狐狸の香木(こりのこうぼく) その3
その日以来、関白邸内で私の悪い噂が絶えず、下働きの下人や料理人、大奥様や大殿のお付きの侍女や従者、ひいては若殿の弟である若君たちにまで、チラ見されるとヒソヒソと悪口を言われてるようだった。
耳にした噂の一つには
「あいつは食い意地が尋常じゃないから大殿の届け物をくすねて市で高値で売りその銭で買い食いしているらしい」
とか
「文を盗み読みして情報を敵対する貴族に高値で売り私腹を肥やしているらしい」
とか
「実は敵対する貴族の間者で若君の動向を探るために送り込まれたらしい」
とか
「狐に騙され牛の糞を食わされた挙句、届け物を奪われたらしい。」
とか、根も葉も実も花もない噂をアチコチでされている。
四郎様(藤原忠平)(九歳)の従者で十二歳の紅塵丸は一番年が近く親しい友人だと思っていたのに、その紅塵丸まで
「やっぱりお前が嫡男・時平様の従者だなんて荷が重かったんだよ!
武芸ができるわけでも、知識が豊富なわけでもないだろ?
何の能力もないただの十歳の童なのに太郎様の従者が務まるわけがない!
私のように四郎様の遊び相手なら務まるだろうが、太郎様は何と言っても頭中将だぞ!
お役目を果たせるようしっかりお支えできねば従者である意味がないっ!
今からでも遅くないっ!太郎様の従者を辞めさせてもらえ!」
ざまあ見ろとでも言いたげな口ぶり。
若殿・時平様は確かに十九歳で出世も順調な、関白家一番の有望株で従者としては一番鼻が高い。
紅塵丸がうらやんで嫉妬のあまり悪しざまに言うのも理解できる。
私だってなぜ若殿が選んでくれたのかは謎だ。
きっと私の可愛らしさと素直さ、愛嬌の良さ、機敏な身のこなし、頭の良さ、を評価してくれたんだ!
・・・う~~~ん。
どれも紅塵丸のほうが上回ってる気がする。
『素直さ』に至っては『減らず口』と『皮肉』の方が多いと自覚してるのでほぼ無し。
愛嬌はいいかな?
機敏・・・でもない。
武芸はじめ体を動かすこと全般が苦手。
頭の良さ・・・は自分に利益があるときだけ抜群!
難しい書を読む、ややこしい計算をするは苦手。
あと童であることを利用し無知なフリをしてやりたい放題するという特権は捨てがたい。
客観的に自分を評価し『可愛くて愛嬌がある』ところしか取り柄が無いことを確認し(それだけはせめて有れ!)、凹んでいると、若殿が侍所にやってきた。
私を見つけ
「竹丸!お前は父上に敵対する貴族の間者としてここへ送り込まれたらしいな!」
嬉しそうに話しかけるのでムッとして
「どーゆー意味ですか?クビってことですか?明日から来るなという事ですか?」
冤罪を晴らしてくれると思ったのに悪い噂を信じて揶揄うなんて『人でなし』だ!とイラついた。
同時にギクッとあることに気づいた。
『もし若殿が噂を信じて、本当にクビにする気になったら?どうしよう!
このちょーーーー楽で簡単で美味しい食べ物を味わえる仕事なんて他に絶対ないぞ!!』
ハラハラして冷や汗をかいた。
できるだけご機嫌を取ろうとニコニコと微笑みを浮かべながら上目づかいで
「あのぉ・・・本当にクビなんてことには・・・・ならないですよねぇ?」
ビクビクと訊ねる。
(その4へつづく)