史上最強の眠り姫85
ゆっくりと目を開ける。すると見慣れた天井が広がっていた。働かない頭で二度三度瞬きを繰り返す。そして何事もなかったように再び目を閉じた。しかし普段なら即突入できる二度寝ルートのはずが今日はなかなか入れない。
何だっけ? 何か忘れてる気が……
寝たくても寝られない苛立ちをごまかすために体勢を変える。
ん?
いつも通り寝返りを打とうとした体が動かない。
金縛り的なものかと思ったけれど、思いっきり力を加えればがないわけでもない。まるで全身に重りをつけられてるような――
「って、今任務中じゃん!」
違和感の正体に気づき、慌てて飛び上がる。思った通り、私の体は甲冑をまとったままだった。確かに私たちはルルフっていう亜人の捕獲のために遠征に行っていたはず。それなのに……
「あ、ネムさん。おはようございます」
椅子に座り本を読むサーラ。休みの日に1日中ごろごろしているベッド。窓から差し込む光も、木々も、私が今寝ていたソファーも、全部見慣れた光景だった。
「……サーラ。任務ってどうなった?」
現状を理解出来てない私が恐る恐るサーラに尋ねる。
「それなら――」
「それなら私が答えよう」
凛とした声が後から聞こえる。振り返ると、オレンジ髪の女性が部屋の入り口に立っていた。
ガタッ!
慌ただしく立ち上がる音とその後に流れる静寂。さっきまで部屋に流れていた空気が一瞬で張り詰めるのを感じた。
カツカツと迫力のある小さな足音を立てながら私たちの元へ歩み寄る。緊張のせいか思考が停止する。何も考えられない。ただ早くなる心臓のことを聞くことしかできなかった。
カツン。
私たちの前で立ち止まる。そして顔を交互に見てから口を開いた。
「まずはルルフの捕獲おめでとう。途中いろいろあったようだが、我が部隊に新たな戦力が加わった」
あの少年が第1部隊に入隊か。と言う事は、私が寝ている間に任務は終わったんだ。あんまり覚えてないけれど、実力差はあったのによく捕まえられたな。
「こ、今回あの人を捕獲したのはダリ隊長です。それにダリ隊長をあんな目に合わせた私たちに褒められる資格は……」
「資格の有無を決めるのは私だ」
唇を震わせながら発したサーラの言葉をかぶせるように否定する。それでも納得がいかない様子のサーラに少しため息をついて言葉を続けた。
「お前たちだけで捕まえられると思っていない。……そもそもルルフは私より強いからな」
そう言って少し視線を下げた。凛とした表情は歪み、握りしめられた拳が僅かに震えた。
ルルフに対する嫉妬なのか、弱い自分に対する怒りなのか。普段から冷静な彼女の意外な一面に、つい見入ってしまう。
「……すまない、私情を挟んだ。話を戻そう」
咳払いをして顔を上げる。そこにはいつも通りの副隊長がいた。
「最終的なルルフの捕獲はサーラ隊員の言った通りダリ隊長が行った。まあ、転移の目印をつけた甲冑が窪みの水の中に落ちていたので、ずぶ濡れになったらしいがな」
「っ!」
ナリ副隊長の言葉が自身のとった行動を思い出させる。
睡眠魔法を発動しようとした私は魔法陣のついた甲冑の腕を脱ぎ捨てる。睡眠魔法は私が最強になるために欠かせない重要な初動だ。今後その初動を妨害されないためにも、私は迷いなく窪みの中へと放り投げた。
ダリ隊長は魔法陣を目印に転移をする。その情報は頭の片隅にはあった。だが取り憑かれるように棺を振り回すサーラを目の前にして、焦らないわけにはいかない。
「……それ、私のせいです。すみません」
「構わん。あいつに運がなかっただけだ。それに風呂に入らせるきっかけが出来た。むしろ感謝したいくらいだ」
窪みに落としたのは間違いなくわざとだ。
怒られることを覚悟の上での行動。それがまさか褒められるなんて。思いもよらない感謝の言葉にむず痒くなる。
「それよりも」
一歩前に出てサーラの正面に立つ。身長はナリ副隊長の方が低い。それなのに迫力のせいかサーラより大きく見えた。
じっとサーラの瞳を見つめるナリ副隊長。あまりの緊張感にサーラも逸らすことなくナリ副隊長を見つめる。
流れる静寂が異様に長く感じた。
「サーラ隊員。前回のポンプの件も今回のルルフの件も魔道具を使ったな。あれ残り何個ある?」
「も、もうありません。今回の任務で全て使い切ってしまいました」
「本当か?」
「本当です」
肩の上がったサーラの瞳をじっと見つめ続ける。恐怖に染まりながらも目を逸らさないサーラを見て納得したように元の位置にもどる。
「きっとどこかのバカが渡したんだろうが、あの魔道具は国が許可していない物だ。今回もルルフが無効化していなければ死んでいたらしいな」
「え?」
「ん? ネム隊員、何か意見か?」
「あ、いやっ! 何でもありません!」
驚きのあまり、つい声が出てしまった。こちらに視線をやるナリ副隊長に反射的に頭を下げる。特に咎められることなく話に戻るナリ副隊長。しかし私の頭の中は疑問で溢れていた。
ルルフが無効化? 確かにサーラの魔道具発動しなかった。てっきり何もなかったのは私の能力が発動したからと思っていた。
でも実際に魔道具を不発にしたのはルルフの力。ルルフにも魔法を無効化出来る能力があるんだ。
似た能力の人物が今回の任務の対象だった。偶然という言葉で済ませられる話かもしれない。
誰が依頼したかは分からない。でも私の能力を知っているなら、この依頼はしないはずだ。
魔法を無効化して欲しいなら私に頼めばいいはず。それなのに、私に依頼せず、ましてやわざと接触させるような方法をとってきた。
この任務にはまだ裏がある。
「ルルフにはスキル『第六感』がある。常時発動型で本人曰く、魔力の流れが見えるらしい。今回の魔道具の無効化も魔力の流れから相反する属性の魔法で相殺したようだ」
表情を固くする私にナリ副隊長は説明を続ける。視界はナリ副隊長を捉えている。しかし恐怖や圧を感じる暇はなく、違和感の正体を突き詰めるために頭を回転させる。
ルクスの『光の目』がずっと発動しているみたいなものか。そういえば前にルクスに発動した魔法を素手で止められた気がする。あの時も反対の属性がどうとか言っていた。
流れを探知する能力の応用で無効化を行う。私の能力とは根本から違うみたいだ。
だったら尚更おかしい。
能力としてはルクスの上位互換なんだろう。だからといってこのタイミングで味方に加える意味が分からない。しかも隊長クラスまで巻き込んで。
街に流れる魔力を感知してトラブルを事前に防ぐ? いや正直、聖騎士団は街の平和にそこまで力を入れているようには思えない。もっと別の目的のために急遽動いた。そう考えるのが自然だ。
魔力の流れを見ておきたい対象がいるとか。
でも、そんな相手って……私か。
答えに辿り着いた私は目を見開く。その瞬間、タイミングよくナリ副隊長と目が合った。
凛とした目がゆっくりと細くなり口角が上がっていく。表情は笑っているのに目の奥が笑っていない。フル回転させていた脳が芯まで冷えるほど不気味な笑顔だった。
「思わぬ収穫だった。まさかネム隊員が幽体離脱魔法を使えるとはな。しかも、その状態で魔法の使用も可能なのだな。ネストを倒した方法が分からなかったが、今回の報告で謎が解けた」
幽体離脱状態での魔法の使用。隊長クラスの人間にすら通用すると確信していた切り札が目の前で暴かれた。




