狐狸の香木(こりのこうぼく) その6
私がブルブルと震えながらもまだ話すかどうかを悩んでいるのを見て若殿が
「聞いたところによると、お前が狐に化かされてるところを見たという話もあった。一体どういう意味だ?」
ゴクリ息を飲む。
「きっと市で私が美人と歩きながら小豆餅を食ってるところを見たんでしょう。」
腕を組み
「ふむ。狐が美人に化け、人をだまして牛の糞を食わせるという話があったな。
つまりお前もその美女から美味いものを与えられ、その日のことを話さないという約束でもしたのか?
そして父上の敵の言いなりになったということか?
正体が狐だと分かっていてもまだ庇い続けるのか?
それなら同情の余地なくお前を消すが、本当にいいのか?」
最後はギロと怖い顔で睨み付けた。
ふぅ~~と息を吐き、観念して
「実は、お使いの途中、xx大路である人に偶然出会ったんです。
市で美味しい小豆餅をおごってやるというので『ちょっとならいいかなぁ~』と思っておごってもらったんです。
メチャクチャおいしい小豆餅で、炊いた小豆に水あめが絡めてあって甘くて、餅と合わせるとサイコーでした!
で、お使いで持っていた文箱を見せてくれというのでお礼のつもりで見せました。
文を読んで『私に出会ったことは誰にも言わないでくれ』と言うので今まで黙ってました。
悪い人じゃないんです。
若殿も知ってる人ですよ・・・・」
その時のその人のことを何となく思い出した。
束ね髪から落ちたおくれ毛や金と真珠の連珠の耳飾りが揺れて頬をチラチラ隠す感じとか、まぶたを縁取る長い睫毛がバサバサと音を立てて瞬きする感じだとか、キラめく光を宿す瞳だとか、口角の上がった形のいい唇だとか、とにかく美人だなぁ~~とついつい見とれてしまう人。
濃紺色の水干、括り袴がかっこよく、細い手足なのに機敏な身のこなし。
武芸一般に加えて、学問一般も修めてそうな博識ぶり。
思い出すだけで憧れでドキドキする!
「確か、新しく『騎馬訓練場』を開業したと話してました。
誰でも騎馬訓練ができ、騎射などの武芸を身につけられるそうです。
相変わらず『秘密集会』も主催してるそうで、若殿はもう来ないのか?と聞いてました。
ね?悪い人じゃないでしょ?」
険しい顔で
「届ける相手の名もしゃべったんだな?」
「・・・・はい。」
若殿は何か気が付いたようにフフン!と笑うと
「そうか!だから父上は激怒したんだな!
そのせいであの定(議定)が延期されることになったのか!
おかしいと思ったんだ。
父上はあの政策は否決されるはずだと事前に言っていたのに審議の結果、決定が先送りになったから。
お前のせいで父上の公卿への根回しが無効になったんだな。
なるほど、そういうことか。」
はぁ~~?!
何?何のこと?
私が朝廷の決定を左右したの?!
何かヤバそうっ!!
またまた全身から冷や汗がドクドクと噴き出した。
「あのぉ~~一体何の決定が延期されるハメになったんですか?私は何をしたんでしょう?」
恐る恐る聞いてみた。
(その7へつづく)