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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫86

 照りつける太陽。遮る雲はなく風もほとんど吹いていない。ふと見渡すと石畳の道脇に雑草が生い茂っているのが見える。聖騎士団の訓練の声にに対抗しているのか、力強い青が暑苦しかった。


 待ち構えている任務から目をそらし、石畳の道を掃いていく。石畳を竹箒が撫でる音に混ざり、甲冑がぶつかり合う音がする。もう聞き慣れたはず金属音が今日は邪魔だった。


 今日の任務は単純なものが多い。まず城の入り口から門まで箒で掃く。その後庭の草むしりをし、買い出しに行く。行く店と買うものは使用人さんが聞いてくれているから迷う必要もない。


 言われた通りに動けばいい。本当に、本当に単純な任務だ。


 「……ネムさん大丈夫ですか?」


 声をかけられ顔を上げる。竹箒を胸の辺りで握りしめて覗き込むサーラ。

 悪気はない。ただ心配してくれているだけなんだろう。しかし、疲れを感じない彼女の表情が少し腹立たしく思う私がいた。


 「……何?」


 「あっ、その……目が怖かったので疲れているのかと……きゅ、休憩しますか?」


 「大丈夫」


 「そ、そうですか」


 そう言って少し離れた場所を掃き始める。私から距離を取るように動き出した彼女の姿を見て自身のそっけない行動に気付かされる。


 やっちゃった。


 すでに掃かれた場所を何度も掃き続ける。力任せのやり方ではゴミを巻き上げるだけだ。それを理解しながら同じ所を何度も掃き続けた。

 こうすることでしか後悔と怒りを紛らわすことが出来ない自分が情けなかった。








 「隊員の素質を把握しておくのも隊長、副隊長の仕事でな。幽体離脱魔法も前回、そして今回こ任務を通じて偶然分かったものだ。それに今回の入隊したのは『第六感』のスキル持ちだ。遅かれ早かれ知られていただろう」


 切り札を暴かれ固まる私にフォローするように声をかける。

 普段とは違う魔物を入団試験で討伐させ、スキル持ちである相手と知らされず接触させた。これを全て偶然という言葉で片付けるには無理がある。

 何も知らずに手のひらの上で踊る私たち。見ている側としては、さぞ気持ちよかったんだろう。


 1年間かけて自分の物した唯一の攻撃手段。隊長クラスにも通じる初見殺しの攻撃手段。その存在を知られるなんて。


 絶望一色に染まっていた脳が徐々に怒りの感情へと変わっていく。奥歯を噛み締る私の手に鋭い痛みが走る。さりげなく確認すると爪が食い込んだ跡があった。








 ふと箒を止めて手を見る。しばらく手に残っていた爪の跡もすっかり消えた。


 『現状、前戦に立たせるわけにはいかない。よってお前たちは第1部隊雑用係とする』


 そう言われ始まった雑用地獄。訓練に参加しなくていい権利を得た代償は大きかった。


 広大な敷地内の掃除。毎食の度に積み重ねられる団員たちの食器洗いと片付け。塀の補修に街のゴミ拾い。お年寄りの話を聞き続けるだけの謎の任務もあった。


 しかも雑用とは言え任務の一環なので雑用中は甲冑をつけなければいけない。危険を伴う雑用ならまだしも、怪我する方が難しい内容ばかり。

 全身に付けられた甲冑という名の重りと、今もなお篭り続ける熱と湿度。おまけにふとした瞬間に目に入る魔法陣が精神的にも苦しめる。


 ルルフの捕獲の際に通信用として刻まれた魔方陣。それと明らかに同じものが腕の辺りに刻まれている。

 この魔法陣がある限り私たちの会話はダリ隊長の脳内に筒抜けだ。本来なら雑用係に監視はいらない。

 前回と違いハッタリの可能性も充分ある。それでも存在だけで監視されているかもしれないという精神的負荷がかかる。会話内容制限すぎるには充分すぎる効力だった。


 1つ1つは些細な不満かもしれない。それでも着実に私を苛立たせる。


 何気なく魔法陣に爪を立てる。もちろん甲冑に刻み込まれた魔法陣は傷つくことなく、滑らかな表面を爪が滑るだけだった。意識が魔法陣に集中する。


 脳裏を過ぎる雑用の数々。怒りをぶつけるように掃いた箒が手からすぽっと抜けてしまった。空中で一回転した箒は少し離れた場所に落下しカラカラと石畳の上を転がる。

 門のあたりで警備をしている聖騎士団がこっちの視線を感じた。しかし何事もなかったかのようにすぐに前を向き直す。

 呆然とする私と、目を丸くするサーラ。そんな2人の間に訓練の声が風に乗って聞こえてきた。


 「…….大丈夫ですか? やっぱり休憩したほうが」


 「ダメだよ。一応『これ』がついているし」


 困り眉をよりハの字にして見つめるサーラに魔法陣を見せる。何か言いたそうに一瞬口を開けるが、すぐに閉じてしまった。そのまま魔法陣に目を落とし、そっと指でなぞる。


 普段なら遠慮気味ながらも発言してくれるはず。やはり先ほどのそっけない態度が影響しているんだろうな。


 「はぁ」


 ため息をつきながら箒のもとへ向かい、大人しく拾い上げる。手のひらより小さい魔法陣。これが刻まれている限り私たちの自由は訪れない。


 「これで現状を打開できるかもしれません」


 耳を疑う言葉に思わず振り返る。目に光を宿したサーラの手には魔法陣が刻まれたパーツがあった。


 「ちょっ、外した時点でバレるでしょ! それに他にも魔法陣あるかも知れないし!」


 「そうですね。ですが盗聴を辞めたくなる状況に追い込めばどうですか?」


 慌てる私にそうつげる。そして手に持っていた甲冑を振り上げ、一気に地面に叩きつけた。

 全力で叩けつけられた甲冑は大きな音を立てて跳ね上がる。金属が地面を打つ間隔は徐々に短くなり、転がりながらサーラの元を離れていく。


 「……サーラさん?」


 「私たちの声を聞き逃すわけにはいかない。この魔法陣は音に敏感に反応するように作られているはずです。ならば逆にそれを利用して――」


 箒を大きく振りかぶり力一杯、甲冑を打つ。軽いバウンドを繰り返しながら甲冑は再度石畳を転がっていく。


 私たちの声は魔法陣を通してダリ隊長の脳内に聞こえると言っていた。この魔法陣が本物なら今頃ダリ隊長の脳内は爆音で溢れているんだろう。

 魔法に対して原始的な方法で解決する。魔法をほとんど使えないサーラだからこそ思いつくアイディアだ。


 「……これ、楽しいです!」


 振り切った姿勢の状態でこちらに体を向ける。手に持った箒は震え、頬を汗が伝うのがここからでも分かる。謙虚で真面目。多分今まで規則を破る行為をしたことがないんだろう。

 荒い呼吸を繰り返す彼女は恍惚の表情を浮かべていた。


 私が生んでしまった気まずい雰囲気を壊すためにやっているのか、単に疲労で頭がおかしくなっただけなのか。真実は分からない。ただ通常では考えられない彼女の奇行は私の怒りを沈ませる。


 そうだ。イライラしていても仕方がない。幽体離脱魔法がバレたなら、次の戦い方を考えないと。


 遠くに転がった甲冑を追いかける後ろ姿を見て考える。その時背中にノックの振動を感じた。

 

 振り返ると、そこには麦わら帽子を深く被った子供が立っていた。

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