出発
彼らが落ち着いた後。
いくつか気になった事を聞いてみた。
「魔物と魔獣って違うの?」
「いや、同じだ。魔物っていうのは、人以外の魔素を含む生き物の総称として使われている。魔物っていう大区分の中に、魔獣、魔族、神族、妖精とかがある。サリアも名目上は魔物だ。エルフの血が混じっているから、妖精の枠の中に入る。」
「と言ってもね。妖精の区分に入ってるのは限りなく人に近い種族も多いから、魔物として扱われることなんてないんだけどね。」
「一部じゃ、その枠組み見直しの運動もあるらしいな。」
「人に動物、魔物から、人と亜人、動物、魔物って感じだったかしら?」
「お前自身の話だろ?」
「別に気にしてないもの。」
「で、神族って?神獣って?」
「ああ、すまん。そうだな、まずは動物が魔素を浴びて進化したのが魔獣だって話は分かるか?」
「なんとなく?」
「まぁどこまで知らないのかをこっちも把握してないから、勝手に話を進めるが。その魔獣が進化すれば魔族に分類される。主に、会話が出来るか。知能指数は高いか。文化的社会的活動を行えるかになってくる。魔族の中で特にそれらのレベルが高いのは魔人と呼ばれている。進化に連れて何故か人型になっていくのでな。ともかく。動物、魔獣、魔族の関係性は今の話の通りだ。次に神獣、妖精の話だが。」
「神族は中区分の名称よ。神族の中に、龍や神獣とかが入ってくる。それらは特定の条件がそろった時に自然発生するの。妖精も同じ。その自然発生した者が子を成す場合もある。自然発生を一次と置いて、その子らは二次。私も二次に分類される。一次に分類される者で今生きているとしたら、龍族くらいね。自然発生なんてそうそう起きるものじゃないし寿命もあるから。」
その話を聞いて難しい顔をしてしまったのか、そのうち理解できると言われてしまった。
兎も角、なんとなくのイメージはついた。
今はその程度にしておいて、また今度改めてきこう。
その後他愛ない話をいくつかした後に、そろそろ行くと言って、食材集めに森に入っていった。
サリアとリカルドも毎度のことで付いてきてくれる。
拠点から離れすぎなければ大体の地理を覚えたようだったので、今回から別行動にしてみた。
彼らの話によれば、神獣の近くには早々魔物は近寄って来ないらしい。
そして、私自身はこの森の魔物に後れを取ることは滅多にない。
最悪逃げ足でどうにかなる。
その為、彼等にアルとエルをそれぞれつけて別行動をして採取していくことになった。
そうしたことで、一人の当てが外れて多く採れなくても、他でカバーできるようになった。
また、私よりも知識があるという点で、食べられないと思っていたいくつかが食材であると分かったために食糧事情はどうにかなりそうだ。
そんな風にあれこれしながら彼らと過ごし始めてどのくらいになっただろうか。
カインの怪我も良くなり、そろそろ大丈夫だろうと言っていた。
そう言っていたという事は、彼らが森を出るのももうすぐだという事だ。
それがいつなのかを聞いたのが三日前。
そして明日彼らはここを発つという。
ここ最近彼らは外に行こうと口に出してくれなかった為に、言えず仕舞い。
更には、自分から切出すにも切出せずにいた。
彼らがもうすぐ出て行ってしまう。という思いで焦りが大きくなる。
眠れない夜を過ごしている。
「今日も眠れないの?」
サリアの声に彼女の方へと寝返りをうつ。
いつからか彼女のテントで一緒に寝るようになっていた。
今もどう口にしていいか分からない。
伝えなくてはとは思うのに、喉元で閊える。
「何か不安?ほら、おいで?」
おいでと言われた割に、半ば引っ張られたように彼女の胸元に入る。
そのまま抱きしめられている。
息苦しさに顔を動かして気道を確保する。
ふと彼女を見上げると、半分寝惚けていたのかもう寝息が聞こえた。
腕をほどいて逃げようにも足も絡められていて動けそうにない。
サリアから感じる温もりにどこか懐かしくなる。
アルとエルの体温を感じながら寝たことはあるが、それ以上にどこか心が落ち着く。
ひと肌を恋しがっていた子供のように、今の様子にどこか安心して眠気が襲ってきた。
明日どのタイミングで言うべきか。
どう切り出せばいいのかを考えていたのに私の意識は微睡の中に落ちていった。
翌朝。
いつもと同じようにアルとエルに起こされた私は、起きてからずっと言うタイミングを探している。
だが、彼らはテントを片づけたり、持って行っていいと言った食料の一部を鞄に詰め込んだりと声をかける間もなく動いている。
その為に声を掛けるタイミングを掴めないでいた。
ひとしきり準備を終えた彼らは地図と山の形から現在地を割り出して、森に沿った道へと出られるルートを確認している。
装備を身に着けて彼らの荷物もその足元にある。
いつでも出られる状態だ。
「よし。」
そういってこちらに向き直る彼ら。
「ナル。世話になったな。俺たちはもう行く。機会があればまたこの森に立ち寄ろう。またな。」
「四週間程の間ですが。ありがとうございました。」
「ナルちゃん。またね。」
それぞれの言葉にぎこちない笑顔で手を振った。
彼らが出て行ったのは昼を少し回った頃だった。
少しばかり空腹を感じ焚き火の場所に足を運ぶ。
カインが最後にこれ温めなおして食べな?といって残していったスープがそこにある。
それを火にかけ食べていく。
これでまた味気ない食生活に戻ってしまう。
彼らの話声が聞こえていたこの場所は静かになってしまった。
一人だったのに、一人がこうも寂しくなってしまった。
そんな私の両隣にはアルとエルがいる。
彼らの顔を交互に見る。
言えなかった。
出て行った彼らを見送ってしまった。
どこか悲しくなってきた私の心境を知っての事か、アルとエルに袖口を引っ張られる。
今からでも行けというような目をしている。
まだ遅くないと言っているようだった。
「分かった。今からでも追いかける。」
そう彼らに言って、私は洞穴へと足を運ぶ。
そのとある壁を掘り返していく。
すると、不格好な木の箱が出てきた。
その中から片方だけのシンプルなピアスと、壊れて開かないロケットペンダントを取り出した。
ペンダントを首にかけ、服の下に入れる。
左耳に開けてあるピアスの穴を触って確認する。
久しぶりにつけたそのピアスに手間取ってしまう。
これは両親の形見である。
顔も知らない父親の残したロケットペンダント。
龍が来たあの日消えてしまった母のピアス。
焼け落ちた家から拾い上げた唯一の家族のつながり。
それを身に着け足早に洞穴を出る。
いくつか残していた魔物の素材でリカルドが作ってくれた鞄に残された食料と、貰った衣服を詰め込む。
そして狼の双子に向き直り言った。
「アル。乗せて。すぐ追いかける。いこう。」
その言葉に伏せて私が跨ぐのを待っている。
すぐにアルの背に跨った私は、姿勢を屈めて全速力で走っても振り落とされないようにしがみつく。
二匹は一つ遠吠えをして彼らの後を追って行った。
追いかける道のりは、二匹の鼻が捉えている。
彼らが出発して三時間後に追いかけはじめた私たち。
人の歩く速度ならば、彼らの全速力の猛追の前には十数分だろう。
しばらくして木々の隙間に見えてくる彼らの背中。
少しだけ彼らを追い抜く形で止まった二匹。
そんなアルの背に乗ったまま言えなかったことを私は口にした。
「私も・・・私も付いてく。」
その言葉に彼らの顔が笑顔になる。
「ええ。行きましょう。ナルちゃん。」
「うん!」
それから私は彼らの旅路に同行した。
目的地までの道中、町や村を訪れて一泊しては次へと向かっていく。
その都度その都度カインが何やら情報を集めて、どこかで手紙を書いて出していた。
「何してるの?」
「ナルに関係あることだ。」
「私?」
「ああ。その呪いを解くために、聖女がどこにいるのかってのと、俺たちが向かっている先で合流できればってことで、手紙を出した。」
「聖女に解いてもらうのはともかく、呼ぶってなると費用掛かるんじゃなかった?」
「それもリアに手紙出して融通してもらう。お前が欲しそうな才能の子を見つけたって言ってな。」
「才能あるって言っちゃたの?剣も握らせてないのに?」
「まぁ、どうにかなるだろ。俺たちが口添えすればリアも逃げねぇさ。」
その話を横で聞いてどういう事なのかを疑問に思ったので問いかける。
それに対して言われたことはこうだ。
今後の予定として、最終目的地はリアのいる都市であるという事。
そこは各国の支援により創られた学園があって、それを中心発展した都市らしい。
そして、その都市を治めているのがリアだという。
各国の支援で建てられた学園という利点を生かし、各国から様々な情報が集まりやすいという事もあって、その場所に中立機関も設立された。
集まってくる情報には龍に関するものも多い。
その為、私の持つ鱗本来の持ち主の情報も手に入るだろうという事だった。
正体が分かれば、不完全な契約を正すこともできると言われた。
ただ、それを探し出すまでの間がどのくらいかかるか分からない。
その為に聖女を呼んで呪いを解いてもらおうという事だった。
目的地までの道中は聖女に手紙が届いたか動向に気を使っていく。
正直今も自分の身がどれだけ危険なのか理解をしていない。
だが、一つだけ思うのは長く生きたいという事だろうか。
彼らとの旅は思っていたよりも楽しかった。
それもそうだろう。
知らない事、見たことない物ばかりで心が動かされてばかりだ。
知らないことを知るのが楽しくなってしまった。
それ故に、まだ生きたいと強く思う。
生き続けるにはこの体の問題をどうにかしなければ。
私自身、龍を必ず探し出すと心に決めた。