10 さっちゃんの欲しい物
一時間ほど神と会話をしただろうか。
だが意識を戻すと、「いただきます」を言ってから数秒しか経っていなかった。
さっちゃんが最初の一口と選んだ卵焼きを口に放り込むのが目に映る。
「おいしー!」
空腹も手伝って特に美味しく感じたのだろう。
とても幸せそうな笑顔と白い歯が可愛らしく、連れて目尻が上がってしまった。
(異世界から戻ってきてからは一人を満喫していたが、
やはり一緒に食卓を囲むのも悪くないな)
出会ったタイミングが良かった。
少し前、忙しい時期だったら……いや、やめておこう。
それより魔法の確認と改良をしなくては。
心を落ち着かせ、集中し、食神を想う。
すると脳内に魔法の詠唱文が徐々に浮かび上がってくる。
この浮かび上がってきた詠唱文をそのまま唱えても効果は十分に発揮しない。
解釈ではだめなのだ。
神が何を思ってこの詠唱文にしたのか、言葉の一言一言を理解しなくてはならない。
正解に辿り着くまで何度も神に想いを巡らす。
それは恋人を超える想いで。
――という工程が『正規の方法』であり『道を極める』ことだったのだが、
面倒なので頭に埋め込んである賢者の石を使い、
詠唱の解釈の総当たり自動プログラムを走らせ、
一番効果の高かった詠唱を割り出す方法を異世界で編み出した。
ついでに長い詠唱を省略した『スキル化』も実装。
これにより例えば有名な爆裂魔法の詠唱――
「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう……」
を省き【エクスプロージョン】と唱えるだけで素早く簡単に炸裂をお見舞いできるようになった。
神の元には正しく詠唱されたという信号が届くようになっているため偽装に気づかれることはないだろう。
食神から受け取った魔法も例に漏れず賢者の石による解析を走らせ終えてあり、
あとは命名してスキル化するのみの状態だ。
ラクって素晴らしい。
この快感を得たいがために努力してよかったとしみじみする。
《【マナチェンジ】を作成しました。
スキルを使用すると胃に入った飲食物が魔素に変換されます。
魔素保有量が限界値に達するか自分の意思で効果を切ることができます》
命名を終えると、視界内に完成されたスキルのポップアップ画面が表示されたので、
目を通し閉じる。
これでこの世界で魔法を使う下準備が整った。
私が異世界で蓄えていた魔素は、ダンジョン作成や
五魂合体、先ほどの食神との会話などに使ってしまい、
底を尽きそうだったのでギリギリ間に合わせることでき安堵する。
昇天ペガサスチョモランマ盛り……完成させるのに苦労した…………。
さて、早速このスキルを使ってみることにしよう!
手を合わせ【マナチェンジ】と祈ると、
目の前にそびえ立つ山に箸を突き刺し、大口を開け勢いよく食す。
ガツガツガツガツガツガツモグモグゴクリ――ガツガツガツガツガツガツモグモグゴクリ――
一般人がスコップで作業する中、重機を使い山を崩していく。
そんな別次元の食べっぷりを見せられたさっちゃんは、
箸を止め目を丸くし「えぇ~……」と引き気味にこぼすしかなかった。
――………………
「いっぱいいーっぱい食べたねー!」
「ああ、そうだね。おなか一杯だ」
さっちゃんが言うように、私たちはダイニングルームに
用意された大量の料理をすべて平らげてしまった。
いつもならさすがに完食は無理なのだが、それにはスキルが大きく影響している。
マナチェンジの性能。
予想では栄養と魔素が同時に摂れると思っていたのだが、
実際は胃に入った瞬間魔素変換が行われ、飲食物が跡形もなく消えてしまったようだ。
どれほど食べ続けても胃に重みを感じず、腹も膨れなかったのでそういうことだろう。
ある程度魔素の補充を済ませたタイミングでマナチェンジを切り、
腹を満たすことにしたのだが――
「……………」
よくよく考えてみればこのスキルは食べても太らないということか……?
なんてことだ……最高ではないか!
食べたいけど太りたくない。
青色ネコ型ロボットの道具にもなかった全人類の夢を、
副次的効果で得ることが出来てしまったではないか!
僥倖……っそれも圧倒的僥倖……っ!
魔素の変換効率に若干の不満があるものの、
魔素切れの不安によるストレスから解消。
さらに人を呼び込む“特上の餌”も確保できた。
なぜ人はダンジョンに潜るのか。
面白そうだから? ロマンがあるから? 生き物を倒せるから?
金を持ってる層はそうかもしれないが、大多数は“手っ取り早く稼ぐ”ためだ。
稼ぐために命を懸けて危険を承知でダンジョンに潜る。
それほどの物がダンジョンに眠っているから。
その中でも高額になりやすいお宝は“美”と“健康”に関連する産出物。
美白・増毛・脱毛・身体部位サイズ変更・ダイエット・若返り
・性欲増強・受精率アップ・妊娠時における体調改善・欠損修復
・病気治療・障がい治療・睡眠質向上・記憶力向上・不老不死。
これらの効果があるお宝は、富豪層が金に物を言わせて買い付けるため、
冒険者は十分な見返りを得れる。
もちろん出ると分かれば自分で使いたいがために冒険者になる者もいる。
スリムな体が美しいとされるこの時代、
一日一食や断食など無理してダイエットをする人たちが多いと聞く。
逆に食べ過ぎによる肥満体が問題視されてもいる。
そこでマナチェンジのダイエット効果が広まれば、
幅広い層の支持を得ることが出来るだろう。
(どんどん楽しくなってきたなぁ……っと。腹も膨れたし時間もいい感じだ)
腕時計で時刻を確認すると、これから行くショッピングモールの開店時間を過ぎていた。
「さっちゃん、今からショッピングモールに行ってお買い物をしよう!」
「お買い物!? やったー! 何買うの? 何買うの?」
「まずはさっちゃんの服だね。その後は……何か欲しいのある?」
「えーと、えーと……何か、こう、大きくて、白くて――」
さっちゃんに欲しい物を聞くと、
一生懸命にイメージからひねり出そうと考え込んでしまった。
その姿が可愛らしく見ていてほっこりとしてくる。
口から漏れた情報をもとに推測してみよう。
大きくて、白くて、か。
子供は動物が好きだろうし、大きな白熊のぬいぐるみといったところかな。
思わず飛びつきたくなる大きなぬいぐるみは子供心をくすぐるものだ。
経済的余裕がある私は、白熊以外の大きなぬいぐるみも揃えて驚かそうと考えたのだが……
「――そうだ! 富士山が欲しい!」
「ふ、富士山!?」
想像以上のおねだりに逆に驚かされたのは私のほうだった。
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