姫さまはアイスが食べたい
ジャンル:異世界転移のファンタジー? しかし主人公の転移じゃないから異世界転移じゃない? となるとローファン…?(ジャンル迷子。男性向けか女性向けかも不明)
あらすじ:
悪魔召喚をしたらお姫さまが現れて、アイスをねだる話。
暗い部屋。
勉強机の上には陣の描かれた紙。親指の先をカッターでわずかに傷付け、陣の真ん中にぎゅっと押しつける。
「来たれ、地獄の使者。汝は神の宿敵。我、陽介と契約を──」
親指をそっと離す。傷のかたちに沿った血の跡が移る。
しばし待つ。部屋には静寂だけが残った。
「だめか……」
肩を落としたその時、後ろから光が差した。
背後からの「きゃっ!」という声と同時に振り向くと、青く発光した姿見用の鏡から、銀髪の少女が上半身だけ生えていた。
「…………は??」
「いたたた……、なんなの急に。ここは……?」
下半身もずるりと這い出た少女は、中腰で肩をさすっている。混乱した様子で辺りを見回して、俺に気付いた。
「………………」
「………………」
輝くような髪に、水色の瞳。はっきり言って超絶美少女である。だが、彼女はその美しい顔を顰めて俺を睨んだ。
「なんなの、ここは納屋? まさか誘拐? 私を拐うなんていい度胸してるわね」
「あ゛ぁ?」
見た目に反してぞんざいな態度に、思わず荒い声が出る。だが彼女は怯む様子もない。
「まさか私のこと知らないで拐ったの? 今なら許してあげるから、この納屋から出て王城まで案内しなさい」
「知らねえよ、お前が勝手に来たんだろうが。俺は悪魔召喚してただけなんだぞ」
「は? 悪魔?」
「あっ、もしかしてお前、悪魔なのか? だったら合ってる! 何が出来る!?……って! いて! 叩くなよ!」
憤慨した様子の美少女が拳を振るってきたので防御する。が、見た目に反して力が強い。結構痛い。
「失礼ね! 私を誰だと思っているの、ディッシャー王国第一王女、カトリーヌよ!」
胸を張ってドヤる様子を俺はぽかんと見上げた。
どうやら悪魔じゃなくてお姫さまを召喚してしまったようである。だが、悪魔以外に用はない。
「どうぞお帰りください」
「はぁ?」
「間違えたようなので帰って」
「ちょ、ちょっと! 痛いわよ!」
カトリーヌをぐいぐいと押しやって鏡に捩じ込もうとしたが、鏡は元に戻ってしまったのか入らない。ただ単に硬い鏡に彼女を押し付けただけだった。
マジかよどうしよ、と思って項垂れたら、カトリーヌの白い胸元が目に入った。よく見ると彼女はずいぶんと薄くて頼りない服を着ている。いわゆる、ネグリジェ的な。
俺は慌てて飛び退き、ベッドの上のタオルケットを彼女に投げた。俺は、健全な、男子高生なので。
「すみません、それ体に巻いてください」
「はあ? 暑いんだけど」
「いいから巻けや」
カトリーヌがぶつぶつと口を尖らせながら、タオルケットを肩から羽織る。
彼女の白い肌が見えなくなって、ようやくひと息ついた。しかしどうしよう。お姫さまを召喚してしまったはいいが、帰れなくなったんじゃ困る。
うつろな目でカトリーヌを見つめれば、彼女は怪訝な顔で睨み返してきた。
「なによ、呼び出すだけじゃなくて、ちゃんと返す方法まで調べておきなさいよ」
それは確かにそうなんだけど。悪魔の返し方なんて調べてなかった。契約を交わして仕事が済めば帰ると思っていた。
ググれば悪魔送還術が出てくるかも、とスマホを手に取ると、タオルケットお化けから「ぐうううぅ」と腹の音が聞こえた。
「お腹空いた」
「…………」
「仕方ないでしょう。今日はお夕食が早かったし、お腹空いたけどさっさと寝ちゃおうと思ったところでこんなところに連れてこられたんだから。しかもこれ暑いし。なにか食べたい」
「えー……」
仕方なく、カトリーヌに残して部屋を出る。
深夜一時。そうっと音を立てないように階段を降り、キッチンの冷凍庫を開ける。バニラの棒アイスを二本取ってまた上に戻った。
扉を開ければ、カトリーヌは俺の勉強机の引き出しを漁っていた。
「な、何してんだよ!!(小声)」
慌てて扉を閉め、引き出しをガードする。
信じられん。人んちの引き出しを勝手に開けるとは。見られたくないあれこれや、見られたらまずいあれこれだらけなんだぞ。
俺の憤慨をよそに、カトリーヌはあっけらかんとしたものだった。
「何が入ってるのかなと思って」
「デリカシーのかけらもねえな」
ため息をついて棒アイスを袋から出し、渡してやった。
カトリーヌが興味深そうにそれを見る。おずおずと棒部分を両手で持った。
「こうやって食べるんだよ」
俺の食べ方を見て、恐る恐るアイスをかじる。
「……冷た……、美味しい……!!!」
カトリーヌは途端に目を輝かせた。
棒の先からどんどんかじり、あっという間に飲み込む。一気に食べたから頭がキーンとしたようでこめかみを押さえていた。俺はそれを呆気に取られて見ていた。
痛みがひいてから、カトリーヌは食いついてきた。
「なにこれ! 冷たい、美味しい! これ氷じゃないよね? しゃりしゃりしてないもの。なんでこんなにきめ細かくて滑らかなの? すごく甘いのはなんで?」
「えっ、そんな興奮する?」
俺のアイスも奪いそうな勢いにだいぶ引いていたら、カトリーヌの後ろの鏡が青白く光った。
二人して「おっ?」とみると、鏡の表面が水面のように揺れている。
「あっ、帰れるんじゃね!?」
「やだ! それ頂戴!」
「ちょ、また鏡に戻っちまうかもしれないだろ! さっさと帰れ!」
また追い立てるようにカトリーヌを鏡へ押しやる。彼女はちゃっかり俺の食べかけのアイスを奪い、「よしっ」と言って鏡の中に消えた。
鏡は元の様子に戻った。
「ふう、やれやれ。何だったんだ……」
悪魔召喚に失敗してよく分からないお姫さまを呼び出してしまったが、なんとか返すことが出来て俺はほっとした。
しかし次の日。
夜、カトリーヌはまた鏡の中からやってきた。
「来ちゃった♡」
「来ちゃった♡ じゃねーよ!!」
頭を抱えてうずくまれば、カトリーヌが俺の肩をちょんちょんと突く。
「ねえ、アイスちょうだい」
「またかよ!」
「いいじゃん、アイス食べに来たんだよう」
ちっ、仕方ねえな。
昨日と同じ棒アイスをやったら、嬉しそうに食べた。そして食べ終えたら鏡が光って、彼女は帰っていった。
さらに次の日。
俺は授業が済むと、急いで鞄を片付けて教室を出た。
カトリーヌは二日連続でやって来た。今日も来るかもしれない。
この二回は夜に来たけれども、万が一昼間に来たらやばい。また家探しをされたり、ひょっとすると家を出て騒ぎになってしまうかも。
靴を履きながら昇降口を出ると、「よう」と野太い声をかけられた。
立ち塞がるのは俺より体の一回り大きい隣のクラスのやつ。両隣に取り巻きを連れている。俺は何故かこいつらから目をつけられているのだ。
接点なんてまるでない。なのに、顔を合わせれば「辛気臭い」だの「つまんねえ奴」だのと嘲笑される。殴られたりしたら嫌なので、俺は反論しない。黙って時が過ぎるのを待つのだ。
それでも毎日いちゃもんをつけられるのは面倒。よって、他力本願な俺は悪魔召喚を試みたわけである(失敗したが)。
だが、今日は違う。
ここで時間を食うわけにはいかない。美少女が俺の部屋をガサ入れしてる可能性があるのだ。
「はい、ちょっとごめんよ、今日は無理。通して通して」
手刀を切りながら素早く間を通り抜ければ、やつらは呆けて俺を見送った。なんだ、初めからこうしたらよかったのかも。
急いで帰ったが、カトリーヌは来ていなかった。
だが、この二日と同じ、夜間帯にやって来た。
「この季節暑くてさ、重いドレス一日着てたらぐったり。あー、アイス美味しい〜」
三回目ともなると慣れたもので、俺のベッドに背をもたれ、だらけながらアイスを食べている。
「お前さぁ、お姫さまなんだろ。知らんけどコックさんとかいっぱいいるんじゃねえの。頼んでアイス作って貰えばいいじゃん」
「こんなの食べたことないよ」
「氷はあるんだろ?」
「氷はある。しゃりしゃりした氷菓はたまーに食べられるよ、たまにね。こんななめらかな氷菓はないねえ」
ふむ、と首を捻る。アイスクリームの材料がない国なんだろうか? その可能性はある。
その日もカトリーヌはアイスを食べたら帰って行った。
♢
そんな日がしばらく続いた。
カトリーヌは毎日ではないものの、頻繁にやって来た。大抵は夜中で、アイスを一本食べて帰っていく。
分かったことが一つある。ディッシャー王国からこっちに来る時はカトリーヌの意志で鏡のゲートが開き、アイスを食べて腹が満たされれば帰りのゲートが開くのだ。
カトリーヌの相手をするのは気が楽でいい。お姫さまだがあんなんだし、アイスを与えれば大人しく帰る。
だが、今後もずーっと来られるのを考えると、困る。
アイスの季節はじきに終わるし、夜中に来るもんだから寝不足がしんどい。それに、急にゲートが開かなくなってしまう可能性だってあるのだ。
要は、ディッシャー王国でアイスを作れるようになればいいわけである。そうすれば、彼女はこちらにわざわざ来ることはない。
俺はスマホでアイスクリームの作り方を調べ、それをまとめた。
いつも通り深夜にやって来た彼女に説明してやる。
「鳥の卵はあるんだろ? 動物の乳は?」
「こんな小ぶりの鳥じゃないけど、卵はある。乳もあるよ」
聞けば、ディッシャー王国で食用卵はダチョウの卵レベルであった。まあ、なんとかなるだろう。砂糖は希少だが、ある。
「冷やしながら頑張ってかき混ぜるんだとよ。氷に塩を入れたら氷水の温度が下がっていくから」
「ほお」
紙に材料と作り方を書いてやる。カトリーヌはそれを興味深そうに見つめた。
畳んだ紙と一緒に棒アイスを渡す。並んで床に座り、アイスを食べた。
「お城で作ってもらえるようになったらもう来るなよ」
「うん、ありがとう。陽介は優しいね」
「まあ召喚しちゃったのは俺だしな」
別れの匂いを滲ませてぽつぽつと喋りながら、のんびりアイスを食べた。
鏡が青白く光る。ゲートが開いた。
「じゃあね、ありがと!」
「おう、元気でな」
あっさりと手を振り、カトリーヌは鏡の中へずぷずぷと入っていった。
「はー、やれやれ」
鏡に手を触れると、冷たくて硬い。もうこのゲートが開くことはないだろう。
思えば、女子とこんなに親密に過ごした経験は初めてだったかもしれない。しかも美少女。中身は全然それっぽくなかったけど。
夜になると彼女がやってくるとそわそわする日々は悪くなかった。いや、結構楽しかった。
全然違う世界のお姫さま。もう来るなと言ったのは俺。もう会えない。
俺は少しだけ寂しさを感じながら、布団に入った。
──が、次の日。
「来ちゃった♡」
「いや、来ちゃった♡ じゃねーよ!!!!!」
《 おしまい 》
カトリーヌ「だってあっちで作ってもらったはいいけど、全然美味しくなかったんだもの」
陽介「……じゃあしょうがねえか」