二人ぼっちの幸福
ジャンル:異世界(恋愛)
あらすじ:
ヘレンは地味系男子だった友人以上恋人未満のエディが一気に垢抜けてしまったのを苦々しく思っていた。しかしエディの方はというと……。
※若干病み要素ありです。ご注意ください
寄宿舎の中庭。
そこを見渡せるベンチで、ヘレンは一人で座っていた。
本を持っているが、読んでいるふり。中庭の真ん中でバドミントンをしている男女達を睨みつけている。
「んむむむむ……」
遊びに興じる男女の中心には、幼馴染のエディ。
彼は明るい表情で羽を追いかけている。純粋に、楽しそうに。
ほんの少し前まで、彼はあんな感じではなかった。
もっさりした髪で目元まで隠れて地味な外見。いつも物静かで無趣味。友達は少なく、一番身近な人間は自分だとヘレンは思っていた。
そんな彼が、ひょんなことから急に垢抜けてしまったのである。
きっかけは単純なことだった。
授業中にエディの隣の席の女子が体調不良で倒れ、エディが助けたのである。
その倒れた女子は、明るくて友達が多くて、端的に言えばクラスのカースト上位女子だった。
エディはキラキラグループに見染められ、構われ、髪を切り、一気に上位デビューしてしまったのである。
「はあああぁぁ」
呪詛のように長いため息を吐く。
エディには「幸せが逃げるよ」と言われるだろうが、知ったことじゃない。むしろため息というのは気鬱の吐き出しなのだ。
ヘレンは、自分がエディの一番の仲良しだったという自覚がある。ただの友情ではない。手を繋いだこともあるし、一度だけキスしたこともある。
付き合おう、という決まり文句による契約に至っているわけではないが、自分たちは恋人同士だろうとヘレンは思っている。
正直なところ、エディが素敵であることを知っているのは自分だけで良かった。
友人女子が「暗いよね」「何考えてんだろ」と彼を評していても、それを聞いてニヤけていた。
実はエディってすっごくいい男なのに皆気付かないなんて見る目ないわね、と心の中で悦に入っているのが良かったのだ。性格が悪いことは自覚している。
それが、まさかの上位デビュー。
新たな友達がたくさん出来ても、エディはヘレンのことを蔑ろにはしない。
しかしヘレンは心の奥底で醜い独占欲を抱えていた。
彼には友達なんていらない、私だけいたらいいじゃないかと思っているのだ。
「なに難しい顔してるの」
「わあ!」
いつの間にか隣に座っていたエディに頬をつんと突かれ、ヘレンは飛び上がった。
「びっくりした……、驚かさないでよ」
「ごめんごめん。近寄ってもなんかぼんやりしてたから。何見てたの?」
「べつにー。楽しそうだったね」
口を尖らせて言えば、エディも同じようにする。
「妬いてる?」
「べつにー」
間違いなく嫉妬ではある。エディが他の人たちと仲良くしてるのを見ると、つい不満気な態度を取ってしまう。
エディもそれに慣れっこのはずだ。ヘレンが拗ねて、それを宥めるのが常なのだから。
だが、その日は少し違った。
困ったように苦笑し、そっぽを向くヘレンを覗き込む。
「ヘレンはさ、僕たちの間に明確な結びつきがないから嫌なんでしょう」
「うーん……?」
どうだろうか。ヘレンは首を捻る。
恋人同士だという口約束をすれば安心するようになるのだろうか? 分からない。
「周りから見てすぐに関係が分かるとか、僕たちの間で強固な繋がりがあれば不安にならないんじゃない?」
エディはそう言うと体を寄せてきたので、ヘレンはどきりとして身構えた。
まさか、既成事実を作ってしまおうというのだろうか?
エディを好きだし、そういうことに興味がないわけではない。だが、自分達には少し早いのではないだろうか。
エディはひそひそ話でもするようにヘレンの耳元に顔を寄せた。
「例えばさ、」
「た、例えば……?」
「互いの血を飲むとか」
「…………は?」
予想外にやばいのが出てきて、ヘレンの思考は停止した。
頭の中で言葉を反芻して理解する。先ほどとは違う意味で身の危険を感じた。意味が分からない。エディが突然サイコなことを言い出して怖い。
「ど、どういうこと?」
「家族は血縁という明確な繋がりがあるけど、恋人同士にはないじゃん。だから代わりに」
「怖っ」
「えー、じゃあ、体に互いの名前を刻むっていうのは?」
「いやだよ」
「誰もいない島に移住して二人きりで死ぬのは?」
「エディって普段どんな本読んでるの?」
人の趣味思想にとやかく言うつもりはないが、自分にはハードが過ぎる。
ヘレンが引き気味に顔を顰めると、エディはくすくすと笑った。
「冗談だよ。それよりこれ」
彼がおもむろに上着のポケットに手を突っ込んだので、ヘレンはぎょっとして身を引いた。話の流れから、血液採取のための小刀でも出てくるかと思ったのだ。
しかし、そこから出てきたのは手のひらサイズの小さな箱であった。
「……なにこれ?」
「え、分かるでしょ」
ぱかりと開いた中には、シンプルなシルバーの指輪が鎮座していた。驚いて目を瞬く。
「手、出して」
おずおずと差し出すと、恭しく手を取られて指に指輪を嵌められる。サイズはぴったりだった。
「これで僕たち恋人同士ね。僕もつけるから。そしたら周りから察されるよ」
「ほお……」
手をかざしてひらひらさせてみる。嬉しい。それに今、彼は「恋人同士」と言った。
ヘレンはニヤニヤしそうで唇を噛んだ。頬が緩むのを抑えられない。
今まで明確な恋人じゃないことを気にしていなかったつもりだけど、いざ言葉と証をもらうと、思っていた以上に嬉しいものだった。
「ありがとう、エディ。大切にする」
「ずっとつけててね、ずっとね。あと他に不安を解消できる方法があったら言ってね。僕も考えるけど」
「ありがとう、でも血を飲むのはやだ」
ヘレンがきっぱり言うと、エディは少し残念そうな顔をした。
《 おしまい 》