子負い百足(こおいむかで) 後編
若殿が組み伏せた下には少年の顔があった。
白い衣で、頭に五徳を逆さにかぶり、その五徳の足にはロウソクがささっている十三歳ぐらいの。
「木づちがその辺に落ちているから、拾ってくれ」
と若殿。
私が手探りで木づちを取り上げると、少年は
「もう手遅れだ!七日間の誓願は果たした!呪いは成就し、大納言は死ぬだろう!はっはっは!」
と恍惚の表情で叫んだ。
私たちが少年を大納言邸に連れて帰ると、小春が出迎えて
「まぁ!速丸じゃないの?どうしたの?その恰好」
というと、少年は眉をひそめ少しバツの悪い顔をした。
どうやら大納言邸の使用人のようだ。
房で速丸を落ち着かせ頭の五徳をとらせた。
速丸のかぶっていた五徳を見ると、黒っぽい鉄と違って青緑のボロボロとした表面の少し変わった五徳だった。
若殿が穏やかな声で話しかけた。
「私は藤原時平という役人だ。お前はなぜ、こんな時間にそんな恰好で山に入った?」
「・・・もう見当はついているでしょう。」
「丑の刻参りか」
「・・・そうです。」
「ムカデの頭を大納言の汁ものに入れたのもお前の仕業か」
速丸は硬い表情で頷いた。
「大納言は主だろう?世話になっているのに何の恨みがあるんだ。」
速丸は黙り込んでしまった。
後が続かないので若殿は
「今日は遅いから寝ろ。ただし、ここで私と一緒に。逃げないように」
と速丸と私と若殿は小春の部屋で一緒に眠った。
あくる日の朝、渡殿をバタバタと人々が走り回る気配で目が覚めた。
若殿はすでに房におらず、私が起き上がってぼ~~としていると御簾がめくられて
「起きたか。大納言が今朝亡くなったらしい」
と告げた。
話によると、昨夜あの事件の後、大納言が外出先から帰宅し就寝後、今朝、寝床で冷たくなっているところを侍女に発見されたという。
侍女は薬師を呼んだが、薬師の見立てでは「卒然として邪風に中」ったらしい(脳卒中のこと)。
はっとして速丸のほうを見ると、速丸はまだぐっすりと寝息を立てて寝ていた。
こいつ!どれだけ肝が図太いんだ!
真っ先に疑われるのは自分なのに。
私と若殿が寝ている間にそっと抜け出して大納言にとどめを刺したのか?
でも薬師は卒中だと言ってるしそれに見せかけて殺すにはどうするんだろう?
とりあえず速丸をゆすって起こして
「大納言が死んだらしい。お前疑われてるぞ」
速丸も、起こされてすぐはぼんやりしていたが、
「・・・おいらの願いがかなったんだ。やっとおっかあの復讐ができた。」
とぼそりと言った。
若殿と小春が一緒に房に帰ってきて私と速丸の前に座った。
私はそういえばと思い
「大納言には呪いが無効だったはずでは?」
小春は驚いて
「速丸が呪いをかけたんですか!何てことでしょう!大殿がなくなったということは速丸は重罪になるのでしょうか?」
「大納言は呪いで死んだんじゃない・・・と言いたいところだが、今はまだ何とも言えない。では速丸、私の説明に間違いがあったら訂正してくれ。」
と若殿が話し始めた。
「まず、お前は大納言殿に恨みを抱きをムカデの毒で殺そうとした。汁ものにムカデの頭があったのはムカデの顎に毒があることを知って、大納言に気づかれないように顎から上だけを飲ませるためだ。」
「蟲毒じゃないんですか?」
と私が言うと、速丸が
「違う!ムカデの毒で殺そうとしたんだ!なのにあいつは・・・何度ムカデを汁ものに入れても死ななかったんだ!どうしてだよ!おっかあは二回刺されただけで死んだのに!」
「ムカデの毒は皮膚から入るだろ?食べても口内に傷がない限り毒が体に回らないんだ。」
私は『じゃぁ針に塗って刺せばよかったのか・・・』と考えたが口に出すのは控えた。
若殿が続ける
「頭が見つかり、ムカデの毒で殺すのをあきらめたお前は丑の刻参りをしたんだな?」
速丸は頷いた。
そこは直球の『呪い』かい!
若殿が続けて
「赤と緑の人魂は頭にさしたロウソクの火だけが見えた人々がそう思ったんだ。」
「赤は普通ですが緑色のロウソクの火なんて見たことないですよ!」
私は思わず口をはさんだ
「速丸、かぶっていた五徳はどこで見つけたんだ?」
「裏山の神社の祠にあったんだ。ロウソクも一緒に。あと矢じりとか鏡とか銅鐸とかもあった。」
「それは何百年も前の遺物だよ。おそらく、古墳からの出土品だ。青銅製の。」
閻魔様は古くからの祠を大事にしていたらしいしね。
「それが緑の火と何の関係があるんですか?」
「金属の粉は燃えると色が付くものがある。青銅の表面につく『さび』である緑青は青緑色に燃えるんだ。」
「緑青の粉がロウソクについて一緒に燃えたのが緑に見えたということですね」
「そうだ。」
ではいよいよ大納言の死の真相だ!と、わくわくしていると
「速丸。なぜ大納言をそんなに恨んでいるんだ?」
と若殿が聞くので、速丸はぽつりぽつりと話し始めた。
『おっかあはここの料理人で、おいらは薪割りや薪集めなんかの雑用をしてた。
おっかあが食材の野草を集めてるときムカデにかまれたんだ。
一度目は水で洗って、薬草をつければ治ったんだが、つい先日、二度目にかまれたときは咬まれたところが真っ赤になって全身にブツブツがでて、あっというまに息ができなくなって、今にも死にそうになったんだ。
だから、ご主人様に・・・ご主人様に助けてもらおうと思って、出かけようとしている車の前に飛び出した
「ご主人様!おっかあを助けてください!薬師を呼んで下さい!今すぐ馬でおっかあを!おっかあを薬師のところへ運んでください!」
大納言付きの牛飼童が車内の大納言に向かって
「大殿、下人の子が車の前に飛び出して何やら申しております。このままでは牛が踏んでしまいますが」
大納言は気怠そうにちらりと窓から外を覗いたが、おいらをみると苛立った声で
「かまわぬ。いけ!」
と怒鳴り、車が動き出した。
そのままおいらは轢かれそうになったんだ。
そして、おっかあは息ができなくなって、苦しんで死んじまった。
あいつは下人を同じ人だと思ってないんだ!あいつをおっかあと同じ目にあわせてやる!』
速丸は歯ぎしりしながらつぶやいた。
私は貴族たちが若殿のように寛容な人ばかりじゃないことはわかっていたが、大納言ほど下人に無慈悲な扱いをする人にもあったことはない。
恨まれて当然だな。
我が身に自分の行いが返ってきただけじゃんと大納言に同情できなかったが、ムカデの毒で死んだのでなければ丑の刻参りの呪いが成就したのか?
若殿は小春に
「ムカデの頭が何回も入っていた汁ものに大納言はなかなか気づかなかったのはなぜだろう?」
「さぁ?大殿には好きだからといつも母君様が特別に濃く味付けなさるので、味噌などをたくさん入れれば見えなくなって、舌にも感じなくなったのでは?」
いい歳して母の味?
さぞかし甘やかされて育ったんだろう。
若殿はと見ると何かを納得したように頷いていた。
大納言の葬儀にはまた日を改めて参列するため若殿と私は屋敷を辞した。
若殿は速丸の処分を大納言家に任せることにした。
使用人の大半は速丸に同情的で、ムカデの頭だの丑の刻参りだのは大納言の親族には伝えないようだ。
「若殿!やっとちゃんと教えてくれますよね?呪いじゃないなら大納言の死因は何ですか!本当は呪いでは?」
「しいていえば・・・『母の愛』だな。大納言殿を殺した毒は」
「は?どういう意味ですか?」
私はさぞかし素っ頓狂な顔をしていたに違いない。
それにしても若殿が変なことを言うからだ。
母の愛?大納言の死因が?何のことだ?と思っていると
「『塩』だよ。大納言はなりやすい体質の上にいつも好みの塩分の高い食事を母君から与えられてたから、卒中になったんだ。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
百足は子を背負いはしませんが、卵を大事にして高確率で孵化させるそうです。
その一方、少しのストレスで卵食や育児放棄をするそうです。
慈母と毒親は紙一重かな?と思いますが、どうでしょう?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。