幽言部屋 その5
「先生、ご意見欲しいです」
――では先ずは、此迄に得た話を整えるとしよう。
「はいぃ。まず、この部屋では、うっすらした色しか見えませんでした。でも、なんだか変な感じはしました。
それと、声の聞こえ方。御堂さん…依頼人が聞いた声は、『この部屋から』と感じる聞こえ方にも関わらず、普通にこの部屋で出した声の聞こえ方とは違ったようです」
――続けて。
「昨日は何もなかったそうです。まりもさんはなにもなし」
――では、キミの思い付く限りの可能性を挙げてみようか。
「見えた色は薄かったし、まず思い付くのは、霊的な出来事はなかったという可能性。
次に、昨日祓ったものが原因だった可能性。
あとは、御堂さんを狙って攻撃をしている可能性。
あと、これは後で確認しますけど、御堂さんの部屋に理由がある可能性」
――差し当たっては全てかな?
「うぅん、そですね、わたしが思い付くのは」
――では一つずつの検討を進める所ではあるけれど、四つ目、隣室については後程確認すれば良いだろう。続き三つ目、攻撃の可能性は、併し此の是非を考えるにも、今は些か情報が足りていないね。
「そですね、今日の夜を待つとして、今は他を優先します」
――では二つ目、昨日キミが祓ったものに因るという可能性。祓う前にキミが視たのは如何なモノだったかな?
「そのものと言うよりは、縁って感じでした。実際あっさり祓えましたし。でも、じゃあその縁を頼りに来てたってこともありますね」
――であれば、今まで部屋以外で現れたことは有るのかい?
「あや、そっか、そゆ話は聞いてないですけど、部屋以外の場所で御堂さんの前に出てきてもおかしくないですよね。あやや、てなると、隣の部屋に、『ただいま』って来るのは変ですね」
――言葉については、宿主の思考に因る言葉ということも考え得るが、隣の部屋というのは些か妙というものだ。
「宿主の思考にっていうのは、昨日の話の?」
――その通り。
「でも、それを拡げて考えると、例えば昨日祓ったそれが呼び水になって御堂さんが生み出した…とか」
――彼の霊的素養は、それが可能なほどなのかい?
「むぅ、確かにそれはなさそですね。祓ったアレは大したことなかったので、それを基に何か生み出すなら、とんでもない力と思いますけど、視た限りは霊的素養はほぼなさそでしたし」
――では一つ目、何もなかった可能性については、疑問は?
「聞いた声はなんだったのか。一昨日のは夢だとしても、それまで何度も夢を見るのは不自然です。それから、部屋で感じた何か。弱いけど霊的な色は視えましたし」
――感じた其れと視えた其れが同じものとは限らないがね。
「え、あ、そか。そですね」
――では、声の聞こえ方に、君は何を見る?
「肉声でなく…昨日の話の、想いを自分の頭の中で言葉にしたもの、という印象です。『隣の部屋からの、ただいまという声』だと想像した声」
――だが、其れが誰れの想いかは未だ判らない。
「はい…あ! そか、御堂さん本人の思い込みかもしれない」
――続いて、君が感じたものとは。
「んと、空気が重いとかそういう類いで……。そいえば、来利ちゃんも御堂さんも感じてました。じゃあやっぱり、霊的現象じゃない? うーん、でもじゃあ……」
――其れを物の理で起こす術はそう難しいものでもないね。例えば音。
「何も聞こえなかったですけ……あや、そか、聞こえる音でなくて、低周波」
――其の可能性があるのなら、君がすべき事とは何だろうか?
「音が出てるかを確かめる。うぅん、りくねちゃんで判るかな……。後でやってみます」
――そして、色は。
「薄くて、具体的に現象が起きるほどじゃないと思いました。感の強い人…有川さんとかくらいなら、感じるものがあるかもくらい。なので、やっぱり違和感とは関係なさそです」
――その性質はどのような物だったかい?
「んんと、どっちかっていうと、暖かい……? 悪いものではないのかも。でも……うぅん」
――それが原因で無いとして、ならば逆は。
「逆……? 音が視えたってことですか? んん、でもみぃこちゃんは共感覚とか無いですし……」
――此処は“想いが叶う島”。
「あやや! 低周波を霊的なものと思い込んで、その想いが場を作っている……?」
――視点として、持つ可きだろうね。とは言え、此れには3つ疑問が在るが。
「疑問……素養の無い御堂さんだけの思い込みで、そんな場ができ……御堂さんだけじゃない可能性が?」
――彼は此の部屋に入った事が?
「え、そか、低周波を霊的なものと思い込むには、もちろん部屋に入らないとですね。じゃあ、前の住人とか……」
――時期と切欠が多少奇妙に思えるが、有り得ないとも言い切れない。併し何れにせよ、未だ可能性の一つに過ぎない。2つ目は。
「んと…暖かい感じ、悪いものではなさそうな感じになるのは、つながらないですね」
――そして最後、此れが結局の所、最も大事な事なのだが――
「うぅん、何でしょか」
――キミの説明す可きものは、其の色ではないと言う事さ。
「あやや、そでした。声の方が問題ですね。場から影響を受けたにしても具体的ですし」
――故に見込みは薄い。だが、無いと断ずるにはもう一手足りないね。さてでは、まとめると?
「ええっと、夜にまた声がしたら色々確認するのは勿論として、
りくねちゃんで音の確認をする。
御堂さんにはもうちょっと詳しい話聞きたいですね。
前の住人の話も聞きたい。
あと一応、御堂さんの素養をも一回視てみます。あ、もちろん部屋の確認も。
それにしても、結局まだまだ何も判らないって感じですねぇ」
――現し世は推理小説とは違うもの。登場人物の括りも無ければ、誰かの決めた十の戒めもない。然れば世の総てから、解を探すしかないものさ。
「あやあや、世の総てと比べたら、それなりに絞れてる気がしてきました」
――其れと一つ。
「あや、何でしょか……」
――凡てが嘘の可能性も、心に留めて置くと佳いだろうね。
「え、ええ、嘘、ですか? でもそんな理由は……」
――探偵ならば、依頼人の嘘と言う可能性は心の隅に留めおく可きと言う話さ。だが理由を求めるのなら、か弱い少女を騙す由など、幾らでも有るだろう。
「あ……」
――なに、今慌てることでもないさ。
「は、はい。少し、焦っちゃいました。だいじょぶですね。でも、そろそろ戻ります」
――ああ。併しその前に、此処です可き事を
『きゃあ!』
隣の部屋から悲鳴が響く。それは来利ちゃんのものだった。