松林の人喰い鬼(しょうりんのひとくいおに) その1
【あらすじ:大内裏(平安京の行政施設・国家儀式や年中行事を行う殿舎、天皇の居住する内裏が設置されている区域)にある広い松林は饗宴のためにあるらしいけど、鬼の頻出地域でもあるらしい。鬼が人を肴にする饗宴なら肝試しでも行きたくない!そんな松林で起こった二度の若い女性の死には何か因果があるの?時平様は今日も怜悧闊達に、心の鬼と対峙する!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は大内裏って廃墟が多かったんですね?!というお話(?)。
橘の花が白い花弁を大量に落とし、散らかしながら咲き誇っている。
五月だというのに強く照りつける太陽の熱が橘の甘いような酸っぱいような独特の芳香を辺りに充満させていた。
朝政が終わるころ、大内裏を外部から守る郁芳門で若殿を待ってると、歩いてきたと思ったら
「これから弾正台(監察・治安維持などを主要な業務とする官庁)で巌谷に会うことになってるから、お前も来るか?」
何?!!
面白い事件?!
もちろんっ!
「行きますっ!!」
元気に頷いた。
若殿が郁芳門を守る衛士に話をつけ、私に付いてくるように合図し奥へスタスタと歩いていく。
ドキドキしながら郁芳門をくぐり大内裏の中に初めて足を踏み入れた。
長く続く壁の向こうに屋根だけが見える場所が続く。
区画ごとに別の官庁になってるようなので、違う区画に来るごとに指さし
「ここは何の建物ですか?」
「大炊寮だ。宮中で行われる仏事、神事の供物、宴会での宴席の準備、管理を分掌する。」
「ここは?」
「太政官だ。神祇官や八省などの諸司や国司などすべての官庁を統轄する。父上がいるはずだな。」
キョロキョロと物珍しく観察しながらついていった。
ひときわ長い瓦屋根と朱色の柱付きの白壁に囲まれた場所へ着くと若殿が白壁の中を指さしながら
「朝堂院だ。朝政が行われるところ。
その向こうが豊楽院で、新嘗祭、大嘗祭の宴のほか、正月慶賀、節会、射礼、饗応などが行われ、正殿である豊楽殿には天皇列席の際に高御座が置かれている。
どちらもだんだん内裏(皇居)で済ますようになってきているが。」
ふ~~~ん。
唐にまねてこんなに大きい建物を作ったはいいが使い勝手が悪いの?
立派だけど維持費が大変!でキレイなままの廃墟ができあがる日も近い?
人って案外せま~~いところでギュウギュウで暮らしてても不便がないよね!
広いと掃除とか修繕がめんどくさいしね!
「ここだ!」
弾正台の官庁に到着し、門をくぐって中に入るのについていった。
数戸の建物が並ぶ中、一番大きい門をくぐって若殿が正面にある建物に入った。
関白邸などの屋敷とは違って建物を結ぶ廊下がなく、床は石を積んで高くしてある、唐風の建物だった。
石段の下で待ってると建物から若殿が弾正台の役人・巌谷と連れ立って出てきて
「こちらです。歩きながら話します」
ある方向に歩き始めた。
長く続く豊楽院の築地塀を右手に見て北へ進んでいく。
豊楽院の塀が終わる場所で立ち止まった。
巌谷が目の前を指さし
「現場はあそこです。」
そこには松が数百本(?)は植えられているであろう松林が広がっていた。
「二年前ここで鬼が女性を食い殺したと言われる『宴の松原』だな。」
若殿がポツリと呟いた。
えーーーーっっ?!!
何っ?!
鬼が食い殺したの?!女性をっ!
急なオカルト!+猟奇事件!
しかも大内裏内でそんなことがっ?!
興奮で心臓バクバクが止まらない!
(その2へつづく)