早春小事(そうしゅんしょうじ)
【あらすじ:私は従者として毎日使い走りさせられているが、ある日、欲に目がくらんでなけなしの銭を失ってしまった。
父君に恋愛の心配までされ気苦労が絶えない時平様だが、私の仇を打つため今日もびしっと采配する。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、あるお屋敷の姫に夢中な様子。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠されて育てられている六歳ぐらいの小さな姫を若殿は溺愛していて、自分では周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿は「妹として可愛がっている」と私に主張するが、姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿を見たくない。
だが頼りになるときはなるので安心。
今日は私の敵討ちと早春の淡い恋の芽生え?のお話。
ある日、私は大殿・藤原基経様に呼び出されて目の前に座らされた。
「お前は太郎(長男の呼び名)の一番近くに仕える従者だな。あやつももう十八だが、通う姫などおるのか?」
宇多帝の姫のことは大殿にも内緒なので私は
「いいえ。おられぬようです。」
大殿は苦虫を噛み潰したような顔で
「もしや太郎は女子に興味がないとでもいうのか」
「いいえ!そんなことはないと思います。ただ好みが特殊なようで。」
と慌てて言い繕ったつもりが・・・そうでもないかも。
大殿は少し眉を上げ
「では、こちらがお膳立てすればうまくいくと思うか?」
私は、何をどうお膳立てするのかわからなかったが、
「多分。いくと思います。」
と適当に言ってしまった。
数日後には、下人仲間のあいだで
「関白の太郎君が右大臣の大君(長女の呼び名)に、恋煩いして、連日、熱烈な恋文を送っているらしい」
との噂でもちきり。私は
『お膳立てってこういうことか』
と納得した。
当の若殿の耳にはまだその噂は入ってないようで、すました顔をしてた。
その日の夕暮れ、私はたまたま噂の大君がいる右大臣の屋敷付近を歩いていると、そこへ高貴な身分と思われる車が屋敷へ入ろうとした。
私はそれが右近衛少将・源湛様の車だと分かった。
というのも、その侍従の与太丸というのが、1か月前、私をだまして50文をまき上げた張本人だからだ。
与太丸が
『新しく出す団子屋の開店資金の一部を出資してくれれば2倍にして返す。いくらでもいいから銭を出してくれ。』
というので、最悪でも現物支給の団子が返ってくると思い、証文も取らず、なけなしの小遣い50文を渡したのだ。
待てど暮らせど何の音沙汰もなく、団子一つよこさないどころか、どこにその団子屋を開いたのかもわからない。
まったくの作り話だと気づくまでに3週間はかかった。
今でも、顔を見たら一発ぶんなぐってやろうと意気込んでいたちょうどその矢先に与太丸が車に付き従ってたものだから、
私はカッとなって与太丸に詰め寄って
「こら!銭を返せ!」
と胸ぐらをつかんで殴りかかろう・・・と思ったが、相手は私より6,7つ年上。体格も1.5倍くらい。
そこで私はそっと近づいて手に持ってた大根で後ろ頭を殴って一目散で逃げた。
逃げる途中
「いてーっ!こら!お前!竹丸だな!役所に訴えるからな!覚えてろよ!」
と言う声が聞こえた。
月が明るかった。
次の日、与太丸が弾正台に訴え出たらしく藤原邸に役人と与太丸がきて呼び出された。
役人は
「与太丸はお前が殴ったことを認め慰謝料を支払えば許してやると言ってる」
そばで与太丸が頷いた。私は
「わ、私は何もしてない!証拠はあるのか」
と抵抗。
「このままではお前の主に話すことになるぞ。そうなればお前はここに置いてもらえなくなるぞ」
と脅す。私が冷や汗をかいていると、その主がやってきた。
「何だ?何をしている」
「はっ!私は弾正大疏・伴中男でございます!」
と急に役人がかしこまった。若殿のほうがもちろん身分が上だから。
「こちらの侍従の竹丸が暴力をふるったという訴えを受け、調査しております。」
与太丸が憎たらしい顔で
「若君、そちらの竹丸に昨日おれは後ろ頭を殴られて、こぶができたんでさぁ。慰謝料を払ってもらわねぇと!」
若殿が私をじろっと見て
「本当か?」
「でも!さきに与太丸が私の銭をだまし取ったんです!」
「何だと!どこにそんな証拠がある!俺に濡れ衣を着せるな!」
「じゃあこっちだって殴った証拠はない!50文返せ!この詐欺師め!」
と私は若殿に隠れて後ろから罵った。
「わかった。まず竹丸が本当に与太丸を殴ったかどうかだが、誰か目撃者がいるのか?」
「俺の主の源湛様が車に乗ってました。窓から見たはずです。」
「では、源湛殿に話を聞きに行こう」
と源湛様の屋敷に向かった。
「確かに、与太丸のうめき声が聞こえて窓からのぞくと、そこにおる童の駆けていく後姿を見た」
と源湛様はおっとりと答えた。
全身でっぷり太って、つやつやした頬はいつも何かを食べてるみたいにぷっくり膨らんでいた。
世に言う美男子とは彼の事だ。
それに比べてうちの若殿は頬はこけてると言っていいほど絞まって顎の骨がくっきりとしている。
精悍というと聞こえがいいが、今の時代痩せてると貧相だとされる。
「右少将殿。それは何処で何時のことですか?」
と若殿が言うと、源湛様は急に慌てて
「あ、あれは・・・私が参内する途中だったから、確か卯三つ(午前6時)ぐらいだと思います。場所は、えーっとどこだったかな?」
と挙動不審になって、与太丸に目配せした。
与太丸も話を合わせて
「そうです。あれは朝方でした。場所は忘れました。」
あれは明らかに夕方だったのに。なぜ?
私は若殿に
「嘘です。あれは酉三つ(午後6時)でした。場所は右大臣の屋敷近くです。」
と耳打ちすると、若殿は頷いて
「右少将殿、確か昨日の望月(満月のこと)は、内裏にかかって得も言われぬ美しさでしたでしょう?」
「いえいえ、望月は大文字山にかかって神秘的な美しさでした。」
私が見た満月も東(大文字山方向)に見えたのに、なぜ若殿は西(内裏方向)に見えたと聞いたのだろう?
と思っていると若殿が
「おかしいですな。あなたのおっしゃる卯三つならば西に望月が見えたはずですが?」
右少将は慌てて
「そうでした!西に!内裏方向に望月を見ました!勘違いでした!」
と訂正したが
「それもおかしいですな。確か昨日は真夜中から曇って朝方の月は見えなかったはずですが。」
さすが若殿。鎌をかけたのか。右少将は観念して
「そうです。あれは夕方でした。でも竹丸を見たのは本当です。確かにその童でした。折れた大根を持ってました!」
といいながら、ちらちら若殿の表情をうかがった。
若殿が私のほうを見ると私はしかたなくうなずいた。若殿は
「わかりました。信じます。竹丸が与太丸を殴ったのは確かなようですな。慰謝料をお支払いします。」
といって幾ばくかの銭を払った。
私は若殿に申し訳なくなった。
帰り道に黙って二人で歩いていると
「気にするな。お前の給金から差し引くから」
と言われますます落ち込んだ。
でも、一つ疑問が残ったので
「若殿、右少将はなぜ朝方と嘘をついたのですか?」
「右少将がなぜあそこにいたかを考えればわかることさ」
「あっ!右大臣の屋敷へ入ろうとするのを見ました!」
「やっぱりな。私と右大臣の大君の噂を気にしたんだろう。」
「ということは右少将はもしかして大君と・・・」
「そうだろうな。私は別に大君とどうなるつもりもないから、気にする必要ないのにな。」
「そうなんですか。若殿も噂を知ってたんですね。そんなそぶりもみせなかったのに。大殿がわざと噂を流したんでしょうね。若殿と大君をくっつけようとして。」
私がそういうと、急に若殿は深刻な顔をして黙り込んだ。地雷を踏んだようだ。
私は話題を変えて
「若殿!私は先に与太丸に50文だまし取られたんです!これは役所は動いてくれないんですか!」
「証拠がないからなぁ・・・。よし、いい手があるぞ」
と若殿から仕返し方法を教わった。
次の日私は儲け話があると与太丸を呼び出して一緒に質屋へ行った。
一枚の絵皿を店主に差し出して
「急に銭が入り用なので、これでいくらになるかな?」
「これは・・・!大貴族の御屋敷でしか見たことない立派な皿ですな。300文はくだらないですな。」
「ではそれでお願いします。」
と絵皿を銭に変えた。
与太丸は私の受け取った銭をよだれをたらさんばかりに見ていたが
「お前。その皿をどこで手に入れたんだ?まさか、やけになって盗みに手を染めたのか?」
私は周囲をうかがうそぶりをして
「しっ!大きい声を出すな!それ以上言わなくてもわかるだろ!」
与太丸は承知とばかり頷いた。
「儲け話とは皿一枚を今ならお前に100文でゆずってやるってことだ。」
「なぜおまえが銭に変えない?」
「私が一気に何枚も持って行ったら、盗品を疑われるだろう?だからお前にも一枚譲ってやろうと思って。それに殴ったお詫びもあるし。」
しょせん銭の誘惑には勝てない与太丸はすぐに納得した。
「よし、これで100文だ!皿を早くよこせ!」
「よし、ではこれはお前のものだ。だが、数日間は銭に変えるなよ。つづけて銭に変えると盗品だと怪しまれるからな。」
ホクホク顔で立ち去った与太丸の後ろ姿を見送ると、質屋に取って返して絵皿と銭を引き換えた。
屋敷に帰り
「貴重な絵皿をありがとうございました」
と若殿に絵皿を返すと
「うまくいったか?」
「はい。私の作った皿を100文で買いました。」
「よし。では50文は昨日の慰謝料の一部に充てる。」
と50文を若殿にとられ、私には50文しか残らなかったが、仕方がない。
ちっ!150文で与太丸に売ればよかった。
あの皿に価値がないと分かるまで数日あるからその隙にもう一回・・・と考えていると、
「おい!よこしまなことを考えてると痛い目にあうぞ!」
と若殿。
季節は早春、若殿は大殿に恋愛の手配までされたことに割とショックを受けたようだった。
ぼんやり庭を眺めてはため息をついていたが、突然庭に出て空を見上げ
「よし、雲一つないな。野焼きの煙もまっすぐ立ち上って揺らぎがない。夕焼けもしっかり出てる。もちろん十分寒いな。」
とブツブツ独り言を言うと庭に生えてる枯草を植木鉢に植え始めた。
私はおかしくなったのかなと様子を見てると
「竹丸、これをあの姫のところへ持って行ってくれ。文もな。」
と枯草の植えられた鉢と文を渡された。
その枯草は、ちょうどたんぽぽの綿毛の一本ずつが細長い半寸(1.5cm)ぐらいの種になったような草で、その種が衣にくっつくやつだった。
確か鬼鍼草という菊の仲間だ。
「これを周囲に物がない、風が吹かない、少し低い位置に置くんだ。もちろん庭の。」
と言われ不思議に思いつつ、お使いにでかけ、宇多帝の姫の屋敷の庭の条件に合う場所に置いた。
姫が
「それを明け方に見ると素敵な花が咲くだろうと書いてあるわ!」
というので、枯草に花が咲く?いよいよ若殿はおかしくなったなと思いながらも
「では、楽しみですね~~。」
と適当に流して、チンプンカンプンで屋敷を辞した。
夜から朝にかけては厳しい冷え込みだった。
翌日の昼、姫からの文を読んでいた若殿は急に赤面したので私が
「なんて書いてあるんですか?」
といいながら文を覗こうとすると避けられたが、無理やり奪い取った。
読んだ私は、すっかり白い目で若殿を見ていたようで、若殿は
「違う!そういう意味じゃない!誤解するな!」
と慌てた。
文には拙い文字でいろいろ書いてあったが最後に
『今度は兄さまと一緒に、霜でできた白菊を見たいです』
とあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。
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