返り咲き!
ジャンル:ヒューマンドラマ
あらすじ:
多恵は元アイドル・45歳。 結成25周年記念にアイドル『ルミルカ』を再結成し、番組に出ることになった。 人前で歌うのは20年ぶり。 はたして無事に舞台に立てるのか──!?
キーワード:奮闘記、元アイドル、再結成
※エブリスタから転載
――ようやく来た。
通話を切り、多恵はにんまりと口の端を上げた。
「人生、何があるか分からないものね……」
結成25周年、解散してからは20年。ずっと待っていた。
「ねえ、お父さん。年末特番で結成25周年記念に再結成。出るから、わたし」
缶ビールに口をつけながら新聞を読む勝司に、そう切り出す。
「おー、そうなんだ。気を付けてね」
こちらのやる気に対してぼんやりとした返事に、多恵は気が削がれた。「スーパー行ってくるね」の返事と同じテンションではないか。
まあ反対されなかったからいいや、とキッチンに向き直ると、ちょうど息子の竜司が二階から降りてきた。
「あっ、竜ちゃん。お母さん、『ルミルカ』再結成でテレビに出ることになった!」
「えっ、なにそれ」
「結成25周年記念! お友達に言ってもいいよ」
食い気味に告げると、中学3年の息子は顔をゆがませて席に着いた。
「えー、いいよ」
「なんで」
「ちょっと、恥ずかしいじゃん」
「がーん」
古っ、と鼻で笑われ、むくれた多恵はぷい、と背を向けた。
確かに思春期真っ盛りの息子からすると、母親が歌って踊るというのは恥ずかしいものかもしれない。
ま、今は分からなくても、将来は理解出来るようになるだろう。きちんと番組を録画しておかなくては。将来、母の偉大さにひれ伏すがいいさ。
多恵はふっふっふ、と笑いながら鍋の味噌汁をかき混ぜた。
♢
多恵は、元アイドルである。
20歳から25歳まで、『ルミルカ』というユニットの『ルカ』であった。
デビュー曲『恋の熱帯夜』はミリオンヒット。ミリオンはそれだけだけど、数枚の曲を出した。
1日の睡眠時間は3時間ほどという激務を1年こなし、曲が売れなくなってきて4年細々と続け、ルミルカは解散した。
解散後、結婚して出産。現在45歳。
結成25周年記念で、年末の特番『年末!大復活!』に出ないかと事務所からオファーが来たのだ。
これまでにも、結成10年、15年といった節目のタイミングでこういった打診はあった。しかし、相方であった『ルミ』こと史子と共に子育てが忙しく、実現しなかったのである。
ようやく自分の時間が持てるようになってきた。
しかも最近のテレビ番組は、過去に一世を風靡した歌手を懐古する番組ばかり。声がかかるかもしれないと思っていた。
当時はブラック企業など目じゃないレベルでの激務で、もう二度とやりたくないと思っていたが、今は少し違う。
安定した生活だけど変化のない日々。毎日が同じことの繰り返しでこのまま一生を終えるのだろうかと見えない不安を感じていた。
もしここで誰かの目に留まれば、芸能界への返り咲きだって夢ではない。
――やるしかない。
多恵に、久々に熱い気持ちが滾ってきた。
♢
そうと決まれば準備をしなければならない。収録までは1ヶ月。
「特番で1曲歌ってぇ、あとは小さいイベントが2、3ってとこぉ」
25年前にマネージャーをしていた草野が電話口で鷹揚と話す。
彼はずいぶんと出世し、会社の専務となっていた。当時から飄々とした男ではあったが、今もあまり変わらないようだ。
「生歌? 口パク?」
「どっちでもいいよぉ」
「絶対歌う」
当時からルミルカは生歌だけだった。
他の歌手は口パクがほとんどだったけど、自分達だけは本当の歌で勝負していたのが多恵の誇りだ。
しかしながら歌うのは20年ぶり。不安を漏らすと、草野はボイトレを手配してくれるという。史子と一緒に練習だ。
「さて、まずは聴き直さないと」
草野との電話を終え、多恵はCDラックを漁った。
『恋の熱帯夜』のCD。埃のついたそれを手で払う。何百回も歌った曲だけど、一応復習せねば。
しかし、CDを手にリビングをうろついてから気付いた。
──我が家にはCDプレイヤーがない。
「くそう、盲点だわ」
音楽を聴く時は配信されている曲をダウンロードしているのだ。
CDが過去の産物になっているなんて……と肩を落としたところで思い出した。勝司のパソコンがある。
多恵はテレワークをしている勝司の部屋にノックもせず入った。
「ねえ、お父さん。これパソコンで聴ける?」
勝司は上半身は会社の作業服だが、下半身はねずみ色のスウェット。
一応、急にテレビ会議になった時のためにその格好のようだが、テレビ会議などめったにない職種だ。
「あー、聴け……ないね」
勝司は多恵の手元にちらりと視線を向けてから薄く笑った。
「がーん、なんで?」
「だってそれ8センチCDだから、このパソコンだと再生できないよ。ていうか、8センチCDって久々に見たなあ」
小ばかにしたような口ぶりにムッとする。当時はシングルといえばどれも8センチCDだったのだ。縦長のジャケットが普通だったではないか。
しかし勝司が作業しているデスクトップパソコンを実際に見てみて分かった。縦置き搭載なので8センチCDが落ちてしまうのだ。
「えー、どうしよ」
「アダプタがあれば聴けるけど……、でも君、ベストアルバム出してなかった?」
「そうだ!」
そういえばアルバムは12センチCDだった。これなら聴ける。
多恵は仕事中の勝司を押しのけ、『恋の熱帯夜』を自分の携帯に移した。
♢
さて、25年前の曲を繰り返し聴いて予習(復習?)した多恵は、意気揚々とボイトレにやってきた。
「多恵ちゃん~!」
「史子、久しぶり!」
オファーを受けてから1週間後。都内のスタジオである。
相方の『ルミ』こと史子も一緒だ。
「史子、今日子どもは?」
「学校行っているから大丈夫ー。ねえねえ、こんなに久しぶりで歌えるかなあ、心配」
ルミルカは可愛いふわりとした天然系雰囲気のルミと、お姉さんタイプのルカの二人のユニットだ。
ぎすぎすしたアイドル達も多くいたけれども、ルミルカは仲が良く、解散後も史子と頻繁に連絡を取っていた。
「じゃあ始めましょー」
自分たちよりも一回りは若いトレーナーに声をかけられ、スタジオに入る。
このスタジオは事務所お抱えのようで、多恵たちのレッスンは1回30分、本番まで3回だけだ。
ヨガスーツのようにぴったりとした服に身を包んだトレーナーがしゃきしゃきと発声練習を促す。ずいぶんと元気で明るい。
少し声を出し、多恵は若干の焦りを感じた。
やばい。思った以上に声が出ない。というか、音程が安定しない。
史子も同じ感想だったようで、そっと二人は顔を見合わせた。そのまま恐る恐るヨガスーツに視線を向ける。
すると二人の不安に反して、彼女は拍手して大きく頷いた。
「おー、結構いいですねー! いけますよー!」
「ええっ!? 大丈夫ですか?」
「十分、十分。ただ音がぶれないようにするのと、久しぶりだと1曲持たせるの大変ですから、そこだけちゃんと練習しましょうか」
それは多恵も感じたことだったので、頷く。ひどくほっとして、史子と息をついた。
昔はトレーナーに怒鳴られたり叩かれたり、トレーニングと称して腹に石を乗っけて腹筋させられたりといった無茶が日常茶飯事だったのに。
これがすなわち昔取った杵柄か、と頬が緩んだ。
しかしやはり少し歌うと息が上がる。
ジム通いの日数を増やさねば、と多恵は心の中で思った。
♢
多恵はボイトレの傍ら、カラオケでの自主練、ジムでの体力作り、振り付け練習を入念に行った。
時には史子を自宅に招き、一緒に練習。
最後まで十分に歌いきる体力をつけるため、朝夕は走り込み。
家のことなど後回しである。
幸い、勝司はテレワークが続いている。
竜司なんてこちらに用事があるときしか話しかけてこないし、その用事と言えば「腹減った」か「金くれ」である。最低限、ご飯さえ準備しておけば放っておいて問題ない。
いよいよ本番まで1週間となった頃。
事務所に呼ばれ、多恵と史子は本番用衣装の前で固まった。
セーラー服を模したレザージャケット。襟部分はチェック柄で、他は黒。
下は同じく、レザーの真っ赤なホットパンツ。
「……た、多恵ちゃん」
「い、いや、無理でしょう」
「えー、昔と同じだよぉ? 倉庫から引っ張り出してきたの」
青い顔をした二人に、草野が呑気な声をかけた。
多恵はめまいがした。
確かに、当時と同じなのである。25年前、この奇怪な服装で二人は歌っていた。
いやしかしまさか、今回同じ服装で出るとは思わないじゃないか。そもそも入らない気がする。
しかもいくら再結成とはいえ、たった1ヶ月トレーニングしただけの45のおばさんが真っ赤なパンツで生足ご披露など、放送事故である。
この年になって黒歴史を作れというのか。絶対に嫌だ。
「草野さん、なんとか他のものに……」
「でももう1週間しかないよぉ」
「別に既製品でいいわけでしょ? 年相応の服で」
「えー、でもせっかく再結成なのに。皆、懐かしがると思うけどなあ」
んなわけないだろ。
この格好を昔のファンが見たら、懐かしむどころか嫌悪感を覚えるはずだ。昔好きだったアイドルがイタい姿になって出てきたら、即チャンネルを変えられる。
怒り心頭の多恵は、机に拳を叩きつけた。
「絶っ対に嫌! 自前でもいいからなんとかさせて!」
「えー、でも衣装スタッフは忙しいし時間もないし……」
「自分たちでやるから! 史子、一緒に出来る?」
史子はうんうんと頷いた。
結局「自分たちでやって間に合うならいいけど」という消極的な了承を取り付け、二人は改めて衣装を机に広げた。
「とにかくまずはこのホットパンツよね」
「うん。あとこのセーラーのダサい襟もなんとかしたいよね」
衣装は変更したい一方で、昔を知るファンに思い出してほしい気持ちもある。そのため衣装の一部は残し、それを活かした形にしたい。
多恵はまず、ホットパンツを切ってしまい、立体的な巻きスカートにしようと考えた。下にタイツを履けば大丈夫だ。
それからセーラー服を模した襟は取ってしまった。下がタイトだから、上はゆったりしている方がいいだろう。ジャケットの前は開けておいて、中にシャツを着ればいい。
多恵は事務所の中を忙しなく動いている衣装スタッフから裁縫道具だけ借り、見た目だけなんとかなるよう繕っていった。
「多恵ちゃん、うまいねえ」
「ふふふ、引退してから洋裁やってたの。あとはジャケットの取っちゃった襟の代わりに何か巻きたいよね」
「同じチェック柄のスカーフでどう? あと私、お花やってるから飾り作ってくる」
どうもロック風の衣装になりそうだが、25年前と同じ格好よりはずいぶんとましだろう。一応、特徴も残した。
熱中して作業し、終えた頃にはもう真っ暗。事務所に残る人もわずかになっていた。
慌てて家に電話をしたが、勝司は飄々と「大丈夫だよ」と言った。
帰りが遅いので、竜司と適当に冷蔵庫の中のもので料理して食べたという。拍子抜けした。
帰宅すると、暗いリビングに自分の分の夕食が置いてあり、多恵はなんだかジーンとした。
家族にも協力してもらっているのだ。番組出演を成功させたいと思った。
♢
『年末!大復活!』
いよいよ当日を迎え、楽屋で待機していた多恵は硬直していた。
楽屋内は混沌を極めている。
集まっているのはお笑い芸人、アイドル、歌手、タレントといった芸能人。だが、どの顔も追いつめられている。
真剣に、必死に、歌や振りあるいはネタを練習中だ。
多恵は番組の趣旨を理解した。
どうやら過去を懐古しようというわけではないらしい。
いや、番組はそうなのかもしれないが、少なくとも参加者はそうではない。
この番組で一発当て、再度表舞台に立つ。人生をかけて臨んでいるように見える。意気込みが違う。
多恵と史子はそこまでの野心はなかった。
やる気はあったし、これを機に誰かの目に留まればラッキーという気持ちはあったものの、人生崖っぷちという状態ではない。これが終われば元の日常に戻ることは出来るし、実際そうなるだろうなという気がしている。
しかし、再起をかけた周囲の熱意に圧倒され、二人は大変戸惑った。なんだか場違いな気がする。
「史子、あっちにいよう」
「うん」
リメイクした衣装はなんとかなった。首元のチェックのスカーフには史子が持ってきた大きな薔薇が咲いている。本物だ。
黒のジャケットに赤の巻きスカート。黒のレギンスに大きめのスニーカーを合わせた。
二人が壁に沿うようにぴたりと立っていると、見覚えのある男が楽屋に入ってきた。近くにいた少女3人組が男を見つけて慌てて飛んでいき、ぺこぺこと頭を下げている。
よく見ると、『ルミルカ』が現役だった頃から少女ばかり集めたアイドルを手掛けている、有名なプロデューサーだった。同じように思い出したらしい史子が「うわ」と嫌なものを見たように声を漏らす。
少女たちに激励した男は多恵たちに気付き、手を上げて近寄ってきた。慌てて笑顔を作る。
「ルミルカじゃない? 久しぶりだねえ」
「ご無沙汰してます。結成25周年で出させて頂くことになりまして」
「へええ、格好いい衣装じゃない。もういくつになった?」
「ええと、4……43です」
危ない危ない。当時から2歳サバを読んでいたのだった。
男は「頑張ってね」とだけ告げて去ったので、二人は頭を下げて見送った。
「相変わらず気持ち悪かったね、多恵ちゃん」
「しっ、聞こえるわよ」
頭を下げたまま顔を見合わせ、二人はくすりと笑った。
昔と変わらぬ少女趣味プロデューサーのおかげで若干肩の力が抜けた二人だが、舞台袖に入るとやはり場違い感からうろたえた。
出番を終えて戻って来る人間は一様に魂が抜けたような顔をしており、逆に出番を待つ人たちは戦地にでも赴くような形相だ。
多恵はタオルケットを手に、周りをきょろきょろと見回した。
寒いかと思って持ってきたのだが、意外と暖かくて不要だったのだ。どこかに置いておきたいが、舞台袖を行き交う人々は話しかけられる雰囲気ではない。
『ルミルカ』の前に出るのは、先ほどプロデューサーに激励されていた3人組アイドルだった。学生服を模した衣装だが、その色はピンクでノースリーブ。スカートはマイクロミニだ。緊張も相まってか、見るからに震えている。
息子の竜司と同じくらいか、もしかしたら年下かもしれない。
多恵はパイプ椅子に並んで座る3人の膝にタオルケットを広げてかけてやった。
「出番までもう少しあるんでしょう、かけときなさい」
「あ、ありがとうございます」
一番端の少女の腕をさすってやると、かなり冷たい。しかも細い。
こんな少女がスポットライトの下で無数の不躾な視線を浴び、評価されるなんて可哀想に思えてくる。いや、自分だって昔はそうだったのだけれど。
「あなたたちはデビューしたばかり?」
声をかけると、リーダーらしき真ん中の少女が顔を上げた。
「いえ、もう2年経ちます。でもなかなか売れなくて……。今日結果を出さないとおしまいだと言われています」
「まあ」
なんと。先ほどのあれは激励ではなく恐喝だったらしい。
「頑張ってきたのに、もうおしまいなんて。きっと今日もうまくいかない……」
腕をさすってやっていた少女が涙声でうつむく。つられて他の2人も顔を下げた。
あまりにも不憫に思えて、多恵も悲しくなった。
けれど芸能界で生き残れる人間などほんの一握りで、うまくいかなくたってそれが人生の終わりではない。
多恵だって売れたのは1枚だけで、その後は苦渋の4年だった。しんどかったけど引退後の人生の方が長いし、普通の生活だってとても楽しい。
ただ、これから歌って踊ろうというときに「引退しても楽しいわよ」というのは間違っているだろう。
仮にこれが最後の舞台だとしても、彼女たちは全力を尽くさなければならない。そうでなければ悔いが残るからだ。
多恵は3人の前に座り込み、全力で笑顔を作った。
「おばちゃんたちはあなたたちの後の出番なんだけど、頑張るわよお!」
少女たちが目を丸くして顔を上げた。
「こんなにたくさんの人に見てもらうことなんてもうないかもしれないもの! 見て。この衣装頑張ったの。歌も練習したし、筋トレもしたのよ! あなたたちもそうでしょう?」
そう言って立ち上がり、鍛えた腹をぱあん!と手で叩く。
「だから頑張って」と言うと、少女たちの頬はわずかに緩んだ。
出番を終えて戻ってきた少女たちの頬は紅潮していた。
一生懸命踊ったのだろう。息が上がっている。3人は満足気に舞台袖を出て行った。
多恵はその様子を見送り、ほっと息をついた。
――さあ、自分たちの番だ。
♢♢♢
――番組出演を終えて2週間後。
多恵は家に引きこもっていた。
番組出演は散々だった。
緊張している少女たちにベテランぶって応援したものの、実際舞台に上がってみると、舞い上がってしまったのは自分の方だった。
時間が押しているのだろう。大汗をかきながら早口で質問してくる司会者。
無数の眩いスポットライト。興味なさそうな観客の視線。3台の大型カメラの先の何百万という視線に突然気付き、慄いた。
司会者から何を問われたのかも覚えていない。本当の年を言ってしまわなかっただろうか。
一応、最後まで歌って踊ったのだろう。気付いたら舞台袖に戻っていて、史子が朗らかな顔で「お疲れ様!」と言っていた。
それから2つのイベントに出た。
食品メーカーの新商品発表会と、映画の試写会イベントだ。
衣装は何でもいいというので、番組出演の衣装からインナーを変えたりタイツを変えたり、スカーフのコサージュを変えたり。
そちらは番組ほどのカメラはなかったので、多恵は史子と二人、求められたコメントに無難に応じることが出来た。
そうして、『ルミルカ』25周年記念の再結成は終わった。
多恵は一連の出来事を思い返し、ソファの上で大きくため息をついた。
番組は録画したものの、観ることは出来ていない。竜司に諭されて番組出演を大っぴらに吹聴してはいないが、外に出れば笑われるのではないかと怖いのだ。
竜司からは「友達が見て、すごかったって言ってた」と告げられた。
「そ、それは観ていられないくらいやばかったってこと……?」
「いや、そんなんじゃなかったけど。格好良かったって」
「最近の子は優しいよね……」
そうだ。昔と違って皆、優しい。あのボイストレーナーもずいぶん若かった。褒めて伸ばすタイプなんだろう。
ありがたいが、なんだかいたたまれない。いっそ「このドヘタが!」と罵ってもらった方が勘違いしなくて済むというものだ。
思い出して低く呻き、クッションを力任せに抱きしめると、携帯が鳴った。
ため息をついて手探りで携帯を掴み、通話ボタンを押す。
その後に告げられた一言に、多恵は自分の耳を疑った。
♢
そして。
多恵はまた、スポットライトの当たる壇上に立っていた。
多数のカメラが向けられ、まぶしさに目を細める。
舞台袖から順に人が出てきて、多恵の横に並んだ。
隣に立つ青年を見上げて驚愕する。顔、小っさ! 同じホモ・サピエンスとは思えない。彼は戦隊ヒーロー主演俳優だったと多恵は思い出した。
舞台の端には『年末!大復活!』で泣きそうになっていた3人組アイドルが揃って立っていた。トロフィー授与のアシスタントらしい。
目が合うと微笑んで目礼してきたので、多恵も慌てて小さく会釈した。
落ち着いた雰囲気のタキシードの司会の男がマイクを向けてくる。
「さ、ルカさん。ベストレザー賞、おめでとうございます! ご感想をどうぞ」
そうなのだ。
なぜか、年に一度のベストレザー賞を受賞してしまったのである。
あの衣装のおかげではあるのだろう。自分たちでリメイクしたことがどこからか漏れ、それが注目されたようなのだ。
しかしそれでベストレザー賞とは……。
実は、今後事務所の衣装チームを手伝わないかと草野から持ちかけられてもいるのである。
一方の史子は、衣装に着けていた生花のコサージュがSNSで反響を呼び、おっとりした雰囲気も相まって園芸番組への出演が決まったという。
まさか、こんなことになるとは。
惨敗だった番組出演を一生悔いて終えると思っていたのに。
多恵は頬が引きつったまま、ゆっくりと口を開いた。
「人生、何があるか分からないなと思いました……」
《 おしまい 》