史上最強の眠り姫74
どこかで聞いたことがある。
単独行動しかしないプンプを統率する個体がいると。
女王個体が率いるプンプの群れの討伐。これなら私たちに討伐させるのにも納得がいく。
突然の出来事に戸惑う私たちの足元をすり抜けて出口とは反対方向に走っていく。
ふと感じた気品のある甘い香り。女王と呼ばれるのも納得がいくいい香りだった。
ラッキー! コイツを仕留めれば、この任務の難易度は一気に下がる。
「雷針っ!」
私の出せる最速の魔法。これなら根っこがぼこぼこしてようが、走るのが遅かろうが関係ない。
「おりゃぁぁ! 雷針! 雷針! 雷針!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そのうち当たるだろうと魔法を連発する腕をサーラは慌てて掴む。
「離して! せっかくの女王個体なんだよ!」
すぐに振り払おうと腕を動かす。しかしサーラの握力からは逃れられない。
「今は魔力を温存すべきです! 実際当たっていませんし、何発かは届いてすらいません!」
「と、届いてるしっ! 今は当たらなくてもそのうち当たるし!」
「ここ、ネストの中ですよ!」
「ネストって何⁈」
「え?」
お互い戦い中とは思えないほど熱くなる。そんな私たちを止めたのは私の無知さだった。
「知らないのですか?」
「うん。聞いたことない」
「えっと……ネストというのはですね」
女王個体がいなくなった根の道でサーラは説明を始めた。
「一応ネストは植物型の魔物です。ただ決まった形はなく、宿主に適した形へと成長していきます。物語に出てくる無限迷宮や動く要塞は、この植物がモチーフになったという説もあります」
そうなんだ。言われてみれば、そんな話聞いたことある気もする。でも、そんな生物いるわけないと思ってた。
「今回の討伐はかなり面倒です。目に見える全てがプンプの攻撃を最大限に生かすための構造になっています」
「ふーん。とりあえず、ヤバい場所なんだね。じゃあ一旦出よ――あれ?」
ネストの危険度をそれとなく理解した私は、サーラが言っていた出口へ足をすすめる。
しかし、数十歩進んだところで行き止まりになっていることに気づいた。しかも、真っ直ぐだった道もいつのまにか急カーブになっている。
「実はこの植物、魔力を感知すると急速に成長するのです。おそらくナリ副隊長も私たちをネストの入り口に転移させたつもりなのでしょう。ですがその魔力に反応して成長したのかと」
そっか。道が塞がっていたのは、さっき私が雷針を連発したせいなんだ。にしても一瞬で逃げ道を失うなんて。というか、これ出口あるの?
ようやく追い込まれている現状を少しずつ理解し始める。
「で、でも所詮は植物じゃん? 切ったり燃やしたりしたら簡単に出られるでしょ⁈」
「かなり水分を含んでいる植物なので簡単には燃えません。含まれる水分も特殊で刃を脆くしまうのですよ。それに頑丈さは証明済みかと」
スッと指を差した場所を見る。サーラの棺に2人分の体重を乗せて倒れ込んだ。しかし、幹で出来た壁にはダメージは見られない。絡み合った根の壁を突破するのは得策ではない気がする。
「じゃあ、どうやって出るの⁈ こんなところで死ぬなんて嫌だよ!」
「……上が開いています」
「あ、そっか」
遠慮気味に空を指差すサーラを見て思い出す。
そういえば空が綺麗とか最初に思ってたな。すっかり忘れていた。
「今回の討伐の最適解は、上に飛んで脱出し高火力、広範囲の魔法を放ちネストごと討伐する。この方法が最も楽かと」
「でもそんなことって……」
「私たちは出来ないですね」
どうしようもない事実を突きつけられる。
ため息をつきながら、幹で出来た壁にもたれかかるように座る。改めて見ると絡み合って出来た幹の壁には至る所に隙間があった。大きさは握り拳より少し大きいくらい。
穴の奥にも幹があるってことは、何重にも重なり合って出来ているんだろう。
女王個体も急に現れたことも含めると、この穴はプンプ専用のトンネルなのかもしれない。
「にしても、ネストって凄いね。たかがプンプのために、こんな住処に形を変えるなんて。これじゃプンプ討伐じゃなくてネスト討伐にした方が良くない?」
「ですが実際、被害を出しているのはプンプですし。それより、そろそろ立った方がいいのでは? 攻撃が来るかもしれませんし」
「攻撃? プンプの? あははっ! 攻撃って臭い水掛けてくるだけでしょ? あ、噂をすれば」
行き止まりになっている方向の穴からぞろぞろとプンプが出てきた。
やっぱり私の思った通りこの穴はトンネルみたいに繋がってるんだ。
10匹くらい出てきたところでプンプたちは横一列に並び頭を下げる。
すごい、魔物なのに礼儀正しい! やっぱりペットにして飼育されていただけあるな。今更だけど、こんないい子たちを討伐しないといけないなんて酷な仕事だ。
「ネムさん! 動かないでください!」
そう言ってサーラは勢いよく私の前に出て、棺を盾のように構えた。
「見えないじゃん」そう文句を言おうとした時だった。
ダンッ!
自然に囲まれた場所には似合わない音が響く。多分何が棺に打ち込まれたんだ。棺を構えるサーラの腕が反動でわずかに動く。
何が起こっているか分からないまま、棺を構え続けるサーラを見守る。1回や2回では音は鳴り止まず、何度か連続して棺に打ち込まれる。その度に衝撃で盾を構える腕が動いた。
しばらくして訪れる静寂。サーラが振り返った時には、お辞儀をしていたはずのプンプの姿はそこになかった。
見ている感じサーラは攻撃を防いだだけ。じゃあ何でプンプはいないの? そもそも、何が打ち込まれてた?
頭の中が疑問で埋め尽くされた私をよそに、サーラは周囲を警戒する。
私たちがいるのは一本道だ。なら警戒するのは前後だけで充分のはず。しかし彼女の警戒は道だけではなく凹凸のある地面、更には壁にあるちょっとした穴にまで及んだ。
何も見つけられなかったのか、棺を構えたまま目を閉じる。神経を張り巡らせるサーラに声をかけられるほど、無神経じゃなかった。
「ネムさん!」
突如目を見開いたサーラが棺を振り被る。恐怖で動けなくなった私のすぐ隣に、棺が打ち付けられた。
突然のことに悲鳴をあげることすら忘れる。棺とサーラに挟まれて動くことも出来ない。今の私には口を開けたままサーラを見上げるのが精一杯だった。
何が起こってるの? と、とにかく今は落ち着いて
ダンッ!
現状を少しでも把握しようと動かした脳が、爆音によって遮られる。それが棺で防いだ音だと分かるのは両手で頭を抱えた後だった。
なかなか鳴り止まない攻撃音。息を殺す私の足に何かがのコロコロと転がってきた。何とか片手を開け、慎重に手を伸ばし拾い上げる。
「種?」
手触りのいい球体。匂いはしないけど炒ったら食べられそう。不思議とそんな気がした。
「はい。それはネストの種です」
まじまじと見つめる私にサーラはそう言う。いつの間にか攻撃は終わっていたようだ。顔を上げると棺を構えて周囲を警戒するサーラの姿があった。
次のプンプの攻撃に備えつつ、私の質問に答える。あまりの優秀さに年下であることを忘れてしまいそうになる。
「先程倒れた時に降ってきたのも全部それです。プンプは体内に丸い物を持っている場合があります。それぞれが気に入った大きさの種や石を取り込み、危険を感じると相手に向かって発射します」
「聞いたことないんですけど……」
「持っている個体の方が珍しいですから。それに1つしか体内に入りませんし」
「じゃあ1回発射したら、もう無力ってこと?」
「普通はそうです。ですがここはネストの中です」
宿主の都合のいいように成長するのがネスト。サーラはそう言っていた。
幹の色とほとんど一緒だったから気づかなかったけど、いたる所に種が落ちている。プンプたちが通るトンネルにも同じくらいの種が落ちているのだとしたら……
気に入った大きさの種なんていくらでもある。1度発射してしまっても補充なんてすぐ出来る。
それに、あのサーラの腕が反動で揺れるくらいだ。甲冑すらも簡単に貫通してしまうかもしれない。
どこから来るか分からない強力な弾丸。女王個体による統率とネストによる完璧な要塞。魔法も使えないし逃げることもできない。
今になって、この討伐の危険度が理解できた。
「……サーラ、私は――」
どうすればいい?
そう殺気立つサーラに遠慮気味に声をかけようとした時だった。周囲を警戒する私の視界に女王個体が入った。
「後ろっ!」
叫ぶと同時に手のひらを前に出して魔力を込める。しかし、魔法陣を展開するより先に違和感を感じた。
何でまた来たの? 私たちがやられたか確認するため? でも、それって女王がやる必要ある?
「ネムさん、囲まれました!」
サーラの呼びかけでハッとする。
壁や道にあった大小様々な隙間。そのいくつもの隙間から数十体のプンプがお辞儀をしていた。
四方八方から飛んでくる種の弾丸。仮にサーラが私の元に駆け付けても全部防ぐことは出来ない。これも女王の作戦なのかな。やっぱり最初の雷針で当てておくべきだった。
けど別にいっか。どうせ無駄だし。
「睡眠魔法」
前に出した手のひらを胸に当てる。そして集めた魔力で魔法陣を展開した。




