100年前の大戦編13 死ぬことは許されぬ
ナイトとリヤ、そしてケンマロが扉をくぐり、真っ暗な世界に吸い込まれた。遥か先に光が見える。3人は光に吸い込まれるようにして出口へと流されて行く。
「ニトラル!!」
ナレジンがニトラルの元に駆け寄ろうとする。
その後ろから追いすがるキュードラとエタール。
ニトラルは最後の力を振り絞り、キュードラ達に向けて雷鞭を放つ。
「雷鞭!!」
「……むぅ……」
「おっと!!」
エタールとキュードラは大きく後ろに飛んで距離を取った。
「許してくれナレジン殿……ちょいと痺れるぞ……」
戻って来た雷鞭がナレジンに巻きついて、そのまま扉に向けて伸びていく。
瀕死のニトラルにエタールとキュードラが迫る。
「死になさい!! 」
「……死ぬがよい……」
「ニトラル!!逃げるんじゃ!! 」
ナレジンが絶叫する。
キュードラとエタールの剣がニトラルの身体を大きく切り裂いた。
傷口から鮮血が溢れ出す。
「ぐはっ!!」
見ることしか出来ないナレジンは、涙で目が霞んで声が出ない。
「あ、あとは頼みました……ぞ……」
ニトラルは小さく呟き、そのまま前に倒れた。
「な、な……」
嗚咽を漏らすナレジンは、雷鞭が解けて扉の前に落とされた。
ナレジンは鬼の形相でエタール達を睨みつける。そしてエタールたちに向けて一歩前に出た。
『ナレジン殿は死ぬ事は許されぬ 』
ニトラルの言葉が頭に浮かぶ。
『カッコ悪くても、皆に批難されても、生きて貰わねばならぬ。誰にも言わず耐えてもらうしか無い 』
足が止まる。
「そうじゃったな、ニトラル。お主はお主の責任を果たした。次は儂の番じゃな 」
小さな声で呟くナレジン。
「何をブツブツと……お死になさい!!」
ネタギーレンの血の鞭がナレジンに襲いかかる。
「紅炎の壁!!」
轟々とした炎の壁がナレジンの前に現れて、血の鞭を燃やし尽くす。
ナレジンは扉に向かい足を入れた。
「……死体を置いていくのか?……」
エタールが囁く。
胸が痛む。胸が痛むナレジン。
「……ニトラルの心は、儂たちと共にある……」
ナレジンは扉をくぐった。
ナイトは暗闇の出口に流されながら、戦いの前のニトラルとの会話を思い出していた。リヤは準備に時間がかかって、まだ来てはいなかった。
『ナイトよ、大魔王との戦いは何が起こるのか全く読めぬ。エタールの奴の情報はとても少ないんじゃ』
『そうだな。まさか大決戦の場に来ずに城に残るなんてな。とは言え、どんな罠が仕掛けられているかわからないな 』
『そうじゃな、だから優先順位をはっきりさせたいんじゃ 』
『優先順位? 』
『そうじゃ、剣の道と同じじゃな。何千、何万回も振り続けた剣筋が、いざと言う時に無意識の最速の剣筋となって窮地を救うように、咄嗟の判断もあらかじめ優先順位をつける事で、死地を逃れる最善の一手になる事があるんじゃ 』
『悩んでる時間が無い場合か……」
『そうじゃ。奴らは時として悪魔の選択を突き付ける。誰か一人の命だけ助けてやるとかな 』
『うん、ありそうだな 』
『守るべき最優先はリヤじゃ、次がお主。儂はいざという時は犠牲になる 』
『何を言うんだニトラル。そんな事出来るか!! 』
ニトラルが厳しい目で見つめてくる。
『奴らの目的は一人だけ助ける事じゃ無いんじゃ。儂らの動揺を誘って全滅させる事なんじゃよ 』
『それは……』
『儂はお主の3倍は生きておる。若者が年寄りより先に死んでどうする。お主には儂より、儂の孫や若い連中を頼みたいんじゃ 』
『しかし……』
『あくまで最悪のケースじゃ。誰も犠牲にならずに済むならそれで良い。最悪を恐れて備えぬよりも、備えて何も無い方が良いじゃろ。奴らに従う為では無く、最後に勝つ為に備えるんじゃ 』
『リヤの事は……』
『儂の目は節穴では無いぞ。お主らが恋仲なのはわかっておる。リヤに何かあってからでは遅い。後悔しても仕切れぬのじゃ……どうせリヤが死んだらお主も死ぬじゃろ。だったら、いざという時はリヤを逃す事を最優先にすると決めておくんじゃ。ただし顔には出してはいかんぞ 』
『俺は勇者なんだぞ、私情で動くわけにはいかないんだ ……』
『構わぬ。人生の大先輩であり、大魔導士たる儂が許可するわい 』
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ナイトの脇に抱えられているリヤの顔に一滴の雫が当たった。
「俺は……俺は自分自身の判断よりも、ニトラルの判断を信じている……だから……」
ナイトの呟きは声にならぬ嗚咽へと変わった。