100年前の大戦編30 急転
「シャ、シャード様。警戒区域外より多数の魔力反応が侵入。第3防衛線を超えて接近しております 」
魔法警戒盤の担当官が震えながら報告して来る。
「多数ではわからんぞ。せめて概数を報告せよ 」
参謀長は魔法索敵盤に駆け寄り、覗き込んだ。
「なっ……」
参謀長の息が止まる。
「どうした参謀長? 」
参謀長は息を吐き出して報告した。
「警戒区域外から第3防衛線まで無数の魔力反応……反応は増え続けております 」
シャードは遠距離監視部隊に確認する。
「千里眼部隊、どうだ? 」
「ガ、ガーゴイルの大群の飛行を確認。総数不明。そ、空を埋め尽くしております 」
シャードは一瞬考えて参謀長を見る。参謀長と視線があって頷き合う。状況が変わった。
「目標を上空のガーゴイルに変更。魔導砲撃部隊、遠距離射撃準備 。魔法攻撃4から6部隊は遠距離魔法準備、及び1から3部隊は中距離攻撃準備して待機 」
「ガーゴイルの先頭群が第2防衛線を突破して来ました!! 」
「魔導砲撃部隊、魔法攻撃部隊撃てーっ!! 」
ドンドンドンドンと魔導砲が発射され、700人を超える魔法使いから一斉に魔法攻撃が開始される。
空を埋め尽くすガーゴイルの大群に、魔法と砲撃の嵐が突き刺さる。攻撃が当たり次々とガーゴイルが墜落するも、物ともせずに雲霞のごとく増え続けるガーゴイル。
撃て撃てと絶叫する担当官の後ろで、シャードは近づいて来る黒い空を見続けていた。
「ランティ!!あれを!! 」
大蛇の中腹部分まで後退し、空を見上げてガーゴイルを見ていたランティにフィフの声が掛かる。
フィフの指差す方を見ると緋魔牛の大群が左方からフロンテ城の先を目指して爆走していた。
「緋魔牛か!! 」
「城を迂回して前進するつもりの様ですな 」
「えーい、次から次へと……」
頭を掻き毟るランティ。
エルフのサーバンツは弓で、ヴァルグは極炎魔法でガーゴイルを迎撃している。デクストも極炎魔法での迎撃に向かった。
「ランティ、もしかしたら緋魔牛は大蛇への釣り餌かも知れない 」
「……城を迂回させて人族領土内を進ませる作戦という事か? 」
「うん、奴らの目的が人族の壊滅なら、この城に拘らずに人族の本拠地たる騎士王国に攻め込んだ方が賢いと思うんだ……」
フィフが青ざめた顔で答えた。
「それはそうだな…… 」
どうするかと考え込むランティの視界に、フィフの背後から迫り来るガーゴイル達が映る。
「フィフ、後ろ!! 」
フィフは後ろを振り向くと、ポケットから何か取り出してガーゴイル達に投げつけた。
ドガーン!!
飛散するガーゴイル達。
上空を見上げると、ガーゴイルの大群の一部が降下して向かって来ている。
「フィフ、俺たちもガーゴイルを迎撃だ。3人に遠距離は任せて、近接戦で3人をフォローするぞ!! 」
「アイアイサー!! 」
「騎士王、シャード殿、イルス殿 」
エルフの長リアム達が、城壁上で話し合う騎士王達の元に辿りついた。
シャードがリアムに説明を始める。
「リアム殿、事態が急転してしまった。上空からは無数のガーゴイルの大群。左方からは緋魔牛の大群が、城の横を通り抜けようとしている。大蛇はナイト班が引きつけてはおるが、ランティ班は蛇の背でガーゴイルと交戦中だ 」
魔法索敵盤の担当官から悲鳴が上がる。
「ガーゴイルの先頭群が第1防衛線を突破。まもなく城に到達します 」
「参謀長、私は騎士王様、リアム殿、イルス殿と今後の対応について決める。少しの間、指揮を頼む 」
「わかりました。お任せ下さい 」参謀長は強く頷いた。
頷いた参謀長達から離れて4人は向かいあった。
「騎士王様、リアム殿、イルス殿、いかが致しましょう 」
「敵の狙いは人族領。この城を無視して先に進もうとするのであれば、城から出て戦うしか無い 」
「うむ。最終防衛線を騎士王国の城壁地帯まで下げざるを得ない。リヤやティーダ殿達をそこまで連れて引かざるを得ぬ 」
「しかし、この大軍と大蛇を相手に撤退戦は……」
イルスの言葉が詰まる。
「大蛇と敵の一部はこの城の者達で引き付けます。騎士王様達はリヤ様達を連れて撤退を……」
「無謀だよ!!リヤさん達が居なくても結界は張れるにしろ、大蛇や敵の攻撃を長くは防げない 」
「この城には魔族との戦いで家族や故郷を失って、この城だけが帰る場所の者達が3000人ほど居ます。彼らと共に私が残ります 」
「シャードさん……」
「城を出るのも残るのも命がけです。さすがにここまで厳しい状況は想定外ですが、撤退戦の備えは出来ております 」
ガーゴイルに埋め尽くされた空を見るシャード。
「時間がありません。ガーゴイルの先頭群も城を超えて前進しております。先に城壁地帯に到達しないと大変な事になります。撤退準備の為に30分ほど時間を頂きたい。詳しくは幕僚を寄越します 」
「うむ……承知した 」
騎士王は苦しげに返答する。
「私はこれで防衛戦の指揮に戻ります。騎士王様、リアム殿、イルス殿……人々を、世界を、未来を頼みますぞ 」
「シャード殿。感謝する 」
騎士王の言葉と共に3人は深く頭を下げた。
ミズガルノズの大蛇は城を目の前にしながら、小さな人間達に振り回されていた。槍を持った2人を食べようとすると、矢が左目に打ち込まれて、上空から落下して来た人間に頭を叩きつけられるのである。
しかし大蛇は学習する。
次は必ず食べてやると……