推しの結婚
ジャンル:現実世界(恋愛)
あらすじ:
推しが、結婚した。大好きな推しが。涙に明け暮れていると、隣の席の男子が突然言い出した。
「折木さん、俺の推しになってよ」
「は?」
推しが結婚したら今度は自分が推しになった話
キーワード:恋愛、大学生、ハッピーエンド
※エブリスタから転載しています
※超・妄想コンテスト第152回「結婚」にて佳作を頂きました
推しが結婚した。
ファンサイトでその情報が出た時、誇張じゃなく私は膝から崩れ落ちた。
デマかドッキリかエイプリルフールじゃないかと、震える手でSNS、ネットで情報収集した。
事実だった。
推しが、結婚したのだ。
数年前、動画サイトを流し見してた時に偶然見つけた推し。一気に情報を調べ上げ、舞台中心に活動しているということを知った推し。
高校生の身分でなかなか遠征できないから、たまに流れる情報を舐めるように見つめた推し。辛い大学受験を支えてくれた推し。
大学生になってからはバイト代を注ぎ込んだ推し。日本全国どこでも遠征に行き、私を認知してくれた推し。
私の心の支え、大好きな、推し。
その、推しが。
「あああああ」
低く呻き、そのままごつんと机に頭をぶつけて突っ伏した私に、隣の席の進藤くんが声をかけてくれた。
「折木さん、大丈夫?」
「だいじょばない……」
ここはゼミの研究室。
部屋には進藤くんと私しかいない。今日は金曜。しかももう夜の21時だからだ。
普段ならもっと早く帰る私がなぜまだいるのかというと、この数日、『推し結婚ショック』で寝込んでいたためだ。
大学をサボって、いや、サボりじゃない。推しの結婚による心身のバランスの崩壊。病欠だ。
そろそろ論文の続きを書かねばと思ってよろよろと出てきたはいいものの、定期的に発作が起こり、このように手が止まってしまう。声を出さないようにはしていたが、今の特大の発作で進藤くんの邪魔をしてしまった。
彼は手を止め、くしゃくしゃした明るい茶色の髪をかきながら、椅子を回転させてこちらに体を向けた。
「具合悪くて休んでたんでしょ、まだ本調子じゃないんじゃないの。病院行った?」
「いや、病院に行くようなアレでは……」
病院にかかるとしたら何科だろう。心療内科? それとも脳外科で推しへの執着を抑えるような処置をしてもらった方が良いだろうか。
「もう遅いし、帰ろうよ。折木さん、ついでにどっかで食べて帰らない?」
この精神状態で人と一緒にいることには抵抗があったが、タイミング悪く私のお腹が「ぐぅ」と返事をしてしまった。
くすくす笑った進藤くんから目を逸らす。しかし断る理由が思いつかず、夕飯経由で帰宅することにした。
♢
居酒屋でくだを巻いているのは、私だ。
少しだけ、とビールに口をつけたら、そのまま止まらなくなってしまった。
私は今、進藤くんの向かいでべそべそ泣きながら推しへの愛を漏らしている。
「あのね、ずーっと好きだったのね。私の青春そのものだったのね。もうずっと夢中で彼のおかげでなにもかも頑張ってこれたのね。人生の生きる意味だったの」
「どんな人なの?」
「基本は舞台で、最近は深夜ドラマとかも出てたんだけど、とにかく役への入り込みがすごくて。見た目も完璧に役に寄せていくから、毎回違う人みたいなの。プロ意識がハンパないのね。しかもとにかく美しくて光っているから、周りを食ってしまうこともあり」
淀みなく話す私に相槌を打ちながら、進藤くんは唐揚げを頬張っている。
「もちろんいつかは結婚するって分かってたんだよ、分かってたの」
「うんうん」
「だから祝福したいの。うっ、ぐす。なのにあの結婚発表文はほぼ謝罪文じゃん」
「見せてー」
ぐずぐずと鼻をすすり、私はスマホの画面を新藤くんに見せた。
「おお、なるほど」
彼は納得してくれた。
そうなのだ。推しの結婚は全方面から歓迎されたものではなかったらしい。
推しの結婚は、結構な年下清純派アイドルとの授かり婚だったのだ。さらにその清純派アイドルは恋愛禁止が公言されていた。
今回の件で彼女のいくつかの仕事が飛んでしまったものだから、推しの結婚報告は謝罪に始まり、謝罪に終わっていた。
「別にね、授かり婚でもいいじゃん。幸せなら。なのにね、結婚発表から一度もSNS更新してないんだよ。毎朝更新してたのに」
「謹慎中な感じなの?」
「謹慎中な感じなの!」
わーん!と机に突っ伏すと、ぼさぼさであろう私のボブの頭を進藤くんが撫でてくれた。優しい。
なお、現在金曜の24時。
その後、推しの話をして終電を逃した私に、進藤くんはカラオケでオールしようと提案してきた。彼も付き合ってくれるらしい。
男女2人でそれはどうなんだとも思ったが、私は推しについて話足りなかったので、遠慮せずカラオケに着いて行った。
広めの個室で、推しが出た舞台、深夜ドラマで使われた曲を歌いまくり、それからまたぼろ泣きして、推しの素晴らしさについて語った。
私は泣きすぎてぼんやりしていたが、進藤くんに送ってもらって始発で帰った。
週末は部屋の整理をして、推し関係のものを片付けた。推すことをやめるわけではないけれど、自分の心の中の整理を行ったのだ。
週明け、いつもより早めに研究室に行くと、しんとした室内で進藤くんだけがカチャカチャとパソコンを叩いていた。
「進藤くん、おはよう」
「おー、はよー」
「金曜はありがとう。大変見苦しい姿をすみません。私、ちゃんとお金払った?」
「払ってもらったよー」
進藤くんはくすくす笑うと、回転椅子をきいと鳴らして少しこちらへ体を寄せた。
「ねえねえ折木さん、推しへの思慕は少し落ち着いた?」
いたずらっ子のような笑顔を向けられる。あの日あんな醜態を晒したのに、彼は私に引かなかったのだろうか。
「うーん、どうかなあ。でも金曜に話聞いてもらったから少しすっきりしたよ、ありがとう」
「そうかあ。そしたら折木さん、付き合ってくれない?」
「ああ、うん。いいけど、まだデータ取りするの?」
彼の実験のデータ取りを手伝うことはよくあった。でもこの時期、もう皆論文を書き始めている。進藤くんだってもうデータまとめに入っているだろうに再計測があるのかと思ってそう返事すると、彼はくくくと笑いだした。
「ごめん、違う違う。俺と付き合ってくれないかと聞いているの」
んん? と首を傾げる。その付き合って、の意味とは。
「それは、もしや、男女交際という意味で?」
「男女交際という意味で」
疑問に思ってもう一度、反対側に首を捻った。
なぜいきなり男女交際の話に。そもそも、進藤くんは同じ研究室の隣の席というだけで、まあそれなりに接点はあったけれども、普通の友人といった間柄だ。
自分で言うのもアレだが、私は友人が多いタイプではない。しかも私の周りは皆、派手なタイプでもない。サークルにも属していない。推しへの活動で忙しかったし。
対する進藤くんはボート部。本人も華やかだし、同様の友人と一緒にいることが多い。研究室が同じでなければ、話すこともなかっただろう。
私は彼の意図が分からず、恐る恐る口を開いた。
「私、生身の異性とお付き合いしたことないんだけど……?」
「推しは? 生身じゃないの?」
「生身だけど住んでる次元が違うというか、そもそも見守らせてもらっていた立場で」
進藤くんは笑っていたけれど、私が黙ったのを見て、あることを提案してきた。
「そしたらさあ、折木さん、俺の推しになってよ」
「んん?」
「俺、折木さんのファンね」
ますます意味が分からなくなって、手で彼を制する。
「待って待って、どういうこと」
「いきなりお付き合いをというのも確かに急だったかなと思って。折木さん、あんまり男子と接してるの見たことないし」
「はあ」
「だけどさ、推しとファンの関係なら折木さん、詳しいわけでしょ? だから、折木さんが推しにされて嬉しいことを俺にしてくれる? 仲良くなるために」
推しにされて嬉しいこと。
まあ、ずっと推しのファンだったわけだから、されて嬉しいことがなにかは、分かる。
分かるけれども。
「つまり、進藤くんは私にファンサを求めているということ?」
「ファン、あ、サービスか。そうだね。ファンサ」
「う、うーん……」
「よしよし、よろしく」
よく分からず流されるまま、私は進藤くんの推しになった。
♢
ファンが出来たところで何を変えれば良いのだと思った私だが、対応が変わったのは進藤くんの方だった。
研究室で朝会えば、にっこり挨拶をされる。授業やお昼で研究室を出て外で見かければ、手を振られる。夜遅くなれば、声をかけてきて小さなお菓子をくれる。
なるほどこれが進藤くんの推しへの対応らしい。笑顔で挨拶、そして差し入れ。イベントでは手を振る。私もそうだった。
よって、私もそれに準じた対応を取ることにした。
挨拶されれば出来る限りにっこり返し、手を振られれば大きく振り返す。お菓子をもらったら朗らかに礼を言い、場合によっては私もお菓子を準備しておいて、ファン──進藤くんに渡した。
数日経って、進藤くんが声をかけてきた。
「折木さん、土曜日は暇?」
「夜からバイトだけど昼間は暇だよ」
「遊びに行こー」
誘いの言葉に私は眉を寄せた。
推しを、ファンが遊びに誘うのだろうか? 少なくとも、私にはそんなことできなかったし、しなかった。
考えを読み取った進藤くんが、朗らかに私を丸め込もうとしてくる。
「ファンが個人的に推しを誘うことはないとか考えてるんでしょう。でも、折木さんのファンは今のところ俺1人じゃん? ファンイベントしようよ」
「ファンイベ……」
ファンイベ。魅惑の響き。
推しのファンイベは過去に一度だけ催されたことがある。その頃には認知されていたので、ツーショット写真撮影時に名前を呼んでもらえて泣いた。
「ファンイベ、なにするの?」
「俺、調べたの。普通なにするのか」
そう言って、スマホの画面を見せてきた。メモアプリにファンイベントという題名で、箇条書きで記されている。
質問コーナー、秘蔵VTR、歌、ツーショット撮影、プレゼント──
「これやるの?」
「全部は無理だから少しだけ。俺が考えるからさ」
進藤くんはそう言うと、一方的に待ち合わせ場所を指定してきた。私は断る理由が特に見つからず、とりあえず了承した。
なんだか私は押しに弱いなぁ。あ、推しとかぶった。と、どうでもいいことを考えながら。
ファンイベ、となったもののどう対応すれば良いのか悩み始めた。というのも、通常ファンイベの主催は推し側で、ファンは推しに会いに行く。
しかし進藤くんと私の場合は、イベント計画がファン側、推しである私は特に準備することがない。
仕方ないので私は歌える曲を再度洗い出し、練習。当日は出来る限りめかし込んで行くことにした。
推しは人前に出る時、いつもきらきら完璧だったので。
当日、待ち合わせ場所に着いた私は、思わず「あっ」と声を上げた。
スマホを眺めながら立っている進藤くんはいつものくしゃくしゃ頭だけど、それはちゃんとセットされたくしゃくしゃだ。
さらに普段はTシャツにジーパンなのに、今日はさらりとした襟付き縦ストライプのシャツ。それにベージュのボトム。
なんというかいつもより、ちゃんとしている。彼はきちんと推しのファンイベ仕様で来てくれたのだ。
「おっ」
立ち尽くす私に気付いた進藤くんは私のことを見て、すぐに破顔した。
「わあ! 素敵だね!」
私も普段は適当なカットソーにボトムで大学に行っているが、昨夜は悩みに悩んだ。
彼の推しなわけだから、ひょっとすると思いっきりガーリーな格好で行った方が良いのかと思ったが、それは似合わないことは分かっている。
背が高めでひょろりとした身体、しかも髪はボブなので、しゅっとした格好の方が合っているのだ。
そのため、今日はきれいめ縦ストライプシャツにスキニージーンズ、靴はカラフルなスニーカー。ちょっと中性的すぎかもしれないが、似合うものを着るべきだと思ったのだ。
それを直球で褒められて、ちょっと嬉しい。悩んだかいがあった。
進藤くんはにこにこと近付いてきて、自分のシャツと私のシャツを交互に指差す。
「おそろいみたいだね」
「あー、そうだね」
打ち合わせをしたわけでもないのに、縦ストライプでリンクコーデみたいになってしまった。
苦笑すると、進藤くんが「行こう」と促してくる。
「どこに行くの?」
「えーとまずは、歌だね」
連れていかれたのはカラオケだ。
♢
「……うますぎるよ進藤くん!!」
推し結婚ショックで夜を明かしたカラオケとは別の店の個室で、私は感嘆の声を漏らした。
あの時、歌ったのは私だけだったのだが、今日は進藤くんも歌ってくれた。少し前のドラマの主題歌を軽々と歌った進藤くんは、それはそれは見事だった。
「なんでそんなにうまいの? なんでこの間歌ってくれなかったの?」
「ええ? 嬉しいけど、俺そんな特別うまいわけじゃないよ。折木さんだって上手じゃん」
珍しく少し照れた表情だが、いやしかしうますぎる。
最近の男子は皆こんなにうまいんだろうか。推し以外の歌をあまり聞いたことがないので分からない。
こんなうまい人にリスナーになってもらうだけなんてもったいないと、私はどんどん進藤くんに歌わせた。勝手に曲を入れまくる。
私も少しだけ歌ったが、ほとんどの時間を進藤くんが歌う。
一時間半を過ぎ、彼は「もう疲れたー」といって足を投げ出し、シャツのポケットから折り畳まれた紙を出した。
「歌はおしまいね。次。質問コーナーに行こう」
そう言うと、カラオケを出て近くのコーヒーショップに連れていかれた。
飲み物だけ注文して窓際の席に座ると、自分と同じような縦ストライプが隣に映る。
そのとき客観的に自分たちを見て、初めて、「あ、これデートじゃん」と私は思った。
『推しとファン』という名目だけど、これ、普通にデートじゃん。
頭の中で混乱していると、進藤くんが「ねえねえ」と話しかけてくる。
「質問していい?」
「あっ、ハイ」
「好きな食べ物なにー?」
「えっ、ええと、お寿司……」
進藤くんは、ほうほうと頷きながら、紙製のストローを咥えている。私は今気付いたことを、とりあえず頭から追い出した。
「好きな色は?」
「青」
「家族構成は?」
「両親と妹と、犬……」
「五教科でなんの科目が得意?」
「理科」
それからも当たり障りのない質問が続いた。
彼は私のこんなどうでもいい情報を知りたいのだろうか。そりゃあ、私は推しのどうでもいい情報を知りたかったけども、でも実際、私は進藤くんのただの同級生なのだ。
結局、そのまま話していたらバイトの時間が近付いてしまったので、そこで解散となった。
「他にもやりたいことがあるからまたファンイベやろーねー」と、進藤くんは軽く手を振って別れる。
彼は私のどうでもいい情報を得たようだが、その日私が知った彼の情報は、歌がうまい、ということだけだ。
ファンイベという名目の遊びは、それからも定期的に続いた。
進藤くんが「折木さん、また遊ぼう」というのに抗えず、了承してしまう。実際、彼と遊ぶのは楽しかった。初めにひどいところを見られてしまっているし、私についてのほぼ全ての情報が、すでに彼の手の中だ。
カラオケ行って歌ったり、歌ってもらったり。映画に行ったり、新しくオープンしたカフェに行ったり。水族館に行ってツーショット写真を撮ったりもした。
客観的に考えても「これ、デートじゃね?」とは思うが、それを追及してはいない。あくまでも、推しとファンの関係。二人で外出することはいまだにファンイベという体のようなのだ。
そんな中、大変久しぶりに、推しのSNSが更新された。
結婚のコメントのお礼と、新しい舞台の告知だ。
それを見た私の気持ちは、純粋に「おっ、良かったね」だった。
私は自分自身の反応にがっかりした。あの推しが帰ってきたのだから、もっと泣いて喜び、心が湧き立つと思っていた。
なのに。
結構、落ち着いている。
理由は分かっている。進藤くんと距離が近付いて、私の心は推しと距離が出来てしまった。
そういえば、一番初めは進藤くんから「付き合おう」と言われたんだった。それに疑問を呈したら、推しとファンの間柄になろうということになったのだ。
しかし二人で会っていても関係性は変わらない。居心地は良いけれど、彼が今後どうしたいのか分からない。
ひょっとすると、「なんか推すほどでもなかったなあ、友達でいいや」と思い至ったのかもしれない。その可能性は大いにある。
だけど、もし本当にそうだったら、ちょっと悲しいなあと思った。
♢
微妙な関係に疑問を抱きつつ過ごしていたある日。
私は学内の自販機でジュースを買おうとして、小銭をぶちまけた。
盛大に金属音が響き渡り、辺りの人たちが一斉にこちらを見やる。私は恥ずかしくなり、急いで散らばった小銭を集めた。
「はい、折木さん。ここにもあった」
聞きなれない声に顔を上げると、言葉もほとんど交わしたことない、でも顔は知っている男子。
「ありがとう」
「どういたしまして。ついでになにかおごってあげる。なにがいい?」
見知らぬ男子は私のことを知っているようで、しかもドジを踏んだ私を憐れんでジュースを買ってくれようとしている。固辞した。
「いや、大丈夫です、全然。自分で買えるので」
「いいじゃん。俺、折木さんと仲良くなりたいなと思ってんの」
「ん?」
「最近急に綺麗になったよね」
突然の賞賛。怪しい。
怪訝に思って眉を寄せると、肩をちょんちょんと突かれた。
振り向くと、進藤くんだった。
「田中、折木さんが困ってるよ」
「えっ、困ってる? それはごめん。でも進藤が最近折木さんと仲良さそうにしてるの、いいなーと思って」
「だってそれは、同じ研究室だから」
んん? と思ったが、その田中氏は進藤くんと二、三言葉を交わすと、去って行った。
「折木さん、どれ買おうとしていたの?」
「あ、ああ。大丈夫、自分で買えるから」
自販機で飲み物を選び、一緒に並んで研究室に戻る。
「田中となにを話していたの?」
「え、いやなにも。小銭拾いを手伝ってもらっただけ」
「嘘、楽しそうだったじゃん」
「綺麗になったねって褒められて、仲良くなろうとは言われたけど」
「は!?」
進藤くんは珍しく不機嫌というか、ほのかな怒りを隠そうとしていない。
なぜなのだ。彼はついさっき、田中氏に私たちの関係性を「同じ研究室だから」と説明した。「推しとファン」の関係性でもない。ただの友達だ。
「なんで進藤くんが怒るの? 私たち、ただの友達でしょう」
なんだか腹が立って、少し強い口調になってしまった。
私の言葉に進藤くんははっとしたが、そのまま表情を変えずに唇を噛んで考えている。
「別に私が田中くんと仲良くなったっていいじゃん」
「だめ。他のやつは」
「進藤くんに関係なくない?」
「俺だけ見てろって言ってるの!!」
息が止まった。
珍しく語気を荒げた言い方。いや、それよりも。
これは一般に、推しがファンを離すまいとするときの台詞だ。
私がフリーズしたのを見て、進藤くんは見るからに慌て出した。
「いや、ごめん、おかしなことを言ってしまった。大変申し訳ない。確かに俺は関係ないし――」
「今のもう一回言って!」
「え!?」
今の言葉をもう一度聞きたくて、縋るように進藤くんに懇願したが、彼は了承しなかった。
押し問答したが、結局顔を真っ赤にして手で覆ってしまう。
「折木さんごめんなさい、あんなことを言うつもりでは。ファンの分際で」
「さっき田中くんには同じ研究室なだけって言ってたじゃん」
「なんか、折木さんは俺のことそう思ってそうだし……。でも最近周りで折木さん可愛いっていうやつ多くて」
「もしそれが本当なら、進藤くんというファンのためだけど」
少しだけ顔を上げた彼に詰め寄る。
「私って進藤くんの、ただの推しなの?」
進藤くんは指の隙間からちらりとこちらを見つめる。それから小さな声で呟いた。
「好きです……」
揺れる瞳と目が合う。
よかった。
聞きたかった一言を聞くことが出来て、私は安堵した。ためらうことなく、すかさず返事をする。
「私も!」
にっこりと微笑んで、進藤くんのくしゃくしゃの髪をぽんぽんと撫でた。彼もほっとしたような顔をしている。
「進藤くん、私の推しになってね」
「えっ」
「私、だいぶ強火だから覚悟するように」
大事な忠告をすると、進藤くんは声を上げて笑った。
《 おしまい 》