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機械の右目でなにが見える  作者: 影宮閃
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第十一章 契約者

 魁に手を引かれ、愛子はどんどん入国ゲートから遠ざかっていた。傘の通路を横目に、等身大ロボットの前を通り過ぎ、青白く光る教会も後方へ、レンガのアーチ橋を駆け抜け、ドムトールンの足下までやってきた。

 悪魔に襲われる。

 バルトは近くにいない。

 その恐怖に突き動かされ、魁に導かれるまま、必死になって走った。

 ドムトールンの入り口は閑散としていた。というより、人っ子一人いなかった。もっとも、この時間帯は園内各地でイルミネーションやプロジェクションマッピングのイベントが開催されている。人気(ひとけ)がなくなるのも、不思議ではないように思えた。

 昼間のレストランの前を駆け抜け、大きなホール部分に入った。壁際にあるボタンを、魁が半分殴りつけるように押した。ホールにある鋼鉄の扉が左右に分かれ、十数人も入れる大きなエレベーターが口を開いた。

 やはり、そこにも誰もいなかったが、魁は迷わず乗り込んだ。その手に引かれるより早く、愛子も飛び乗った。


 扉が開くと、そこは展望室だった。昼間に見た園内マップの情報を思い出せば、ここは地上80メートルの高さになるはずだ。ここも、誰もいなかった。そして――営業終了時間なのだろうか――照明が全て落ちていた。

 展望室らしく、視界を遮らぬよう、大きな窓が設けられている。ハウステンボス内全てを見渡せる大パノラマが、目の前に広がっている。下界からやってくるイルミネーションの光が、展望室の窓際だけを照らしている。

「あぁ……はぁ……ここまで来れば……あいつも追ってこないだろう……」

「はあ……んう……はい……」

 それにしても熱い。広い園内の、優に半分以上を走り抜けてきたのだ。愛子は我慢しきれず、魁とつないでいた手を離し、顎先に垂れる汗を拭った。恐怖と安堵がないまぜになり、コートを脱ぐ余裕などなかった。

 無人の展望室にはしばし、二人の荒い息遣いだけが響いていた。



「なぜ貴様がここにいる……」

 バルトの声が、体が、リベルタを握る左手が、自らの意志と関係なく震え出す。

 リベルタの銃口の向こうから、シルヴァが覗き込んでくる。白内障を再現したつもりか、小ばかにしている。白く濁った瞳でこちらを見ている。

 その背後では、縦横無尽に飛び回る水の柱が、七色に輝いている。

「君が我が同胞を片っ端から駆逐するせいで、皆怯えてしまってね……近頃は誰もこっち側に来ようとしない。せっかく〝神童〟を殺したというのに、全くの逆効果だ」

 エル・クンバンチェロがフルートとピッコロ、クラリネットのパートに入り、水の動きも控えめになった。辺りはひと時の静けさに包まれた。

 静寂の中、シルヴァは杖をしきりに握り、こう語る。

「だとすれば、こう考えるのが自然ではないかな……?神童の唯一の肉親を殺害すれば、わずかに残った君の使命感も、徹頭徹尾消え去るのではないか?それは同時に、我々にとって、向こう百年、恐れる理由が微塵もなくなることを意味するのではないか?」

 静けさの後に待つは音の爆発だ。トランペットが、トロンボーンが、サクソフォンが……バルトのはやる気持ちをさらに駆り立てる。狙いすましたかのように、シルヴァが早口でまくし立てる。

「そして、あぁ礼を言おう。君がそんな右目で龍の座に居座ったおかげで、神代愛子は死ぬ!

神童を四度も排した名家が!君のせいで滅びるのだ!」

 冷静沈着な彼がここまで頭に血を昇らせることなど、未だかつてなかったことだ。

 バルトは引き金を引いた。

 心の底から、シルヴァを殺してやりたいと思ったのだ。

 だが、ミリオンセラーの側面には、一つの光も宿っていない。周囲は光で満ちているというのに、皮肉なことだ。

 シルヴァは目を細め、満足そうに口の端をひん曲げた。

「どぅぉしたぁ……俺を滅ぼすために、取っておいたんじゃないのか!」

 足下から巨椀が飛び出し、バルトは空中へ打ち上げられた。




 まるで、局所的な地震に見舞われたようだった。入国ゲート付近に閃光が走り、地響きがはっきりと聞こえた。愛子は思わず魁にすり寄ってしまい、魁は、優しく肩を抱いてくれた。

「もしかして、彼かな……」

 肩に添えられた魁の手が、ふいにきつく締め付けられた。愛子にも、バルト以外考えられなかった。

「大丈夫ですよ……バルトは、強いから……」

 魁の手に、より強い力がこもった。

「あぁ、そうだな……夢見の、執事なら……」

 入国ゲート付近で再び閃光が走り、展望室の窓ガラスがカタカタと鳴った。

「センパイ――」

 愛子は魁の胸にすがりついた。すがりついて訴えた。

「――センパイはあの時、見てましたよね。バルトが悪魔をやっつけるところっ……見てましたよね!」

 どうしても確認したかった。バルトの言っていたことが嘘であって欲しかった。魁は優しくて、頼もしくて、ひとりぼっちの自分を、初めてまともに見てくれた人だ。そう信じたかった。

「バルトは、センパイが気絶してた、って言うんです。見てるはずないって。だから、センパイに気をつけろって……そんなことないですよね?センパイはいい人だし……ホントはこっそり見てたんですよね!そうですよね!?」

 愛子は、魁の黒い瞳を穴が空くほど見つめた。こんな暗闇にあっても、彼の瞳は正義の光を宿しているように思えた。

 当初は困惑の表情を見せていた魁だったが、短い吐息を挟むと、柔和な笑顔になった。

「まったく、彼には敵わないな」

 その瞬間、愛子は両足の力が抜けるのを感じた。立っていられるのが不思議なくらいだった。

「あぁ、見てた」

 何度目かの閃光が走り、魁はちらりと窓の外を見た。顔の左半分だけが照らされ、真っ白になっていた。

「彼が……空を飛んで逃げようとした悪魔を追いかけて……飛び上がって……羽を切り裂くところも、ちゃんと見てた」

 もう一度こちらを向いた時、魁の顔は不気味な笑みに包まれていた。

 お面を貼り付けたような、作り物の笑みだった。

「だって――ミリオンセラーがもう撃てないって、確認しなくちゃいけないだろう?」

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