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幽言部屋 その1

初夏の陽も隠れ、街灯の白光が薄闇に浮かぶ時刻。打ちっぱなしのコンクリートの、やや武骨な趣の団地の一室に、一人の男が隣室の様子に耳を澄ませていた。


「今まで通りなら、そろそろ始まってもいい頃のはず……」


その男、御堂司(みどうつかさ)の心臓は、期待と少しばかりの恐怖に、高鳴り始める。

この“特区”に来て半年あまり。

日本国領土でありながら長らく日本の支配下になかったここ(・・)に、“本土”ではできないような体験を求めてやって来た。

その一つが、今、隣室で起きているのだ。


『ただいまーっ』


隣室から聞こえた、この時間に帰宅をするには幼い子供の声に、司の心臓は跳ね上がる。


「お、おかえりっ」


上擦った声で、隣家に帰ってきた見知らぬ子供の声に返事を返す。通常であれば不審者と言われるような行為。だが。


『おとーさん、今日のごはんなーにー?』


父親に向けるその言葉は、しかしはっきりと、司に向けられたと判る声だった。

予想をしていなかったわけではないが、それでも上げそうになった悲鳴を、司は辛うじて抑える。


「ご、ごはん? いや、ええっと……」


動揺の中、言葉を返そうと必死に料理を思い浮かべるが、思考が纏まらず数秒の沈黙。


『やったー! ハンバーグ!』


にも関わらず、誰かの返答を受けたような声が隣室から返ってくる。


「えっ……」


驚き。そして込み上げる恐怖。


『ひき肉こねこねハンバーグゥ! ぼくもおてつだいするー!』

「まっ……」


込み上げた恐怖を、別の戦慄が塗りつぶし、慌てて傍らに置いていた清酒の瓶に手をかける。その時。


「どうしてー?」


その声は、すぐ目の前、即ち冷たく固いコンクリート壁のこちら(・・・)側で聞こえた。


何故。さっきまで壁の向こうだったのに。隣の部屋からの声だったのに。いつ壁を。

いや違う。いない。声の主は見えない。この部屋にいないのだ。ならば何故声が。この部屋には自分以外いないのに。


いやそもそも、隣の部屋には()()()()()()()()()()


誰もいないはずの隣室から、毎夜聞こえる子供の声。磨りガラスから中の様子を窺うも、灯りも点いていない。

ここには非日常を求めてやってきた。だからこそ、準備を整え試してみた。ならばこれは期待通り。

そう、期待通りのはずだ。準備もしている!


手にした酒瓶から酒を撒き、教会でもらった聖水も撒く。

そして懐にしまっている御札を取り出そうとしたとき、目の前にそれ(・・)はいた。


「どーしたの?」


黒い靄でできた、子供のような何か。

その何かが、司へと手を伸ばした。



日本海に浮かぶ島、篝間島(かがりま)

人口約420万人、面積約640平方キロメートル。戦後長らく、米英露による合同統治という特殊な状況下にあった。


三国が牽制しあったため、自治政府の統治力は弱い一方、自由競争の場として企業が大きな力を持つに至った。


その結果の“自由”は、多くの夢を集めると共に、ある職業を、世界的にも類を見ないほど一般的なものにした。

即ち、多くのしがらみにとらわれた警察当局に代わる民間の捜査組織、探偵である。


だが、20世紀最後の終戦記念日に日本に返還され、即ち日本政府の統治下となり約20年、今尚探偵の数が増えこそすれ減っていないのには、もう一つ理由があった。


それは、「先進国の公的機関が取り扱うようなものではない」事件があまりに多いことである。


そんなこの島を、ある者は期待を、ある者は好奇と畏怖を込めてこう呼ぶ。


「人の想いが叶う島」



挿絵(By みてみん)


「返還20周年!って、まださきじゃん」


下校途中、鉄と硝子(ガラス)で天を彩る商店街を歩いていたら、あちこちで謳われる宣伝文句に、来利(らいり)ちゃんが呆れた様子で声をあげた。


「あと2ヶ月半くらいだねぇ。オリンピックの方が先だっけ?」

「知らなーい。ってかイスタンブールがどこかも知らない。紬は知ってるー?」

「トルコだよぅ。食べ物美味しくて街もきれいらしいよ」

「あ、ケバブ美味しいよね! ってゆーか、んな先のことじゃなくて、もっとなんか無いわけ? 本土みたいに、ハリウッドスター急遽来日ー!とかさ」


来日っていうか来島って言いたいのかな? それに本土にスターがそんなに急遽来るものだろか?と思うけど、


「あ、でも、セレブ?な人たち、結構この島に来てるらしいよ。お忍びで」


昭和レトロを残しつつ、そこに多国籍感が噛み合わさったといわれるこの街は、他国はもちろん本土から見てみても、一風変わった魅力的な文化らしい。生まれも育ちもこの街のわたしには、今一解らないことだけど。

でも、日中ハーフのお父さんと北欧系アメリカ人のお母さんをもって生まれた美少女を前にすれば、多国籍の魅力については至極納得。

そんな多国籍美少女たる、富良永来利(ふらながらいり)ちゃんは、わたしの言葉に前のめりになる。


「マジで!?」

「探偵の知り合いの人、何回か護衛の仕事受けたといってたよ」


この島は、普通の護衛じゃ大変な事もある。だからこの島の探偵を、護衛に雇うこともあるとか。島の案内にもなるし。


(つむぎ)……。アタシたち、トモダチだよね?」


冗談みたいな真面目な瞳。そして長く白い手がのびて、わたしの頬に添えられれば、思わず耳が熱くなる。


「あやや、ウチは護衛やらないよ。それに守秘義務もあるからねぇ」

「ちぇー。まーそっかー」


わたしの言葉に身を翻し、尖った口でむくれてる。


「紬が護衛じゃ、街で襲われても『あやあや、大変ですねぇ』ってお茶すすってそーだしねー」

「来利ちゃん、私湯呑みは持ち歩かないよ?」

「え、ツッコミどこソコ!?」


そんな話をしていれば、気付いたら目的地。

通りに幾つも並んでる、()洋風建築の建物の中でも、一際年季を感じさせるその建物。


「あいっかわらず、隠し部屋とか地下室に怪人でも棲んでそうなビルだよね」

「そんな豪奢じゃないよぅ。オペラやるとこもないし」

「紬歌下手だしねー」

「うう……その通りです……」

「ごめんー。でもそういうところも紬っぽくて、アタシは好きだよ」


そう言い見せる悪戯な笑みは、来利ちゃんによく似合う。


そして二人で、1階の喫茶店へ。


「いらっしゃいませ…あ、月乃木(つきのぎ)さんお帰りなさい。富良永さんもいらっしゃい」

貴仁(たかひと)さん! こんにちはー!」


来利ちゃんを華やがせたのは、この店の店員で、名前は有川貴仁(ありかわたかひと)さん。落ち着きがあって大人びていて、今年で二十歳と聞いたときには驚いた。

純日本人だと言ってたけれど、背は高くて彫りも深めで、一見そうとは思えない。

所謂(いわゆる)高身長イケメンさんで、来利ちゃんの“推し店員”。


「ただいまです。看板出しちゃっていいですか?」

「ああ、大丈夫。社長から許可はもらってるよ」


許可を貰って扉の外へ。

喫茶店の名を示す【cafe 91】の看板の横、裏っ返しのもう一枚を表に返す。


【月乃木探偵社 出張所】


訳あって今はこの喫茶店に間借りしている、ウチの事務所の仮看板。



煎餅(せんべい)セットと黒糖ラテになります」


お客向けの振る舞いで、有川さんは注文の品を置く。


「貴仁さんも一緒にお茶どーですか? お客いないし」

「俺は店員だから、客席に座ってお茶するのはちょっと」

「えー! 紬だってお茶してるのに」

「あやや…でもお腹減っちゃって……」

「月乃木さんは喫茶店の店員ではないから、お客が来るまではいいんじゃない?」

「そうそうお客も来ないですし……」


事務所……というか、正確に言えば受付と応接室になるのだけど、それを此処に間借りし始めて1ヶ月。受けた依頼は1つだけ。


「やっぱ、看板に『現役女子高生探偵』っていれよーよ。あ、『美少女JK探偵』の方がいいかな?」

「あやや、わたし来利ちゃんみたいに美少女じゃないよぅ」

「えー、紬はカワイイと思うんだけどなー。ね、貴仁さん?」

「ああ、でも、『美少女JK』なんて看板じゃ、変な客が増えそうだ」

「あやあや、それは困りますねぇ」


そう苦笑していると、カランコロンと音がなり、お客が一人入ってきた。


「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」


執事のような気品の所作で、お客を迎える有川さん。

そのお客さんはというと、不安と焦りを顔に乗せ、お店の中を見渡して、今度は混乱を乗せながら、有川さんに向き直る。


「月乃木探偵事務所ってのはここでいいんですか?」

お初にお目にかかります。

香魚は岩の苔を食む というものです。

派手さの薄い、やや淡々とした物語かもしれませんが、お暇なお時間にでも、少しばかりの楽しさを添えさせていただければ幸いです。


第1話、幽言部屋は20回ちょっと。トラブルなければ概ね毎日投稿の予定となります。

あ、初で連載の仕組みがわからんくて不安なので、最初2回は連続で投稿すると思います。

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