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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫95

 「……え? ルルフどこいった?」


 ルルフが姿を消した。ただそれだけの内容なら、それほど不思議に感じなかったと思う。

 ダリ隊長からも一目置かれるような隊員なら転移魔法を使えても変ではない。しかし、それは普通の状況に関しての話だ。


 突然走り出し同じ場所を何度も往復していたルルフがいきなり転移魔法を使う。この奇行に違和感のない理由をつけるのは少々難しい。


 ぐちゃ


 無意識に半歩下がった足が音を奏でる。今更になってぬかるんだ大地に嫌悪感がした。


 「サーラ、この場所って何かいるの?」


 「いいえ。私の調べた範囲では何もない湿地帯のはずですが」


 「ルルフが言っていた警戒ってこれのことかな?」


 「それは本人に聞かないと。気になるなら確認しに行きますか? 同じ所を走り回ればあの亜人と同じ場所に行けるかと」


 「いやいやいや! リスクの方が高いって! 私にそんな度胸ないし!」


 不安になる私を少しでも安心させるための提案だったんだろう。しかしその提案に全力で首を横に振った。


 よく分からない場所に取り残される。

 ポンプの討伐の時と一緒だ。しかも今日はサーラにとっても未知の世界。じっとしているだけでは何の解決にもならないし、むしろ水面下で悪化していっているかも知れない。それでも今はこの場所を動かないことが最善策な気がした。


 そっとサーラに近づき、ただひたすらルルフが消えた場所を見つめる。何気ない会話をしている間だけは気分を紛らわすことができた。


 「おーい!」


 不意にルルフの声がした。辺りを見回すと遠くの方から少年が走ってくるのが見えた。手を振り元気に湿地帯を駆けるルルフ。髪色も服装もケモ耳も彼のそれで間違いない。しかし


 「なんで後ろから来るの?」


 姿が消えた場所と現れた場所の辻褄が合わない。どうして急に消えたのか。どうして急に現れたのか。あの少年は本物のルルフなのか。

 半端な高さで止まった手をゆっくり下ろし、そのまま自分の胸に当てる。

 幾度となく繰り返してきた睡眠魔法までの発動の流れ。ルルフと戦うつもりなんてない。それでも、本能が警戒しろと訴えてくる。

 生唾を飲み込みルルフが来るのを待つ。眩しいくらいの笑顔でこっちに向かってくるルルフ。だが、あと少しの所でルルフの足は急停止した。笑顔の消えた表情で姿勢を低くし、地面を注視する。


 あまりの集中力に何も言えないまま見守ることしかできない。私の目に映るぬかるんだ大地もルルフの目には全く違って見えるのだろう。


 「あー、もう分からないのだ!」


 徐に顔を上げて意味不明な言葉をつぶやいた。疑問だけが頭の中を駆け回り、本能的に築き上げた警戒心に綻びが生じる。

 結果考えることを諦めた私は改めて警戒態勢に入った。次の動きを見逃さないようにルルフを見つめるサーラと私。しかしルルフはそんな私たちを気に求めず、再度食い入るように地面を見つめ始めた。


 私たちの意識を逸らすための作戦かな? にしても地面を見つめるのは違う気がする。メレアだったら焼きたてのパンの匂いで誘惑したり、ちょっと離れたところに有明お菓子店の紙袋とかを置いたりするのに。

 でも、それで意識がそれるのは私ぐらいなんだろうけど。なんだか久しぶりにメレアに会いたくなってきた。


 「ネムさん大丈夫ですか?」


 不意に隣から声をかけられる。横を見ると、サーラがチラチラ私を見ていた。


 「うん、うん大丈夫」


 「何だか別のことを考えているように見えたので」


 「ぜ、全然そんなことないよ! 今すごい集中していたし!」


 「ならいいですが」


 そう言って、サーラは目の前の敵に意識を注ぎ直した。


 危ない。もう少しでルルフから注意がそれるところだった。若干別のことを考えていた気もするけど、それはきっと幻覚に違いない。にしても、自分を見つめるやり方も意外と敵は効くんだ。ちょっと勉強になったな。


 「あー、もう無理なのだ」

 

 真剣に地面を見つめていたルルフが大きくため息をついた。


「何が無理なのですか?」


 冷たい口調で尋ねるサーラ。もちろん警戒体制は解かれていなかった。


 「さっきルルフが消えたのを見てなかったんだ?」


 「見てましたよ。それが何か?」


 「あれ、この辺に住む魔物の能力なのだ」


 「そんなはずは……この辺には危険生物はいないと本で……」


 「別に危険生物じゃないのだ。ただ近づきすぎると転移魔法が発動するだけなのだ」


 なるほどだから急に消えて別方向から現れたのか。それにルルフが警戒してって言ったのも、転移魔法の罠みたいなものがあるからってことか。


 「ふーん。変わった魔物もいるんだね」


 「ネ、ネムさん……本当に私の調べた内容にはそんなこと……それに転移魔法が使える魔物なんて、そんなの童話の中でしか」


 急にうろたえ出したサーラが必死に言葉を並べる。困り眉のせいか今にも泣き出しそうに見えた。


 「別に責めてないって。サーラにも知らないことぐらいあってもいいじゃん」


 「そうなのだ。本に書かれていることが全部正しいわけじゃないのだ」


 私に続くようにサーラを慰めるルルフ。しかし彼の気遣いはそれは逆効果だったようだ。

 さっきまで焦りと悲しみで染まっていた表情が一瞬にして怒りに色を変える。手に持っていた棺を大きく振りかぶり、ルルフに向かって投げ飛ばした。


 「危ない!」


 今思えばそんな必要はなかった。ルルフはサーラより素早い。私がいなくても簡単に避けられたはず。だが、その事実に気づいたときには、すでにルルフの前に飛び出していた。


 「ネムさん!」


 前を見ると迫り来る棺の影に焦るサーラが見えた。音が消え、すべての時間がゆっくりと流れる。以外にも私の頭落ち着いていた。


 これは絶対避けられないやつだ。睡眠魔法は……間に合わないよね。もしかして私ここで死ぬの? 喧嘩の仲裁が原因で? あーあ。こんなことになるならベッドで寝ていればよかった。貴重な睡眠を返上し手間で任務に参加したのに。本当についていない。

 欲にまみれた頭で迫ってくる棺を呆然とみる。


 その時だった。


 ぬかるんだ地面がゴツゴツした感触に変わる。目の前の棺が突然消え、代わりに行く大量の樹木が目の前に現れた。後ずさりした足に硬いものが引っかかる。


 「え?」


 突然のことで頭が追いつかず、なす術がないまま背中から盛大に倒れこむ。多分場所が悪かったんだろう硬い地面に叩きつけられる甲冑の音に混じり後頭部に鈍い音が響いた。


 「ぬぅ!」


 言葉にならない声をあげて、その場にうずくまる。そして大きな金属音を出しながら、寝返りを繰り返した。きっと端から見たらただの危ない人に見えるんだろう。でも、こうして痛みを紛らわすないと耐えることができなかった。


 「痛ったぁ! うぅ、サーラ。私、大丈夫? 血とか出てない?」


 気の済むまでのたうちまわってから後頭部を見せつけるように伝える。しかしいくら待っても返事が返ってこなかった。


 「サーラ?」


 疑問に顔を上げる。すると、そこには枯れた木があるだけだった。


 「へ? へ?」


 痛みを忘れて、慌ただしく周囲を見渡す。


 割れ目が入った大地。木は生えているが葉は一切なく、細い枝が地面に項垂れている。空は澄んでいて遮るものは何一つないのに、降り注ぐ日の光はなんだか無機質に感じた。


 木々が生い茂る大地から命を全て吸い取ったような。そんな絶望的な光景が広がっていた。

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