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西暦2499年5月3日、インフレを重ねた文明は宇宙開拓にいざ取り掛かろうとしていた。
しかし、その文明はとある一つの平行世界的特異点、通称ダンジョンによって終焉を迎える事になる。
その日に現れた未知の建造物であるダンジョンは、まず第一に人類に更なる発展を齎した。
魔力と呼ばれる新エネルギーの発見。
魔道具と呼ばれるテクノロジーの開発。
魔法と呼ばれる異能の発現。
それらによって繁栄した人類だったが、およそ百年経ってもそのダンジョンの最奥に辿り着く事は出来なかった。
それによって百年の間放置された迷宮主は、ついにダンジョン外への進出を始める。
街は魔物で溢れかえり、その中には到達していない魔物も数多く存在する。
故に化学兵器も、魔法も、魔道具も、通用しない魔物さえ存在した。
凡そ1年かけて、人類はその数を1%未満へと減らした。
と言うのが本来の歴史である。
俺は特殊シェルターの中で最上級のコーヒー豆を挽いて作らせたコーヒーを飲みながら、タブレット型端末でそれを読み返していた。
このシェルターの中で暮らして凡そ400年ほど経過している。
寿命を延ばす手術、そして記憶圧縮措置によって生きながらえた恐らく最も長生きの人類である俺は暇を持て余していた。
ここに居る生き物は俺だけ。
後は機械とアンドロイド。
施設の数は合計で50以上あるが、それも全て遊び尽くしている。
チェスも将棋も囲碁も自己学習する最高難易度のAIしか俺の相手をできなくなるまでやった。
科学や数学、それに言語や芸術、一通りの教育も済ませたし、多分俺は全人類の仲で最も博識な人類だろう。
固有魔法『未来視』という人生で一度しか発動できない大魔法によって、俺はダンジョンの暴走を早期から予見していた。
未来視で得た知識によって金を稼ぎに稼ぎ、このオーストラリアにある大型ダンジョン777階層にシェルターを作った。
その中で何百年も過ごしたのは、世界の情勢や空気が固まるのを待つためだ。
空気というのは科学的な話で、ダンジョン生物には例えば毒を散布する種類もいる。
それらが空気を汚染し、外に出られない状態になる可能性を考慮しての措置である。
正直この設備があれば俺以外の人類も千人くらいまでなら、何とかシェルターで生きながらえさせる事ができたかもしれない。
しかし、その千人をどうやって選べと言うのだろうか。
家族、友人、恋人、悪いが全て俺には居ない。
魔法に目覚めてから俺は魔法科学者という役職に付き、自分の魔法の事について研究を重ねた。
それによって得た未来視の魔法は、世紀の大発見だろう。
それで得た成果を誰のために使おうと俺の自由な筈だ。
しかし、このシェルターで400年も過ごして全く人肌が恋しいと思わなかったかと言われればノーだ。
超人肌が恋しい。
俺の言う事を聞くアンドロイドなんて要らない。
俺の操作で動くだけの機械も要らない。
一人でいい、肉声で話せる誰かが欲しい。
「という事で、外の調査は終わったか?」
俺が何処に居ようとも、俺の声に従ってシステムが自動で解を提示する。
そのシステムは素晴らしいが、俺の求めている人間らしさとはかけ離れた物だ。
「マスターのご要望通り、外の情報を超小型偵察機より所得しております」
「素晴らしい、情報を入れてくれ」
「畏まりました」
今の情報通信方法は文字じゃない。
画像でもない。
記憶だ。
俺の脳内に存在する圧縮記憶フォルダに情報が無線通信でインストールされる。
「マジか……」
インストールされたデータはとてつもなく奇怪な物だった。
変化は大いにあると予想していたが、それにしても可笑しな話が多すぎる。
まずモンスターが生態系を乱しまくったせいで、昔居た既存の動物、牛やら豚やら鳥やらは絶滅している。
その代わり、街中以外は魔物が跋扈しており今の主食肉はその魔物の物であるようだ。
街や主食という話だが、人間は生存しているようだ。
地球上全てを合わせても五億人程度しか見つからなかったけど。
ただ、それがほぼ人間かと言えばそうでもない種族も居る。
人間の魔物の混合種である亜人の存在である。
人間の知能と魔物の身体能力を併せ持った個体であり、国によるが人と言える扱いをされている様だ。
ただ、これはまあいい。
予想していた事ではある。
「しかし、これは……」
なぜかは知らないが、地球の表面積及び体積が凡そ十倍まで膨張していた。
後、太陽が二つに増えていた。
月は三つである。
何がどうなってそうなったのか意味不明だが、ダンジョンかそれからあふれ出て来た魔物の影響で間違いは無いだろう。
ただ、その太陽と月の影響か気温や空気に関しては殆ど変化はしていないようだ。
局所的に理解不能な自然現象が発生している場所はあるが、大半は俺がこのまま外に出ても安全ではありそうだ。
「イデア、転送システムの準備を」
色々と予想外の偵察結果は有ったが、外に出ても問題ないと言うのだから外に出ない理由はない。
友人、恋人、家族、そう言うのを作りたい。
如何に寿命を超越した存在になったとは言え、生存本能や生殖本能が全く萎え衰えたとかそういう事は無い。
自慰行為を助ける様なシステムがアンドロイドについているから、それで発散していただけだ。
それももう限界だがな。
「畏まりました。しかしマスター、ご提案ですが強化手術を行った方がよろしいのでは?」
「うーん、今の俺と外の奴らだとどっちが強い?」
「マスターの魔法技術及び身体能力であれば、殆どの生物よりは強固ですが、しかしごく一部ですが負ける可能性がある存在が幾つか確認されています」
「なるほど、まぁ強さはあった方が良いか。やってくれ」
「畏まりました」
強化手術というのは、400年前にダンジョンを調査する探索者と呼ばれる者達が施されていた手術である。
魔力量増大、身体能力強化、技術力向上。
まぁ、効果は色々だが、強くなるための手術と言える。
「手術室に転移しますがよろしいですか?」
「あぁ」
景色が代わり、俺は手術室のベットの上に横たわっていた。
注射が刺されて、麻酔が効いて来た。
「強制的にスキルを獲得させます」
「武術、体術のインストールを開始」
「ブーストスキルを獲得します」
「スラッシュスキルを獲得します」
「シールドスキルを獲得します」
「バレットスキルを獲得します」
「ヒールスキルを獲得します」
「プロテクトスキルを獲得します」
「バインドスキルを獲得します」
「自動治癒スキルを獲得します」
「痛覚無効スキルを獲得します」
「全スキル一覧を提示」
〈魔力感知〉〈高等魔法〉〈魔力自然回復〉〈不老〉〈健康〉〈ブースト〉〈スラッシュ〉〈シールド〉〈バレット〉 〈ヒール〉〈プロテクト〉〈バインド〉〈自動治癒〉〈痛覚無効〉
「以上のスキルが使用可能になります」
どうやら手術が終わったようだ。
じゃあ次は武器だな。
「イデア、武装を見繕ってくれ」
「畏まりました」
イデアの女性の声がそう返事をすると、今度は武器庫に転移された。
「全武装召喚権限を付与します」
「武装召喚リングを装備します」
「武装召喚リングに基本武装を登録しておきます」
「基本武装の数は合計3つです。思考読み取りで自動召喚されます」
勝手に赤い宝石のついた指輪が装備される。
武器を召喚する時間を簡略化するための道具だ。
「よし、外に行くか」
「転送位置はどうしますか?」
「この周辺で人口が10万人以上の都市で、一目に着かない場所で頼む」
「畏まりました。転送開始します」