狐狸の香木(こりのこうぼく) その4
若殿は何でもないという風に肩をすくめ
「お前の答え次第だな。四月x日、文使いに出かけた時に実際に何があった?よく考えて思い出してみろ!些細な事でもいいから。」
う~~~ん、あの日、文使いに出かけた時かぁ・・・・・
考え込んで『はっ!』と一つだけ思い当たることがあった。
だけど、あのことは絶対秘密にしないと!
約束したし、あの人を裏切りたくない!
でもあの人が本当に何か企んだのだとしたら?
文と贈り物が届かなかったことで大殿が重大な被害を受けたのかもしれない。
もしそうなら敵を助けたことになるの?
あの人は悪人なの?
無言で考え込み悩んでる私をみて眉をひそめ
「なぁ、お前が関白邸に来たときのことを覚えているか?」
サッと顔を上げ若殿の目を見てウンと頷いた。
「確かお前は、従者募集の貼り紙をみて私の従者を希望してウチに来たんだな?」
深刻な顔でウンと頷く。
「他の希望者は立派な青年ばかりだったのに、若殿はなぜ童の私を選んでくれたんですか?」
長年の疑問を口にした。
二年ぐらい前、関白邸で嫡男・時平様の従者を募集してるという噂を耳にし関白邸を訪れた。
家柄、身分、学識は問わないが二十歳以下の健康な男子という募集要項を見て私でもいいんじゃないの?と気軽に応募した。
侍所で面接を待つ間、他の希望者を見ると、皆二十歳前後で立派な体格の、中には美男子と言えるぐらいの器量良しや、帯刀し武芸自慢の若者や、筋骨隆々でさぞかし格闘が強そうな荒くれ者や、色白で書を何冊も暗記してそうな学者青年や、様々な分野の有能そうな希望者が詰めかけていた。
まだ八つだった私は場違い感が半端なかったけど、せっかく来たし一応面接は受けてみるかぁ!と何も考えず順番を待ってた。
私の番になり、大奥様と時平様、使用人頭が並ぶなか対面して座った。
大奥様がビックリしたように目を丸くして
「お前はまだ童でしょう?従者が何をするか知ってるの?馬の世話をしたり口を曳いたりするのよ?荷物を持ったり時には主を危険から守ったり、話し相手になったりしなくちゃいけないのよ?
お前に務まると思っているの?」
優しい口ぶりだが内容は『ムリ!』と言ってるようなもん。
口だけは達者だった私は泣き出しそうな顔を作り
「私が外で働かなければ、料理人の父だけの稼ぎでは弟妹が食べていけないのです!
どうかお優しい時平様の従者にしていただいて、その給金で弟妹や母を満腹にさせてあげたいのです!」
涙声で訴えた。
まず自分が満腹になりたかったんだけどね。
大奥様はつられて泣き出しそうな顔になってたけど、
「でもねぇ~~~」
ため息をつき首を横に振った。
使用人頭も同情した様子で
「奥様、四郎様の遊び相手ならいいのではないですか?年も近いですし。」
大奥様が
「でも四郎の遊び相手ならもう三人もいるのよ!今日は太郎の従者を探してるのに・・・・。お前が今までの従者をクビにしたりするからよ!何が気に喰わなかったの?」
ブツブツと時平様に愚痴る。
時平様は腕を組んでつまらなそうに
「賭け事と女のことしか話題にしない奴らとは話が合いません。馬や荷物の世話をしてもらう従者など必要ありません。」
無表情でぼそぼそ答えた。
ふと私に目をむけ
「お前、弟妹の歳はいくつだ?好きなものは何だ?」
変な事を聞くなぁと思いながら
「弟が六歳、妹が四歳で、それぞれ好きなものはええと、確か、馬と杏の甘いやつですね。」
時平様は腕を組んだまま顎に指を添え
「ふむ。弟妹のために奉公したいというのは本当のようだな。
じゃあ母上、この童を従者にします!では今日はこれでお開きでいいですね。
そこの童ついてこい!名前は何と言った?」
「はいっ!若殿っ!竹丸ですっ!」
俄然元気になってハキハキと答えた。
・・・・というようなことがあったなぁと思いだしてると若殿が
「お前を従者に選んだ理由・・・はな、」
言うか言うまいか悩んだ様子で頸を触りモジモジしてる。
ん?惚れたの?可愛くてたまらなかった?やっぱり幼児が好きなの?
ドキドキしてると
「あぁーーーーっ!実は、お前が弟妹をかわいがってると聞いたからな、その・・・・」
「何ですかっ!」
もうっ!ハッキリしてよぉっ!焦れったい!
(その5へつづく)