死に戻りラプンツェルの王子様ガチャ
ジャンル:コメディ
あらすじ:
塔に閉じ込められているラプンツェルは、自分の人生がループしていることに気付いた。 しかも、助けに来る王子様が毎回違う。ならば好みの男と添い遂げたい!
ラプンツェルが初めて塔を脱出するまでのお話。
キーワード:童話パロ
※なんでも許せる方向け。深く考えずにお読みください。
※エブリスタから転載
「どどどどどうしよう……」
ラプンツェルは呆然と立ち尽くしていた。
手から小麦色の髪の束がはらりと舞う。断面はきれいにまっすぐで、その髪の先は窓を超えて塔の外へ伸びている。
対する本人の髪は肩より少し上でおかっぱ状態。
そう、ラプンツェルは自分の長い長い髪を、自ら勢いよくばっさりやってしまったところである。
塔の外からは魔女がぎゃあぎゃあと喚く声。
髪を伝って登り始めたところを切ったので、どすんと落ちて尻もちをついたのだろう。
──それはまあいい。だが。
「これじゃあ王子様がやって来られない……!!」
手から髪が滑り抜け、床に広がる。
ラプンツェルは先を悲観し、頭を抱えて座り込んだ。
♢
なぜラプンツェルが将来を知っているのかというと、彼女の人生五度目だからである。
ラプンツェルは物心ついた時には塔の中に一人であった。
どうも拾われっ子のようなのだが、拾い主である魔女の溺愛がひどい。外は危険、凶悪、ここにいればいいと塔から出してもらえずに育った。
魔女は数時間おきに髪を伝って登ってきて、食料や雑誌、娯楽グッズなどを置いていったり、内職などを手伝わせたりする。
そのため時間を持て余すことはないのだが、外の世界に強い憧れを抱くラプンツェルは、イライラと日々を過ごしていた。
しかしある夜、窓から垂らしていた髪を伝って王子が侵入してきた。
ネイルに集中していたラプンツェルは王子が窓を乗り越えてくるまで気付かず、突然ぬっと部屋に入ってきた男に仰天した。
そもそも、魔女以外の人間を見たことがない。
雑誌で読んでいたので知識はあったが、実際に目の当たりにすると恐怖もあったし、そもそも突然塔に押し入ってくるという野蛮な行動に身の危険を感じた。
王子は囚われのラプンツェルを救おうとやってきたのだが、彼女はそれを知る由もない。
話も聞かず盛大に抵抗し、揉み合い、二人仲良く塔から転落して、死んだ。
──そして。
気付けば、ラプンツェルは元の生活に戻っていた。
王子がやってくる少し前。しかも以前の記憶もある。
ラプンツェルは自分が人生をやり直していることに気付いた。
もしかしたら、王子がまた来るかもしれない。
そうしたらどうしよう。ラプンツェルは考えた。
前の人生ではあまりに驚いて抵抗したが、話をしたらひょっとするといい奴の可能性もある。この塔から連れ出してくれるかもしれないのだ。期待した。
そうしてやってきた人生二度目の王子。
ラプンツェルは塔を登る男を見て、目を疑った。
前回とは違う男だったのだ。
前回は、確か赤い騎士服のようなものを着ていたはずだ。しかしいま塔を登る男は、紺色のヒラヒラした服。
しかも前は黒髪だったが、今回は金髪だ。
混乱するラプンツェルの前に、金髪の王子は降り立った。
「やあはじめまして。魔女に囚われていると聞いて助けに来ました。一緒に逃げましょう」
ラプンツェルは手を差し出す金髪王子を頭から足までジロジロと見て、一歩引いた。
──差し出された手の爪が汚いのだ。
爪が汚い男は要注意である。ゴシップ誌で読んだ。
それに、着ている服は綺麗なのに、髪がなんだかペタッとしてテラテラしている。なんというか、不潔感が漂う。お風呂に入ってないんじゃないだろうか。
「い、いえちょっと……」
後退りするラプンツェルに金髪王子は前のめりで説得にかかった。一緒に逃げようと強い口調で詰め寄る。
塔から出たいは出たいが、この男とは嫌だなとラプンツェルは断った。だが納得してもらえない。
問答の末、しまいに王子は「一緒に来てくれないと君を殺して俺も死ぬ!」と言い出した。
なんと、金髪王子は不潔なだけでなく、メンヘラでもあったらしい。いよいよ同行したくない。
しかし抵抗叶わず、ラプンツェルはメンヘラ王子に胸を刺されて、死んだ。
人生三回目の王子は、爪は綺麗であった。しかもガタイの良い騎士タイプで、ラプンツェルの大変な好み。
今度こそ脱出する! そう決意したのも束の間、魔女に逢瀬が見つかった。
さらに不運なことに、騎士王子は魔女のどタイプでもあったらしい。
ラプンツェルと魔女は壮絶なキャットファイトを繰り広げ、結果魔女に負けて、死んだ。
人生四回目にやってきた王子は、非常に美しい男。
線が細く、たおやか。肌はつやつやでドレスを着せたらお姫様になれそうである。
こういった男が昨今、女性人気が高いことは知っている。メイク雑誌で読んだ。
美麗王子は不機嫌そうに眉を顰め、手を差し出した。
「おい、助けに来てやったぞ。ついてこい」
見た目に反して、ドS系であった。
ラプンツェルは「うううううんんん」と悩んだ。悲しいことに、タイプではない。
もっとこう、ゴリゴリした雄々しい男がいい。野性的な毛深いタイプに惹かれるのだ。だが目の前の男はどうだ。体毛なんて見当たらず、つるっつるである。
一般的にこれ系の男子は人気だろう。しかしタイプではない。しかもドS。
残念ながら、自分自身もどちらかというとS気質なのである。相性が悪い。
悩むラプンツェルを尻目に、ドS王子は「早く来い」と手を引っ張った。
「行きたくない」「来い」を繰り返し、結果、二回目と同様に逆上したドS王子に殺された。
♢
そして五度目の人生。
ラプンツェルは思った。
これだけ死んだのだから、やはり妥協したくない。塔から出たいが、出た後の人生のほうが長いのだ。好みの男と添い遂げたい。
そうしてまた王子がやってくるのを待つ日々に戻ったのだが、ある日、魔女と大喧嘩した。
原因は大したことではない。読みたい本をリクエストしたのだが、魔女が「それは有害図書だ」と却下したのである。
ラプンツェルは憤慨した。ちょっとキッスシーンのある少女漫画を読みたいだけだったのに。
そもそも、魔女は過保護すぎるのである。しかも構いたがり。
数時間おきに登ってくるし、その一度一度に時間がかかる。起きている時間の半分は魔女の相手をしているのではないか。ラプンツェルはうんざりしていた。
そして、そんな魔女に嫌気が差し、衝動的に自分の髪を切り落としてしまったのである。
──冒頭に戻る。
魔女がやって来られなくなって清々したものの、これでは王子も登って来られない。
もうこの人生はジ・エンドにして、身投げでもして新たな人生にコンティニューしようかな、と思ったその夜。
ぼんやり塔の外を眺めていたら、屈強な男がのしのしと歩く姿が目に入った。
簡易な服の上に鎧のような保護具を着けた男。鎧の上からでもその体が筋肉で覆われていることが分かる。
自分よりも随分と背が高く、横幅もある。袖から伸びるたくましい腕には毛がぼうぼう。
「ドストライクだわ!!!!!!」
絶対に、あの王子と添い遂げたい。
だが筋肉王子は塔の前を通り過ぎて行こうとしている。
ラプンツェルは悩んだ。呼び止めたい。しかしここで大声を出したら、魔女に見つかる。
──そうだ。老人に聞こえない音を出せばいいんだわ!
ヘルスケア雑誌で読んだ。
ラプンツェルは、モスキート音で筋肉王子に「こっち来て! こっち来て!」と呼びかけた。
目論見通り、彼は怪しげな声に気付き、塔に近付いた。そして上を見上げ、ラプンツェルを視認した。
「王子様、わたしここに閉じ込められているの。助けてくださらない!?」
唯一の方法である長い髪はもうないものの、投げ縄かなにかでロープでも放ってもらえれば、登ってきてもらうことが出来る。
そう期待したラプンツェルだが、その後の筋肉王子の行動に目を見張った。
なんと彼は、塔の石垣をロッククライミングでのっしのっしと登ってきたのである。
ラプンツェルはあまりの雄々しいその行動に眩暈がした。
最高である。絶対にモノにしたい。
そうしてラプンツェルの元に辿り着いた筋肉王子は、彼女を見て口を開いた。
「なんじゃおめぇ、一人で住んどるのか?」
──すっごい訛ってる!!!
驚いたものの、そんなことは些末なことだと思い直した。
きっと田舎からやってきた王子様なのだ。
だからこそこの筋肉。節くれ立った指はごつごつし、二の腕などパンパンである。これを逃すわけにはいかない。
「そ、そうなんです。悪い魔女に閉じ込められていて。でもここから出たいのです」
「ほお」
「少し前まで長い髪があったのですが、切ってしまって……。でも脱出したいのです」
「鍛えりゃあええ」
「えっ」
筋肉王子はぶっとい首をぽりぽりとかいた。
「わしがやったみてぇに、塔を下りりゃあええ」
「ろ、ロッククライミングでですか!?」
「そうじゃ」
すなわち彼は、ラプンツェルも鍛えて、腕力で下りればいいというのだ。
ラプンツェルは非常に迷った。
ずっと塔の中にいた引きこもりである。自力脱出できるほどの腕力を付けることが可能なのだろうか。
彼女の表情を見て、筋肉王子は塔の窓を指差した。
「わしがトレーニングに付き合うちゃる。毎晩道具も持ってくるけぇ」
そうして、ラプンツェルは筋トレに励むことになった。
一方、長い髪を失って塔に登ってこられなくなった魔女だが、ラプンツェルの気付かぬうちにロープを引っ掛け、また塔に出入りするようになった。(それが可能なら始めから髪をはしご代わりにしないで欲しかったとラプンツェルは思った)
そうやって喧嘩したことがなあなあになった魔女とラプンツェルであるが、ラプンツェルは脱出への希望を絶やしてはいない。
魔女の目を盗んで、彼女はトレーニングを続けた。
筋肉王子は二日に一度ほどの頻度でコーチとしてやってきてくれる。そして夜間にトレーニングを行い、体を鍛える日々。
段々と腕の筋肉が付いてきたのが、自分でも分かった。脱出まであとわずかである。
そんなある日のこと。
「ん……?」
「どうしたんだい、ラプンツェル?」
体をもぞもぞとさせるラプンツェルに、魔女は問いかけた。
「なんだか最近服がきつくて」
「ふうん……」
魔女は、「動かないから太ったのかな」とあまり気に留めなかった。
しかし実際のところ、毎日のトレーニングの結果、服の肩部分がキツくなってきたのである。
確実に、体は整ってきていた。
♢
そしていよいよ脱出の日。
筋肉王子は身軽な服装で迎えに来た。
「万が一落ちてもせわねーように下で待っとるけぇ、気ぃ付けろよ」
「ハイ!!」
ラプンツェルは、窓から足を出し、そろりそろりと体重移動をした。
滑らないよう指に力を入れる。彼に言われた通りの手順で、足を掛け、慎重に石垣を掴む。
実際にロッククライミングなんか出来るのか不安だったものの、ラプンツェルは順調に塔を降りていった。
やはり筋肉は裏切らない。初めて、この塔から脱出できるのだ!!
そうして彼女が地面に足を付けた、その時。
「なにしてるんだい!!!」
魔女に見つかった。
「ラプンツェル!! なにしてるんだい!! この男は誰だい!!!」
「あわわわわ」
まずい。脱出現場を見られたのもまずいが、それよりも筋肉王子を見られたのがまずい。
魔女は自分と好みがダダかぶりなのである。筋肉王子も絶対にタイプのはず。獲られる。
ラプンツェルは焦って筋肉王子を自分の後ろに隠そうとするが、隠れるはずもない。
「こ、これはええと……」
「ハッ! まさかラプンツェル……!!」
魔女は思い出した。
少し前、服がきついと言っていたことを。そして隣の男を見てひらめく。
ひょっとして、ラプンツェルは腹に子を宿したのではないか。そのため、服がきつくなってきた?
ラプンツェルは自分にとって娘のようなものである。幼い頃から可愛さのあまり塔に閉じ込め、外に出さなかった。全て可愛さ故である。
その娘のようなラプンツェルが子どもを産む。
すなわち──
「孫……!?」
魔女はその甘美な響きに酔った。
可愛いラプンツェルが男と逢瀬を重ねていたことは憎々しいが、しかし孫。見たい。育てるのは叶わずとも、見たい。
ラプンツェルは魔女の機微に気付かず、もじもじと手を後ろで組んだ。
「あの、逃げ出そうとしたのは悪いと思ったのだけれど、でもわたし、この人と添い遂げたいの!!」
「………………そうかい、分かったよ」
「え!?」
絶対に許されないと思っていたラプンツェルは、驚きのあまり、後ろに隠し持っていたナイフをぽろりと落とした。
またキャットファイトになるようなら、今度は負けるものかと身構えていたのだ。
「その代わりラプンツェル、きちんと見せに来るんだよ!」
「ん!? え、あ、ハイ!」
何を見せに来いと言っているのか分からなかったが、奇跡的に了承を得たことにほっとして、ラプンツェルは落としたナイフを素早く拾って隠した。
かくして、ラプンツェルは初めての脱出に成功した。
彼女は、筋肉王子と大変健康的な家庭を築いた。
魔女は「なんか子の生まれる時期がおかしいな」と思ったものの、孫の可愛さにメロメロになり、そんなことは忘れた。
そして無人となった石垣の塔はいまや、クライマーたちの力試しの場となっている。
《 おしまい 》