子負い百足(こおいむかで) 前編
【あらすじ:今の世は『呪い』流行りだが、大納言様はまるきり信じてない。
そんな大納言様の屋敷で起こる怪現象を時平様は今日もサクッと解決する。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今日は子の愛と母の愛、そこから生じる恨みと病のお話の前編。
ある日、ある侍従仲間から勤め先の大納言邸の噂を聞いた私は帰ると早速、若殿に話した。
「若殿、大納言邸でこの頃奇妙な出来事が続いているそうで」
「あの赤顔大納言の?」
「そうですあの閻魔様です。閻魔様の朝餉の汁ものにムカデの頭が入っていたそうで」
聞くところによると、大納言はイライラとせっかちで、すぐ偉そうに怒鳴り散らす赤鬼のような人、だそう。
若殿はハハハと軽く笑って
「汁を煮てる間に虫が勝手に飛び込んだのだろう?」
「頭だけですよ!入っていたのは」
若殿は少し考えこんだ。
「他に異変は?」
「その後、六日前ごろからから、『裏山で赤や緑の人魂を真夜中に見た!』という大納言邸の使用人が続出しています」
若殿はまた少し考えこんで
「では、何か理由をつけて大納言邸にいってみよう。」
と二人で大納言邸を訪れた。
大納言邸では小春という名の侍女がでてきて
「当家の主は只今出かけておりまして、いつ戻るか見当がつきませんが・・・。」
「政について大納言殿に教えを請いたい部分がありまして、待たせてもらってもよろしいですか?」
と若殿はテキトーな理由をつける。
「それでは、出居でお待ちください」
と案内された。
白湯と菓子の李をもってきた小春を若殿がつかまえて
「ところで最近この屋敷で奇妙なことが起きたと伺いましたが」
「そう!そうですの!まず七日ほど前ですわ!・・・」
とちょうど話したくてたまらない話題だったらしく、例の噂をまくしたてた。
私は自分のを食べ終わり、若殿の李までねらいを定めていたが、若殿は素早く自分の分を手に取った。
「・・・私たちも怖くて怖くてどうしようかしらと思っていましたの。何かの呪いや祟りじゃないかしら、このまま放っておいていいのかしらと。」
「大納言殿は何と仰ってるのですか」
「主は『今更誰に呪われようがかまうもんか。呪いが効くならわしはとっくに死んどるわ!わっはっは!』と」
「気にしてらっしゃらないのですね」
「そうです。大丈夫でしょうか?」
「気にしてないなら、心当たりがないので大丈夫でしょう。呪いは呪っている事を相手に伝えなければ効果がないですから。」
私は合点がいって
「恨んでいる人が憎い相手に『恨んでる』と伝えて、罪悪感を煽るってことですか?」
「そう。だから罪悪感をもたない人間には呪いは効かない。」
私は赤ら顔と太くて短い首、がっしりした体つきでいかにも強者という感じの閻魔様の様子を思い浮かべて罪悪感とは縁がなさそうだと思った。
「それで、裏山で人魂を見たのは何時ごろの事ですか?」
「そうですわね。確か丑三つ時だったような気がします。そうそう、他に見た者もそのあたりと言ってましたわ」
「人魂を見た場所ですが、裏山の入り口付近ということですが、確か裏山の山頂には小さな神社があるそうですね?」
「そうです。主が『代々祀っているものだから』との事で、掃除やお供えをまめにしております。」
「人魂は止まっていましたか動いてましたか?」
「もちろん人魂ですもの!動いていましたわユラユラと。見たときぞ~~っとしました!たしか、山に入る方向に動いた気がします。」
「人魂が見えたのは六日前から今日まで連続ですか?」
「確かかと言われると自信がありませんが、毎日誰かが見たと言っているように思います。怖いもの知らずの侍女たちは昨日もわざわざその時刻に裏山を眺めていまして、やっぱり見たらしいですわ。」
「・・・それでは今夜も人魂は現れると思いますか?」
若殿は無意味に『ため』をつくって、意味ありげな視線を小春に送ると
「まぁ!もしかして権中将どのが、今夜ここで見張られるおつもりですか?」
と小春は頬を赤らめ、急に黄色い声を出したが、若殿は年増には興味がないので可哀想。
多分、小春は二十歳頃だろう。
世間的には十分若いが何せ宇多帝の姫と比べるとじゅうぶん『年増』だ。
「それではあなたの房で丑三つ時まで待たせてもらってもよろしいですか?」
小春は真っ赤になって頷いて
「いいですけど、大殿には会わなくてもよろしいの?」
若殿はにっこり微笑んで曖昧に頷いてごまかした。
真夜中になるまで若殿はその小春と何をして過ごしたのか?というと・・・
私というお邪魔虫がいるので大納言邸にある貴重な書を読むなど、いたって普通に過ごした。
小春には敵意のこもったまなざしでチラチラ見られていた気もする。
私は
「若殿、ムカデの頭が汁ものに入っていたとはどういう意味ですか?」
「考えられるのは・・・蟲毒だな。」
「蟲毒って何ですか?」
「呪いの一種だ。毒虫たちを戦わせて最後に残った虫を呪いたい相手に食わせると、呪い殺すこともできるらしい」
「閻魔様は敵も多いでしょうしね。それと赤と緑の人魂も関係があるんですか?」
「多分な。まぁ今夜、人魂の元を捕まえてみるとはっきりするだろう」
私は内心、人魂を摑まえる?!何考えてるんだ!そんなことできるわけない!と思ったが、若殿は平然としている。
何か考えがあるんだろうとおとなしく命令に従うことにした。
「赤いのは怒ってる魂で、緑のは悲しんでいる魂・・・でしょうか?」
と私がぽつりと言うと若殿は上の空で
「・・・そうかもな。」
いつの間にかあたりが暗くなっており、間近にいる若殿の顔もはっきり見えなくなっていた。
私と若殿は丑三つ時になる頃、裏山の入り口付近の藪で見張っていた。
物音を立てるなと言われたのでじっとしている。
三日月の薄明りが心もとなくあたりを照らして、目が慣れるとぼんやりと周囲は見えたが、山奥の暗闇から今にも得体のしれない化け物が飛び出してきそうで怖くて私は若殿にずっとしがみついている。
赤い人魂が山奥からチラチラと見えてきたときは怖さが頂点に達し若殿の袖に顔をうずめた。
「おい!とびだして捕まえるぞ!」
「怖すぎて無理です!一人でどうぞ!」
というや否やしがみつく私を振り切り若殿は飛び出して赤い人魂を組み伏した。
私は、藪から目だけを出して若殿が黒いものを組み伏せているのを見ていた。
『わ、若殿は腰に太刀を帯びているから強気なのだ!そ、それに大人だし!』
と自分の弱気を正当化し、組み伏せられた赤い光がいつの間にか消え、黒いものが動かなくなったのを見計らって私は藪からゆっくりと恐る恐るでていった。
(後編へ続く)