幽言部屋 その2
「月乃木探偵社へのお客様ですね。それでは、こちらのテーブルへどうぞ」
うちのお客への応対は、初めてのはずの有川さん。だのに欠片の戸惑いもなく、手馴れた風で案内する。
「マジ? マジで紬にお客!?」
「うん、そみたいだね。びっくりだね」
驚く様子の来利ちゃんに、返すわたしも吃驚してる。
「良かったじゃん! あ、じゃあお仕事だね!」
「あ、うんごめん、いかないと。お煎餅よかったら食べて」
「うんうん、あ、晩ご飯どーすんの?食べに来る?」
「えっと、お仕事次第かな……」
「わかったー。あとで連絡してねー」
そう言ってくれる来利ちゃんに手を振って、お客さんが案内された奥の席へ。
洋風が基礎の内装に、奇妙なマッチを見せている中華風の屏風の向こう、入口の方からは少し見辛い場所の席。
途中すれ違った有川さんは、大体頭一つ分、身を屈めて顔を寄せて、わたしに耳打ちをした。
「ツいてるかも」
お客さんがお金持ちで運が良い、という意味ではなさそう。だとすると。
それはお話聞きながら確かめよう。
そしてお客さんの席の向かいへ。
アジア系の男の人で、20代前半かな。ちょっと人懐っこい童顔は、欧州系には子供と思われそう。
歩くところを見ていた限り、168センチの来利ちゃんと同じくらいの身長で、運動はしなさそうな細身の体躯、柄物のTシャツと橙色のYシャツを着て、ジーンズを穿いている。
純日本人っぽいし服装からしても、もしかしたら本土の人かも。
切羽詰まった表情ながら、萎縮はしてない様子から、結構自分を持ってるタイプ。
「こんにちは。月乃木探偵社社長代理の、月乃木紬です」
お客さんに挨拶をして、椅子に腰掛ける。
するとそのお客さんは、きょとんとした表情を見せ、
「あはははは! さすが篝間!」
一拍置いて笑いだした。
「そういうこともあるのか! 女子高生探偵、しかも社長って!」
「あ、えと、社長代理です。社長はちょっと休養中で、娘のわたしが代理してます。あ、でも他にも人はいるし、わたしも一応免許持ちなので……」
探偵を頼りに来れば、セーラー服の小娘が社長代理を名乗ってる。それじゃ呆れて当たり前。やっぱり辞めたとなりかねない。
わたしは慌てて取り繕う。
ところがそれは逆効果。笑顔が消えて不安な顔に。
「え、社長が休養中!?」
「はいまぁその」
「……じゃ、じゃあ、フォード邸事件を解決した人は……」
「あ、それは父…社長もいましたけど、主にわたしですね」
お父さんと一緒の仕事を含めれば、扱った事件の数は、一応は片手以上。
その内一つがフォード邸というお屋敷で起きた事件。
「ああ、うんうん、なら良かった……。じゃ、ああいうのは得意分野ってことで大丈夫……?」
「ああいうの」とは、オカルト絡みということかな。件の事件はそういうのだった。
「あ、はいぃ。わたしはそゆの担当で」
わたしの言葉に、安堵を浮かべるお客さん。
「いやいやいや、すごいね。しかも娘さんとはいえ社長代理って」
「あやや、その、色々と事情がありまして……。そんなこんなで、お話伺うのはこちら間借りさせてもらってる状態で。あでも、他の人に聞かれたくないってときには場所変えますので」
「あー、いや大丈夫。しっかし事情かぁ。ああいう事件を扱うとこだし、色々あるんだろうな」
間借りの事情のことならば、大した事情じゃないけれど。
「えと、それじゃ、お話伺いますね。ええっと……」
「あ、ああ、御堂。御堂司。半年ほど前にこっちに来て、フリーターやってる」
「ああ、やっぱり本土の方でしたか」
「そうそうそう。って、やっぱりわかる?」
「純日本人っぽかったですし、あと服装が本土っぽいかなぁと」
わたしも純日本人ではあるんだけど、でもこの世代の島出身なら多分6,7割が混血の人。
「あー、服装は確かに、ここ変わってるよね。日本…本土もオシャレな人が多いなんて言われるらしいけど、この特区はそんな比じゃなくオシャレっていうか」
「そういうものでしょか」
本土より島の方がお洒落なんて、来利ちゃんが聞いたなら複雑な顔をしそう。
「民族衣装だったり、レトロ感あったり、本土じゃコスプレになりかねないのを着こなしてるっていうか、もう日本だけど日本じゃないって感じがすっごいね!」
「なるほどぉ……」
どうにも褒められてるのか判りにくくて、曖昧な顔になってしまう。
「あ、もちろんいい意味だよ! 異国感を期待してここに来たから、本当期待通りだったよ!」
と笑顔で言ったと思ったら、ふっと真面目な顔になる。
「で、今回ここに来たのは、それが期待以上だったって話なんだけど……」
そんな切り出しで語られたのは、集合団地の怪奇譚。
空き部屋から、夜な夜な聞こえる子供の声。姿も見えず声だけがする。
その声に、声をかけてみたならば、現れたのは黒い影。それに触れられ気を失って、起きたときには陽は傾いて。夢だったかと思っても、散らかった部屋は現実だったと語ってる。
そんな部屋で夜は明かせない。ネットカフェで一泊し、その時ウチを調べたと。
「半信半疑だったけど、ここじゃ本当にいるんだなって!」
興奮気味に語るのは、本土の人だからこそかも。本土では、超能力も幽霊も在るわけ無いと言われるくらい、滅多に無いものだとか。
とはいえこの街の住人でも、信じてない人はいるんだけど。
「はっきりした被害はないんですね」
「ああ、うん、まあそうなんだけど……僕は霊感とかないから、自分じゃわからなくて」
「はいぃ。じゃあまずその辺を」
わたしはそう言い、仕事用の鞄から、手縫いの人形を取り出した。
目は水晶、背は15センチくらいの、女の子の人形を、テーブル上にちょこんと乗せる。
「それは?」
「みぃこちゃん、“見える子”です」
それだけ告げて、静かに目を閉じる。
瞼の裏の世界から数瞬。みぃこちゃんとの繋がりを感じ、視界は暗転、そしてぼんやり光がにじむ。それは橙色した人型で、だけど赤が侵食している。
「左の二の腕、違和感ありませんか?」
そう言いながら、今度は“祓う子”を取り出した。
「え!? い、言われてみれば少し……。それは?」
「そうたくん。“祓う子”です。少しだけ熱いかもしれないです」
「え!? いや、まっ、や、わかった。うん」
覚悟を決めて目を瞑る御堂さん。
その腕に、そうたくんでそっと触れて、わたしも目を閉じ、そうたくんへ意識を繋ぐ。
繋がりを感じたら、そうたくんはテーブルに、そしてわたしは腕を広げて一呼吸。
「お願いね」
一言告げて、心を整え集中し、自分が満ちるのを感じたら、
それをすべて放つように、柏手を一つ打つ。
「…………ふぅ」
ゆっくり息を吐きながら、目を開け前を見てみれば、御堂さんは目を丸く見開いていた。
「終わったと思いますけど、も一度見ますね」
「え、あ、ああ……」
呆気な顔の御堂さん。
一方わたしはもう一度みぃこちゃんへ。
その目で御堂さんを見てみれば……よし、大丈夫。
「大丈夫そうですね。お加減どうですか?」
「ああ、うん、一瞬熱かった気がするけど、今はむしろ軽くなった、かな」
まだ少し呆けた顔で、確認するよう腕を回す。
「それじゃ、やっぱりその、ガチでそういう類いってこと?」
「そういう…うんと、そですね、所謂オカルトの類いの影響を受けてました」
「は、はは。そっか、ははは! でも今ので祓えるんだ! 柏手は邪気を祓うとは言うけどすごいな。っていうか、神職風の人形だし、月乃木さん神道系なんだ、もしかしてどこかの巫女さんだったり? あ、でも人形を使うって言うのは陰陽師の式っぽさもあるね、神道じゃなくて陰陽道?」
むしろ何かが憑いたように、突然早口で喋り出す。わたしは少し圧倒されるも、気を取り直して答えを返す。
「……あやあや、特にしっかりした何かの系統って言うわけでもなくて、色々ちゃんぽんした……独自のです」
「え、そうなんだ、それは……割とそういうものなの?」
「うぅんと、勿論お坊さんとか牧師さんとかは、その宗教宗派の方法でやると思いますけど、あでも、その信者さんしか相手にしなかったりするみたいですね。特に牧師さん」
「うんうんうん、成程そうか、信者なら思い込みで効果があるってことか。やっぱりとなると……いやじゃあつまり……」
考え込んでる御堂さんに、話を進める訳にもいかず、お店の時計に目を向けると、有川さんが目に入る。
身振りでサインを送ってた。
「あや! すみません、最初にお見積りとかそういう話しないとでした。なんだか勝手にご依頼受けたつもりになっちゃって、勝手に祓っちゃって……。ごめんなさい」
久しぶりの依頼人に、どうやらわたしは浮かれてたらしい。
反省で俯いてると、御堂さんは苦笑してからこう言った。
「いやいやいや、依頼するつもりだし。と言ってもフリーターで払える範囲のお金でお願いしたいけど」
絵文字的なものは、挿絵として作って表示してる次第です。
フリガナはどういう基準でつけようかなぁ
あ、R15になってるけど、この幽言部屋についてはそゆシーンはないです。多分。
でも次の話とかでもしかしたらあるかもしれないなーとつけています。