?!
じゃあ絶対っっ
「今回の黒枝も鬼に殺されたんですかっ?!!」
思わず口をはさむ。
巌谷がウンと頷き
「そうだ!名付けて『宴の松原連続殺人鬼事件!!』だ!」
う~~~んそれより・・・・と考え
「いえっ!!『宴の松原連続人食い鬼事件!』の方が良くないですかぁ?」
指を立てて提案する。
若殿が呆れたように肩をすくめ
「どっちでもいいが、同じ鬼ならなぜ今回は頸を絞めただけで喰わなかったんだ?」
私と巌谷が顔を見合わせた。
「満腹だったんじゃないですか?」
言ってみたけど別の鬼?それとも今回は人の仕業?と謎めいている。
「とりあえず唐子に話を聞きに行こう。」
縫殿寮の別所であり、内裏のすぐ近くの北西にある糸所を訪れることにした。
(その3へつづく)