裸足の貴公子(はだしのきこうし) 前編
【あらすじ:目を離したすきに時平様の靴をよく似た新しいものにすり替えられてしまった。
同じく都で話題の人気者も靴を盗まれたが、なぜ?誰が?何のために?
時平様は今日もスンナリ推理する。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は誰が?何のために?かすり替えた黒革の靴のお話。
ある日、官人の朝の政務が終わった若殿が昼頃、馬をひいた私と合流した。
私は黙っていて後でバレたときを恐れて今朝の出来事を報告した。
「あのう、今朝、若殿が半靴(鹿のなめし革で作り、黒漆を塗ったもの)から浅沓に履き替えた後、私が半靴を預かっていたでしょう。」
「そうだな。半靴は乗馬用だからな。」
「ええと、預かっている間、靴を入れた巾着を馬の鞍に結んでおいて、私が少し目を離したすきに半靴が盗まれたんです。」
「ええ?じゃあ今持ってるそれはなんだ?」
「半靴です。一度盗まれたんですが、わたしがまた辺りを探し回って帰ってくると今度は元に戻ってたんです。」
「そもそも、馬から目を離してどこに行ってたんだ?」
「え~~とちょっと、ブラブラ市を見に。」
「お前は・・・、目を離したすきに靴じゃなく馬が盗まれたらどうするつもりだ!」
あっ!ヤブヘビでもっと怒られそうだ。
「それはご心配なく!従者仲間に馬を見てもらうように頼んでいました。」
とうまくごまかした・・つもりだったが
「じゃあそいつは靴を盗まれたときどうしてたんだ」
私は窮して頭をポリポリかいて
「ねてたんじゃないかなぁ?おそらく・・・。」
若殿は疑惑のまなざしを私に向けたが
「まぁ今回は何もなかったからいいが、次は気をつけろ。」
半靴を袋から取り出し若殿に履かせると、
「なんだか、履き心地が違うが、別のものにすり替えられたんじゃないかな?」
「そうですか?見た目は同じですよ。牡丹錦の模様も同じだと思いますが?」
「そうなんだよ。見た目はまるきり同じなんだが、ちょっと硬いというか。新しい靴って感じなんだ。」
「まぁ、新しい靴とすり替えてくれるなんて親切な泥棒ならいいじゃないですか!気にしなくても。」
と私は無責任に言い放ったが、若殿はすぐにその靴を脱ぎ
「何か仕掛けられているかもしれない。」
と言って靴を調べだしたので『神経質だなぁ。めんどくさい人だ。』と思い
「靴に何を仕掛けるんですか?」
と聞くと
「毒針が刺さるようにだとか、沓敷きに身体に悪い毒を塗りこんであるとか。」
といいながら、中をのぞき込んだり匂いを嗅いで、
「どうやらそうでもなさそうだ。」
とやっと安心して靴を履いた。
しかし、誰が何のために古い靴を新しい靴とをすり替えたのかが謎なので、気になったのか若殿は
「竹丸、他に同じような靴の盗難があったかどうかを調べてくれ。」
と命じた。
私も気になっていたので快諾し、さっそく次の日、朝議の間、従者仲間に聞き込みした(今度は馬をちゃんと見てもらってから)。
聞き込みの結果、ここ一週間ではある貴族・源昌様の靴だけが盗まれていた。
その源昌様は最近、参議に上ったばかりの、その容貌と声が美しいと都で話題の貴族だった。
どうやら噂ではあちこちの貴族の姫と浮名を流しているらしい。
ということを若殿に報告すると
「なぜ私と源昌様なのだろう?他に誰もいなかったか?」
私は思いついて
「もしかしたら、すり替えられていても気づかない人もいるのではないですか?」
「そうなると、被害者はもっといるかもしれないのか。実害がないうちは全員の靴を調べるわけにもいかないし。源昌様が盗まれたのも半靴だったのか?」
「いえ、烏皮履(くりかわのくつ、牛革で出来た黒漆塗の履物)でした。」
「革の靴で黒漆塗りという点が共通しているのか。」
と若殿は考え込んだ。
私は『実害もないのに気にしすぎなんだよ。実際に何かあれば調べればいいじゃん』と思っていたが口に出さず
「古い靴を盗んで新しい靴をわざわざ用意してすり替えるなんていったい何の得があるんですかね?ゴミみたいなもんでしょ古い靴なんて。」
というと、若殿ははっとして
「もしかして、古い靴は呪いをかけるための道具として使うのか?」
私はそれは面白そうだな!と
「若殿の持ち物に念を込めてくぎを打つとか、焼くとかして若殿に被害を与えるんですかね?どうですか?体調壊してませんか?どこか痛くなってません?」
とわくわくと若殿の全身を見回した。
若殿は嫌な顔をして私を見返したが、
「もし呪いだとしたら、もっと時間がかかるだろうな。そのときは私がお前を呪う。」
と言い放った。
・・・心の狭い主だなぁ。冗談なのに。
「呪われる心当たりはないんですか?どこかの姫に一目ぼれされたのに、冷たくしたから恨まれてるとか、一夜限りで遊んで捨てたとか。」
若殿はギロっと私を睨んだので
「はいはい。若殿は宇多帝の姫一筋でしたね。」
年齢制限?で大体の姫はアウトなんでしょうねと心の中で付け加えた。
「呪いじゃないとしたら何でしょう?靴が異常に好きな人の仕業とか?靴収集家?みたいな。」
「『物体崇拝』は男が多いように思うが。その場合、女性の持ち物に執着する。
収集家だとしても、私の靴は別に珍しかったり、変ったものじゃないから収集家の標的にはならないが。」
「もしくは若殿の熱狂的なファンとか?」
今度は若殿は少し気分がよかったのか照れて
「それは・・・考えられるが、まぁ私はその・・・アレだしな」
自分からは女性を誘わないが、女性から寄ってくる分にはどれだけきても構わないという、色男ぶった態度が鼻についたので
「まぁ、若殿の熱狂的なファンなんて、そんなにいないでしょう。源昌様の方がもっと噂になってますし、女性からのアプローチも多いでしょうねぇ」
というと若殿はむっとして
「だから、私は別にモテたいなんて思ってない。」
と少し怒った。
「では、靴すり替えの謎の答えを確かめるには呪いの効力が出てくるまで待つしかないんでしょうか?」
というと、若殿は目で怒りながら
「少し思い当たるところへ行こう。ついでに父上からの頼まれごともあるし。」
「大殿の頼み事とは何ですか?」
「ある靴の持ち主を調べてくれと言われたんだ。」
「今から行くところでそれも解決するんですか?」
「そうだ。」
というので、私はついていった。
(後編へ続く)