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黄昏時にあなたと

ジャンル:現実世界(恋愛)

あらすじ:

片思いしている写真部の先輩との帰り道。引退する先輩と一緒に帰れるのは今日で最後。

※男主人公です


 ほんの十分。

 俺と先輩だけのわずかな時間。



 公園から帰宅を促す夕方のチャイムが鳴り、子どもたちの「ばいばーい」と別れる声。団地の前を郵便配達員が赤いバイクで移動するのをぼんやり目で追う。建物の間を抜け、坂を登って河川敷に出て。

 開けた川の向こうは、茜色。


「あっ、猫」


 草むらに茶色い猫を見つけ、先輩はカメラを構えた。

 後ろからベルを鳴らした自転車がやって来たので、しゃがみこむ先輩の後ろに寄り、道に背を向けて自転車を見送る。

 そのまま彼女を見下ろした。普段真っ黒の髪が、今は夕陽に照らされて明るい。まとめられた髪が綺麗だなと思った。


「ごめんごめん」


 立ち上がった先輩がスカートの裾を払い、デジカメの画面を確認している。猫は逃げてしまったようだ。


「撮れました?」

「どうかなあ」


 画面を覗き込めば、逃げ出す瞬間の猫が枠の隅に写っている。全然うまく撮れてなくて、二人で「ふふふ」と笑った。


「人に慣れてない猫は撮るの難しいよね」

「そうすね」


 部活の帰り道。

 他の部員と別れた後の十分。それが俺の大切な時間だ。


 だが、それも今日で最後。

 先輩は部活を引退した。一緒に帰れるのも今日で終わりだ。


「辰巳くんは秋の大会用に何撮るの?」

「まだ決めてないですけど……、休みの終わりに旅行に行くんでそこで何か撮れるかなと」

「辰巳くんは風景上手だもんね」


 好きなのだ。

 先輩のおっとりとした喋り方も、誰にも分け隔てなく接する優しさも、いつも穏やかな笑顔も。


 最後だから告白しようかな、とも思ったりもしたのだ、一瞬。

 だが、すぐに諦めた。

 告白したところで、「ごめんね、気持ちは嬉しいけど」と言って眉を下げる先輩の顔が容易に想像できる。

 その瞬間、俺は先輩の中で「地味な後輩に告白されてしまった」という記憶になってしまうだろう。優しい先輩のことだから、断ったことに罪悪感を覚えてしまうかもしれない。

 このまま何もせずにいれば、先輩の中で「一緒に帰った後輩いたなぁ」という高校時代の記憶の中の一部になれるはずだ。

 臆病な俺は、恋を思い出にすることに決めた。


「綺麗だねえ」

「……そうすね」


 陽の沈みかける空と地の境目を見て、先輩が呟く。

 煌めく水面。風が吹いて、緑が揺れる。街灯はまだ点かない。


「私、すごく好き」


 ずっと一緒に帰っていて、先輩は川ばかり眺めながら歩いていた。今日は川の水が多いねとか、魚が跳ねてるね、とかどうでもいいお喋りをしたり、時折風景を写真に収めたり。会話が少なくたって全然気まずくなかった。

 明日からもきっと俺はこの道で帰る。そのたびに先輩を思い出すし少し切なく思うだろうけど、でもこの景色は嫌いじゃない。


「……俺も」


 夕陽を見つめながら同意したら。

 先輩が勢いよく振り向いた。


「……えっ!?」

「え?」


 逆光だけど、先輩の顔が真っ赤なのが分かった。


 ――――え?


「えっ、辰巳くん、え、いまのほんと?」

「え、え? はい、綺麗だなと思いますけど……」

「あっ…………、川ね、そうだよね、綺麗だよね、うん。そうだよね」


 珍しく慌てたような声。顔を逸らされてしまい、表情はよく見えない。

 けど。

 もしかして、ひょっとしたら、今のって?


「先輩、」

「……ごめん、なんでもない……」

「先輩、俺、景色だけじゃなくて、ずっと一緒に帰ってたこの時間が、てか、先輩のことが」


 もしかして。

 もしかして、思い出にしなくてもいいのだろうか。



 思い切って告げれば、先輩ははにかんで小さく頷いた。





 《 おしまい 》



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― 新着の感想 ―
[良い点] 情景もお話もすごく綺麗に終わってて良かったです。 青春の10分の切り取り方が美しい! ラストはあえて言葉にしない感じ良きです。
[良い点] たった一場面だけでも空気感をか感じさせること(これは作者様の特徴ですよね)。 [一言] お約束頂いた通り今回はマリー・アントワネットになりそびれました。
[一言] 最初の「男主人公」で先入観を持ってしまい、「スカートの裾を払い」を読み飛ばしてしまったため、うほっ!な話かと思いビビりながら読み返したところ、初々しい恋心のお話だったのでホッとしました。
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