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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第1章
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史上最強の眠り姫5

 ドーム状の高い屋根に、それを支えるように太い柱が何本も立っている。壁にはステンドグラスが取り付けられており、鮮やかな光が薄暗い聖堂の中に差し込んでいる。大理石の床には本来、幾何学模様が描かれている。しかしながら今は整列している聖騎士たちのせいで見えない。


 左右対称に作られた神秘的な建物だが、今その中に流れる空気は重く、張り詰めている。咳払い一つ立ててはいけないような静寂のなか甲冑をまとった一人の騎士が聖堂の中を歩く。歩くたびに甲冑から出る金属がぶつかり合う音が今日はやけに大きく聞こえる。


 全員の前に出た騎士は立ち止まりゆっくり冑を脱ぐ。すると冑の下から貫禄のある男の顔が現われた。年齢は40~50歳。色黒で短く切られた黒髪に髭を生やしている。過去の戦いで負った傷なのか、額から右頬にかけて刀で切られた傷がある。


 「諸君も聞いていると思うが――」


 聖堂の中だからだろうか。それほど大きくない声なのに迫力がある。


 「最近この国の近くで魔物の動きが活発になってきている。以前に魔王が動き出している可能性もあると伝えたが、ついにこの国の近くの森で強大な魔力を感知した。おそらく魔王のものだ。国内の警備はもちろん感知した森の調査を行う。ただし、調査中に魔王と遭遇してもけして単独で戦うな! 私の所に報告するとともに最低でも10人で小隊を組んで戦え! それでは解散!」


 そう言うと騎士たちは一斉に後ろを向き出口の方へと歩いて行く。その動きは緊張感のせいかいつもよりそろっているように感じた。


 「ルクス隊長!」


 騎士たちが行進するなか、1人の騎士が聖騎士長の声に反応する。名前を呼ばれた騎士は振り返りあまり傷の付いていない冑をゆっくり脱いだ。


 白くて綺麗な肌に気品のある金色の髪。目はエメラルドのように鮮やかな緑色。まるでおとぎ話の中の王子様のようだ。


 「貴様は城に残れ」


 「しかし聖騎士長は先ほど――」


 「必ずしも報告があった森の方角から来るとは限らん。貴様の実力とスキルがあればいかなる方向から攻めてきても間に合うしな。俺も隊員の事を信用していない訳ではない。だがあのバケモノは規格外過ぎる」


 「……」


 「この戦いはお前にかかっている」


 「……はい。必ずや魔王を倒して見せましょう」


 ルクスはそう言って聖騎士長は一礼し、他の隊員を追うように出口を目指す。その瞳は()()()()()()()

 

 彼の特殊スキル『光の目』は相手が行動する時に出る微量な魔力を可視化し相手の動きを先読みする。スキル使用時には瞳が淡く光ることからそう呼ばれている。


 このスキルが発動したのは5年前。魔王が襲撃を行った時だった。

 平和だった街の建物が一瞬にして崩れ去る。大きな物音とむせるような砂埃。当時学生だったルクスには何も出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。

 下校中に遭遇した衝撃的な出来事。それに追い打ちをかけるように、彼の前に1人の少女が降り立った。赤い髪に鋭い目。1度見たら決して忘れないような美しい顔立ち。それなのに少女の纏う空気は重く冷たかった。


 「この子が街を破壊した」根拠はないがルクスは瞬時に理解した。


 少女はルクスを一瞥すると真っ直ぐ彼の方に歩いて来た。自分より一回りも小さい少女。にもかかわらず、彼女が一歩近づくたびに鼓動が激しくなる。体は熱いのにガクガクと震える。呼吸するのですら困難に思えるほど全身に余裕がない。


 そんな極限まで追い詰められた状態だったからだろう。少女の体から出る魔力がぼんやり見えた。しかしそれを理解できるほど彼の頭は冷静ではなかった。

 このままだとやられる。そう判断したルクスはその場に落ちていた木の棒を拾い上げ、少女に襲いかかった。学校では剣術も授業で教わる。今まで何百回と素振りをし、型を体に教え込ませてきた。しかしながら棒を振り回す彼の姿は型とはかけ離れていた。


 もちろん、そんな攻撃が魔王に当たるはずもなく、淡々と避けられる。棒を振り回しては避けられる。それを何度繰り返した時だろう。ぼんやりとしか見えていなかった魔力がはっきりと見え始めた。そしてその魔力の動きが魔王の次の動きを示していると気付いた時には、完全に型を思い出していた。

 一呼吸置き、少女に攻撃を仕掛ける。しかし棒を振りきる直前で起動を変え、魔王が避ける先へと棒を振る。


 コツン


 やった、当たった!


 そう喜んだ瞬間、腹に衝撃が走る。殴られたことに気付いた時には今度は背中に衝撃が走った。瓦礫の山に突っ込んだルクスはそのまま気を失い、気がついたときには避難所の中だった。幸い軽傷で済み、避難所で軽く治療してもらうだけでよかった。その時はまだ何も感じていなかった。しかし、魔王が帰ったとの知らせを受け外に出たとき、ルクスは絶望した。


 踏み荒らされた花壇。中から綿の出た人形。自分の家があった場所に立ち尽くす人々。踏むたびに伝わるガラスの割れる感触が、夢でないことをルクスに教える。

 あれからも魔王が暴れたのだろう。ルクスが見たときより状況は悪くなっていた。


 決してルクスのせいではない。魔王の迫力に圧倒されながらも、ルクスは必死に戦った。傷を負わせることは出来なかったが、魔王に一撃加えることが出来た。聖騎士団ですらない学生が少しの間だけ魔王を足止めした。端から見たら凄いことだし、負けたとしても誰も責めるわけがない。しかし、ルクスはそうは思わなかった。


 圧倒的な力の差はあった。それでも一撃を加えることが出来たなら、この光景を変えることは出来たのではないか。自分の力不足でこうなってしまった。もっと技術があれば、才能があれば、努力をしていたなら。


 目の前の光景を見て自分を責めるルクス。その硬く握られた拳からは血が出ていた。

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