史上最強の眠り姫72
紅色の空が青に変わる。点々と浮かぶ綿雲はゆったりと流れ、太陽に重なる素振りはない。少しづつ本調子になる太陽。そんな眩しい光に照らされた聖堂の前に3つの甲冑が並ぶ。
「只今より特別任務を行う!」
凛とした声が周囲に響いた。うるさくはない。ただ聖堂の周りの草木や動物たちの動きさえも止めてしまう。そんな迫力があった。
サーラの提案で集合時間の少し前、よりも少し前に集合した私たち。久しぶりに纏った甲冑は重いし、籠り続ける熱は徐々に体力を奪っていく。余裕な態度も次第に崩れていった。
時間と共に積み重なる苛立ち。しかし、彼女が現れた瞬間それらは恐怖に塗り替えられる。
部屋を出るまでの余裕も彼女を前にすると揺らぐ。体から滲み出る汗が今は冷たい。
緊張で震えた指先が偶然腰につけた短剣に触れた。
……そうだ。今回はいつもと違うんだ。
指先から伝わる金属の冷たい感触が昨日の出来事を思い出させる。
短剣を携えた反対の腰につけたポーチ。いつもより軽いポーチが逆に私に余裕を生む。
戦いでは何が起こるか分からない。ポーションや食料に加え、縄や火種といった道具も入れている人もいる。詰めすぎて閉まらないなんて事はよく聞く話だ。
しかし今回の荷物は最低限でいい。
偶然手に入れた情報。サーラもあの場にいた。それなのに隣から伝わる雰囲気は文字通り重たい。
黒い鉄板で覆われた棺を背負い、腰には長い剣を携えている。私より一回り大きいポーチにも関わらず、今にもはち切れそうだ。
今回需要視されるのは身軽さだ。サーラもそれは分かっているはず。装備で低下した機動力を怪力で補うなんて効率が悪い。それなら最初から軽装にすればいいのに。
昨日必要以上にポーションを買い揃えた後も「まだ買わないといけない物があって」と街を駆け抜けていったサーラ。何を買いに行ったかは知らないけど、任務の結果にはそれほど関係ないんだろう。
始まりさえすれば私たちが勝つ。その事実は揺るがない。そう、始まりさえすれば。
「標的がいる場所に行く前にいくつか伝えることがある。まず1つ目だが――」
スッと長い指と立てる。彼女にとっての何気ない動作かも知れない。それでも、今はナリ副隊長の些細な言動の1つですら私の鼓動を加速させる。
「昨日も言ったが、これはお前たちの実力を測る試験だ。実力がないと分かれば、お前たちには一生私の荷物持ちとして働いてもらう!」
よかった……全然違う内容だ。
聞こえてきたのは心配していた内容とは全く別だった。肩の力が抜け、安心した体に血液が駆け巡るのを感じる。
にしても荷物持ちか。戦うの得意じゃないし、みんなが戦っている間後方で休めるならやってもいいけど。
でも相手はナリ副隊長だと話が変わってくる。多分、荷物持った状態で前衛で走らされる。それで少しでも荷物を落とせば、すぐ腕立て伏せをさせるはずだ。
もしかして、私たちは本当に荷物持ち要員として迎え入れられた? 私たちを関わりのない第1部隊に迎え入れる必要はない。
「得体の知れない奴が入ってくるからとりあえず荷物持ちをさせよう」
そんな浅はかな考えで案が決まったとしたら、発案者に仕返しをしてやりたい。
いや、その必要はないか。
あれは割れたティーポットの処分を終えた時だった。
明日の任務に何が必要か話しながら廊下を歩いていると、前から2人組の男性が歩いてくるのが見えた。
鶏冠みたいな茶色の刈り上げとセンター分けにした黒色の長髪。甲冑を纏った2人組みの男性がいた。
進路を塞ぐようにしてこちらに近づいてくる。気付いた時には壁に追いやられていた。
初対面の男性相手にどうしていいか分からず戸惑う私。そんな私を無視するように男性たちはサーラに話しかける。
困った顔をするサーラなんか気にすることなく男性たちは質問責めをし、聞いてもいないのに自慢話を始めた。
自慢話の中に紛れ込んだ任務に関わる情報。サーラには悪いけど「情報が向こうからやってきてラッキー!」と思いながら聞いていた。
今回の討伐。魔物の特徴も弱点も全部教えてもらったし、そいつとの戦闘を有利に進めるポーションも買った。ズルと言えばズルになるかも知れない。でも、あの場の誰かが口を割らない限りバレることはない。
私たちは普通に過ごしていた。そして偶然準備したポーションや武器が偶然魔物の弱点だった。私たちが咎められる要素は1つもない。
残念だけど、私たちを荷物持ちにさせようとした発案者より上手だったみたいだ。
危惧していたこととは違う内容に心に余裕が生まれる。冷や汗もすっかり止まり鼓動も正常になった。ナリ副隊長さえ目の前にいなければ、今頃満面のドヤ顔をしていたんだろう。
「2つ目だが今回は『いつもとは別の魔物』を討伐する」
ん? いつもとは別?
「どうした、ネム隊員? 質問か?」
「あ、いえっ! 何でもありません!」
予想外の出来事に分かりやすく表情を曇らせる私をナリ副隊長はじっと見つめる。
どうして? あの2人の話だと討伐対象はしばらくは変わらないはず。それなのに今回に限って――
「うちの下心丸出しの隊員が世話になったな」
困惑する私を見てニヤリと笑う。初めて見たナリ副隊長の笑顔。それは、まごうことない嘲笑だった。
……まさか見られてたの?
一瞬で答えに辿り着く。頭の中で組み立てた完璧な計画が崩れ去る音がした。
「戦闘はいつだって未知だ。弱点まで知っている相手と戦っても意味がない。あと運良く第1部隊に別の魔物討伐の依頼が来た」
タイミング悪すぎ。いや、依頼ってそんなタイミング来る? 逆に私たちを殺すために急遽用意したって言ってもらった方が納得出来る。
やっぱり、この人たちに気を許すのは危ない。サーラみたいに警戒しすぎるのが1番いいのかも知れない。
「安心しろ。依頼内容は大量発生した雑魚の討伐だ。最悪の場合、他の隊員を救助に向かわせる予定だ。きっとお前たちに絡んできたバカ2人も盾となってくれるだろう」
いつもより少しだけ柔らかい表情でナリ副隊長はそう言った。
緊張で硬くなる私たちを安心されるために言ったのか。それとも油断させるために言ったのか。心の中で何を考えているのか全く読めない。
この人たちを警戒しないと危険だ。でも気を取られ過ぎると別の危険が迫ってくる。
戻ってきたのは失敗だったのか。そう後悔せずにはいられない現状に背筋が伸びる。
「それに今回の敵はポンプだ。1匹ずつ倒していけば負けるはずがない」
「……プンプってあの?」
「そう。あのプンプだ」
……絶対これ罠だ。
サーラの質問に即答するナリ副隊長を見て悟ってしまった。
プンプは手のひらサイズの植物系の魔物だ。若草色の花瓶みたいな胴体には、つぶらな目と根っこみたいな足が生えている。
ちょっと前に発見された新種の魔物で、冒険者が面白半分で街に連れ帰ったところ話題になり飼育する人が増えた。
餌は何でもよくて、養分になりそうなものを見つけると上でぴょこぴょこ跳ねる。しばらくすると跡形もなく餌が消えるからゴミ処理用として飼っている人も多かった。
でも一時的なものだったのか、今となっては一切見かけることはない。
そんな急に消え去った低レベルの魔物の討伐。大量発生したと言っても、あんなの誰でも倒せるのに。
隠す気のない怪しい展開に私たちの緊張感は一気に高まった。




