表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

幽言部屋 その4

挿絵(By みてみん)


雑多な人種のこの島でも、小上海(リトルシャンハイ)(リトル)ロンドンと偏りはあるものだけど、この第3区は狭い範囲に雑多な人種が集まってる。


「紬、この部屋?」


その第3団地の西棟で一室を指し、来利ちゃんは聞いてきた。


「えと…3の西203。うん、そだね」


部屋番号を確認し、呼び鈴を押すと、ブザーの濁った音が、扉の向こうで鳴るのが聴こえた。


元が装飾豊かなデザインの、事務所のある第4区の建物たちとは違っていて、第3区にあるこのマンモス団地、簡素で秩序的な建物に、人の雑多な生活感の混沌が積まれてる。

とはいえスラムの第1区に比べたら、秩序が基盤にあるんだけど。

向かいの棟を眺めながら、そんな事を思っていたら、扉を挟んだ向こう側から(いぶか)しがる声がした。


「どちら様?」

「あや、月乃木です。御堂さんのお部屋ですよね?」


振り返って返事をすると、扉は()ぐに開かれた。


「やー、わざわざどうも! 制服じゃないし後ろ向いてたから、わからなかったよ。それ、いわゆるルネモガ風ってやつ? こっち来て初めて見たけど、かわいいよね!」

「あやあや、ありがとうございます」


いきなり(まく)し立てられ一張羅(いっちょうら)を褒められて、戸惑いながらお礼をしてたら、来利ちゃんが「こほん」と一つ咳払い。


「ええと、こちらは?」

「富良永来利といいます。紬の助手兼保護者です」

「あやや、その、ちょっとお手伝いをお願いしました。あ、個人情報の保護とかは……」

「あ、もしかして、昨日喫茶店にいた人!? 関係者だったのか!」


その言葉に驚いて、来利ちゃんと、思わず顔を見合わせる。


「え、え、なんで? 昨日はあいさつもしてないのに」

「人も少なかったしね。探偵事務所なのに喫茶店ってことで、どんな人がいるか気にしてたし」


切羽詰まった様だったのに、あるいはだからこそなのか、よく観察してたと感心する。

一方の来利ちゃんは、ちょっと怪訝(けげん)な顔をした。


「ふーん。……で、紬?」

「あ、うん、えと。ということで、お願いします」

「いやいやいや、こちらこそ。あ、取り敢えず中へどうぞ。にしても大きなバッグだね」


中へ(うなが)されたけれど、それよりまずは。


「あ、いえ、早速、お隣を調べたいなーと」

「お、いきなり? じゃ、管理人に鍵借りに、一緒に来てくれないかな。探偵がいないとダメだって言われてさ。あ、荷物だけ置いていく?」

「いえぇ、大丈夫です、持ってます」



管理人さんから鍵を借り、さていよいよ件の部屋へ。部屋番号は204。


「ふーん、なんかフツー」


入って直ぐ広い部屋、何もないけど居間のはず。その脇に台所。奥には扉、多分寝室。トイレとお風呂は共同のはず。

打ちっぱなしのコンクリートに剥き出しの配管にと、無骨ではあるものの、この団地なら、それは特段気にすることでもないわけで、一見確かに普通の部屋。

だけど、


「んん、だけどなんだろ、なんか変な感じしない?」

「え、富良永さんも? 僕も、ドア開けた途端、こう、重い感じっていうか……。これ、入って大丈夫なやつ?」


玄関入って直ぐのところから、二人はわたしの顔を見る。

そのわたしは既に部屋まで入っているけど。


「来利ちゃんが感じるって珍しいねぇ」

「確かに。あれー、アタシも美少女JK霊能力者の仲間入りってこと!?」

「待って待って、じゃあ、霊感ない二人が感じてるってこと? それってすごいヤバいってことなんじゃ……」


確かにそうかもしれないけれど、わたしが入って感じてるのは、そんなに強い圧でもない。

とはいえわたしも素のままだったら、そんなに霊感強くもないけど。でも人形使えば、話は別。


「うーん、取り敢えず見てみますね」


鞄から、みぃこちゃんを取り出しながら、ふと聞き忘れたことを思い出す。


「ところで、昨日は大丈夫でした?」


目の前に現れたのは一昨々日。だけど2週間ほど以前から、毎晩のように夜の8時、声が聞こえていたという。


「あ、そうそうそう、昨夜は何もなかったんだよ! もらったこのお守りのおかげだね、助かったよ! 見た目はちょっと怖いけど。これ、蜘蛛? 男の蜘蛛っていうと、土蜘蛛とか」

「いえぇ、蜘蛛ですけど、神話とか妖怪とかのってわけじゃないです。ただ、蜘蛛って言うのがしっくり来ただけで。でもなんにせよ良かったです」

「しっくり……なるほど」


“護る子”のまりも(・・・)さんが効いたのか、それとも単に何もなかったのか。

まりもさんを見て判るので、後で確認してみよう。


「じゃ、()ずここから見てみますね」

「あ、そうそうそう、そういえば、その人形は千里眼とか透視みたいなこともできるの?」


みぃこちゃんに集中しようと眼を閉じたら、御堂さんに質問される。


「いえぇ、みぃこちゃんは、目の前のものしか見えないですね。霊的なものなら、物の向こうのなんかも見えることもありますけど」

「ってゆーか紬の集中邪魔しないでくださーい」

「え、あ、ああごめん、そうだよね」


来利ちゃんに(いさ)められ、恐縮してる御堂さん。ちょっと厳しい気もするけれど、正直言えば助かりもする。

気を取り直し、みぃこちゃんを前に向け、わたしは静かに目を閉じて、そして別の視界を広げる。

部屋全体が、薄い紫。

少しだけ、引き寄せるような何かはある。

とは言っても、それだけで何かが起きるほどじゃない。

そういう濃度。


わたしは首をかしげつつ、視界を自分のものに戻す。


「んっと、少しだけ、それっぽい場にはなってますけど、少なくとも、今は居ないですね」

「やっぱり幽霊は昼間は出てこないってこと?」


目を輝かせる御堂さんに、来利ちゃんが横から答える。


「そーゆーんだったら、紬なら見えるよねー」

「はいぃ、昼間出ないっていうのは、どっちかって言うと『眠ってる』みたいなのが多いんですけど、この部屋にはそれはなくって」


「へっえー。でもじゃあ、霊が集まりやすい、霊場とか霊道とかそういうやつ? それで、ただいまっていってるし、浮遊霊が、毎晩帰ってくるみたいな? ってそれは浮遊霊なのか?」

「そっか、ただいまって帰ってくる子供なんだっけ……」


そう言って、来利ちゃんの表情に少しばかりの陰が差す。

ただいまと言ってたのは、確かにとても気になる点。


「うーん、そこまで強くないというか、普通の人ならなんにも感じないくらいのはずなんですけど……」

「やっぱり美少女霊能力者になっちゃったかー」


あや、略して残るのそっちなんだ。

異論は全くないけれど。


「んと、子供の声が聞こえるようになったのは、2週間くらい前からというお話でしたっけ?」

「僕が聞くようになったのはそんなくらい。それ以前の話だと、管理人に聞いても知らないっていってたけど、あの管理人だから知ってても言わないかもね」


管理人さんはロシア系の中年男性。洒落(しゃれ)っ気のない服装と、わたしを見る目からもわかったけど、面倒事が嫌いそうで、何かあったときのためか、探偵免許のコピーもしっかりとられた。

そもそも幽霊騒ぎなんて、団地側は迷惑だよね。

だけど空き部屋といえ調べるのに、付き添って開けるのでなく、鍵を貸してくれたというのは、意外と協力的なのかも。

付き添うのが面倒だったのかもしれないけど。


「でも、昨夜調べただけだと、この部屋は、事故とかそういう曰くがあるわけでもなかったです」

「うんうんうん、そもそも、前の人たちが出てったのは2ヶ月くらい前だから、僕も一応面識有るんだけど、普通にしてたっていうか、むしろ明るいくらいだったよ」

「うぅん、だからここに縁のある、最近霊になりそうな元住人はいなさそうなんですよね」

「ふーん。じゃ、近くの幽霊が勝手に住み着いて、シェアハウスしてるとか?」


思わず小さく吹いてしまう。

一家の霊だと哀しい事件が思い浮かぶけど、別々の霊のシェアハウスなら、死後の世界も楽しそう。

そんな突飛な表現には、来利ちゃんの優しさが見える。


「そういうのかもしれないけど、でも毎晩引き寄せるにしては薄い気が……」

「ってことは、結局?」


御堂さんが首をかしげて訊いてくるけど、わたしもまだ答えはない。と、


「じゃー、いないんじゃない?」


当たり前のような顔の来利ちゃん。

驚いた顔の御堂さん。


「いやいやいや、あれはガチだったって!」

「んー、でも、ごめんなさい、気付いたら朝だったんですよね? ってことは、夢オチってパターンもあるかなーとか……」

「え、えぇぇ、うーん……。いや、そうだよ! 昨日のあれ!」


訴えかけるような瞳をわたしに向ける御堂さん。


「あ、はいぃ。何か霊的なものに触れたのは間違いないかと、ただ、全然別のところでって可能性もないことはないです」

「え、なにそれこわい」


職場だとか買い物だとか、知らず知らずに()くことだって、それ自体はよく有ること。

でも知らない間にだとしたら、確かに尚更怖いかも。


「あやや。可能性は高くないですけど、逆にそれが憑いてたから聴こえたってこともあるかなぁって。でもそれならもう払いましたし」


原因が判らなければ、また憑くこともあり得ますけど。

少し安心を見せる御堂さんを前にして、内心そう付け加える。


「あ、もしかして、ここじゃーなくて御堂さんの部屋に居るんじゃない? うっすいのは、本体は隣だからーみたいな」

「え、まって、よけいこわい」

「そですね、御堂さんのお部屋も調べないと。でもその前に、まりもさん…“護る子”も確認したいです。それと……」


一つしたいことがあるなぁと、御堂さんの部屋との境の壁を見た。


挿絵(By みてみん)


『聞こえますかー』


203号室で耳を澄ます御堂司と富良永来利に、月乃木紬のその声はしっかりと届いていた。

部屋の奥に届かす程度の大きさでそういってから、《聞こえた?》と来利ちゃんにLINEを送る。

部屋の奥に進んだ頃に、来利ちゃんから返事が来た。


≪聞こえたけど、聞こえ方違うって挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

(何故ペンギン……?)


司が来利と紬のスマホでのやり取りを横から見つつ、本題とは無関係なところが気になっていると、すぐに紬から返事が来た。


≪違うって、方向?≫

「って来ましたけど」

「あ、うんうんうん、確かにそうかも。今の声は玄関の方から聞こえたけど、何時もの子供の声は、うーん、何て言うか、『隣の部屋から聞こえた』っていうか……」

「うーんとつまり……」


思案するように、来利が唇に指をあてたとき、


『今度はどうですかー』


壁越しに、紬の声が聞こえた。


「こういう感じ?」

「え、あ、いや、もっと玄関の方からなんだけど、隣の部屋からっていうか……」


説明に窮する司の言葉に、来利は口を尖らせながら、手早く文字を打つ。


≪なんかよくわかんないこといってる挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん) 玄関だけど部屋だとか挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

「よくわかんないことって……。やぁまぁそうだけどさ」


来利の横からスマホを覗きこみ、見えた文字に司は苦笑する。


「ちょーっ! 勝手に! のぞかないで! くださいっ!」

「え、ああ、ごめんごめん、さっき見せてくれたから、いいのかなと思って」


来利の非難の目に気圧された司を救うように、LINEの通知が来利のスマホを揺らす。


≪解んないけど解かった。ちょっと先生と相談してからそっちいくね≫


よやくとうこう を おぼえた!


……できてる?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ