羅城門の虹(らじょうもんのにじ) 前編
【あらすじ:当初は立派な外観だった羅城門も、荒廃が進み中は様々な怪奇譚でいっぱい。
そんな羅城門に逃げ込んだ麗しい男の正体を、時平様は今日もズバッと看破する。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は一口に盗みといっても、人には言えないその人なりの理由がある?のお話。
ある日、私と若殿はいつものように宇多帝の別宅に向かおうとしていた時、ちょうど朱雀大路南端の羅城門の前を通りかかると
「まてーっ!」
という声がしたので、振り返ると、緋色の絽の被衣を頭からかぶりこちらへ走ってくる奴がいた。
そいつは途中の茶屋で縁台(こしかけ)にある盆を片手で取りもう一方では被衣をしっかりと頭の上でつかみ、念入りに顔を隠したまま羅城門にはいった。
そいつの後ろからは、どこかの貴族の雑色と思われる男が数人で追いかけてきた。
雑色の一人が若殿に向かって
「失礼ですが、この辺に緋色の絽の被衣をかぶったやつを見ませんでしたか?」
私は勇んで
「そいつなら羅城門の梯子を上って二階へいったようです!」
「そうか」
と雑色は言い羅城門へ向かうと、ちょうど色白で束ね髪にしたやせ型のなかなかのイケメン男が梯子を降りてきた。
雑色達は気色ばんで
「とうとう捕まえたぞ!この泥棒め!姫様の衣と銭を返すのだ!お前は役所へつきだしてやる!」
と色白イケメン男は
「何だって?人違いだ!その緋色の衣をかぶったやつなら俺が二階にいる間に下から梯子を登ってきて、欄干から下へ飛び降りて、衣をおいて走って南へ逃げて行ったぞ」
と言った。
その色白イケメン男は筒袖に括袴をはいて、髪型は束ね髪で、螺鈿が虹色に輝く飾り櫛を挿していた。
顔つきは色白の細面、繊細そうな切れ長のすずやかな目と薄い唇、筋の通った鼻と非の打ち所がなかった。
私はその堂々とした低い声と繊細そうな見た目のギャップに少し驚いた。
雑色達が
「嘘をつくな!この方たちがお前が羅城門の二階に上るのを見たといってる!それに誰も二階から飛び降りた気配がないだろ!」
「俺が見たやつが飛び降りた場所へ連れて行ってやる」
と色白イケメンに案内されて、羅城門の南の山城方面に面した側にまわると、そこには緋色の衣が無造作に落ちていた。
「ここにそいつが飛び降りたんだ。」
「お前が二階から衣を落としただけだろう!」
「二階に上ってみろ!風が強いからそんなことをすれば、軽い衣はどこかへとんでっちまうさ!」
と色白イケメンは自信満々に言う。
若殿が雑色達と色白イケメンに向かって
「私はある貴族の雑色の平次と申します。君?名はなんという?」
色白イケメンが若殿を値踏みするように視線を走らせ、顎を突き出して
「俺は七輝丸だ。」
と名乗った。
雑色達が
「我々は少納言家の者です。」
若殿はそれぞれに軽くうなずくと
「少し調べてみましょう。七輝丸、悪いがもう少しここで待っていてくれ」
と言い、羅城門の真下に無造作に落ちている衣をめくると下には盆があった。
私は
「それ!見ました!緋色の衣をかぶったやつが茶屋で盗った盆です!」
と言うと、若殿が同意するようにうなずき、
「では七輝丸が言うように二階から衣を落として、風に飛ばされるかを試してみましょう。」
と、若殿が衣を持って羅城門の二階へ上がった。
若殿が二階の欄干から衣を落とすと衣はひらひらと舞い、元の衣が落ちていた羅城門の真下から2丈(6.6メートル)以上も離れて落ちた。
「さっきはたまたま風がやんで真下に落ちたのかもしれないな」
と少納言家の雑色が言う。
若殿は
「いえ、この衣は軽く、少しの風でもあれば、真下に落ちることはないでしょう」
私は盆があったのを思い出し
「盆を重りとしてくるんで落としたら真下に落ちるでしょう?」
七輝丸がすかさず
「盆は衣にくるまれていなかったのを見ただろう?くるんで落とせば落ちた後も盆は衣でくるまれてるはずだ。」
何でもムキになって言い返してくるところがますますあやしいのだが、反論はできなかった。
「そうだ!衣をくるくると丸めて下に投げつけるように落とせばいいのでは?」
七輝丸がニヤニヤして、
「やってみろよ!もし真下に落ちたとしても、丸まったまま落ちているはずだろう?無造作には落ちないさ。」
う~~~ん。どうやって軽い衣を真下に無造作に落としたのか?
私には思いつかなかった。
では、七輝丸のいうように、別人がいて二階から飛び降りて走って逃げたのか?それならもう行方は分からないだろう。
私が考えこんでいると若殿が
「七輝丸、お前はこの衣を触ったこともないのに、ひらひらと風に舞うほど軽いことをどうして知っていたのだ?」
「そんなの!それが絽の衣だってことは誰だって見ただけで分かるさ!」
若殿はニヤリとして
「じゃあ、お前は羅城門の二階で一体何をしていたんだ?その上がってきた泥棒が二階から飛び降りたのを見たとき。」
七輝丸は少し慌てて
「別に!朱雀大路を見物してたんだよ!上からの眺めはいいからなぁ」
「本来、二階は立ち入り禁止のはずだがな。」
少納言家の雑色が
「奴が盗品を持ってるかを調べます!他に銭の入った巾着が盗まれたんです」
七輝丸は怒りの表情を浮かべ
「何だよ!俺が泥棒だって決めつけて調べるのか?濡れ衣だとわかったら慰謝料払ってもらうぞ!」
と言ったが、少納言家の雑色は七輝丸の体を触って調べた。
が、袖に銭は入っていたが巾着は見つからなかった。
「巾着は捨てたのだな」
と少納言家の雑色は苦々しい顔をした。
七輝丸は
「銭には名前が書いてないから俺が盗んだ証拠にはならないだろう!はっはっ!」
と勝ち誇った笑みを浮かべている。
私は『このままではこの怪しい七輝丸を逃がしてしまう!どうにかしないと~~!』と思っていると若殿が、
「では私がその絽の衣を羅城門の二階から真下に落として見せましょう」
と言って、盆と衣を持って二階に上がっていった。
私は、やっとかーー!わかってるなら早く教えてくれればいいのに!とワクワクした。
(後編へ続く)