還撃の魔刀士Ⅲ
観客席によって円形に囲まれた舞台に舞蝶が現れると、先程とは違う声調で感謝される。
「さっきは助かったよ。ありがとう」
「いえ、友人から聞きましたよ。毎日あのようなことになっていると。大変ですね」
自分の身に置き換えて考えると、そうとう面倒くさい。
本心をそのまま言葉にすると、
「まぁそうだね。でもそれのおかげ…って言うのもあれだけど、色々な人と戦えて勉強になるよ」
「それなら案外、心音さんにとっては嫌なことではない感じですかね」
私なら…無駄な戦いは避けたい、と思うけど。
「どうだろう。でも、みんなが思っている以上には苦労してない、とは思うけど」
心音さんは戦いを楽しんでるということだろう。無作為に選ばれる対戦相手の中には当然、強い人もいただろう。勝敗はわからないけど、戦いを楽しんでいるということは、心音さんは相当強いのだろう。戦いを楽しめるのは、相応の実力がある人だけだ。
「そう…ですか。では私との戦いでも是非、勉強していってください」
腰に固定された鞘から刀を抜くと、半歩右足を後ろにずらす。
「戦いで手を抜くことは対戦相手に失礼ですので、本気でいかせてもらいます」
その言葉に刀夜もずっと肩の上に乗せていた刀を掴むことで返答する。
生徒証バッチからの時間警告は既に消えており、代わりに闘技場のモニターに経過時間が表示されている。
戦闘行われることなく、既に三分が経過していた。
「では」
その言葉とともに、舞蝶は刀夜めがけて走り出す。
近づき、中段に構えていた刀を即座に下ろすと、刀を翻し、切り上げる。
受け止めようとした刀夜は、何かに気付き即座に斬撃を後ろに回避することでギリギリ躱す。
空を切った刀は、本来なら刀夜の刀が受け止めたであろう位置で一瞬だけ光を放つ。
ギリギリで回避し距離をとった刀夜は、少し驚いた表情をした後に微笑み、
「なかなか面白い攻撃だね。今のは雪華流の技かな?」
「雪華流をご存知とは、雪華流を使う者としては嬉しい限りです」
雪華流は、修得の難しさの割にこれといった技がないので、刀士にはあまり人気がなく、最近では知る人も少なく廃れつつある。
それを修める身としては、名前を知ってもらえてるだけで喜ばしいことだ。それも技を見ただけで当ててもらえるなんて。
「あの流派には派手さがないからね。やっぱり技を使うなら派手な方がかっこいいって人が多いから、人気は低いよね。ただ雪華流は基礎を底まで押し詰めている流派だからね、それを修めた人と戦えるなんて相当珍しい機会だ。もうちょっと見せてもらえるかな!」
そう言うと次は刀夜の方から攻撃をしかけてくる。
素早い斬り下しを刀に沿らせて流すと、斬り下しの勢いがまるでなかったかのように手首を回転させ斬り上げてくるのを、身体を反らせて回避する。
「あの、なのはさん」
だだっ広いがらんとした観客席に、ただ二人でいるケイトは、なのはに話しかける。
「私の見間違いなら一向に構わないんですが…心音さんのあれは、本気ではないのでしょうか?」
ケイトの問いかけに、目線を舞台に残したまま、なのはが答える。
「生満力を使ってない状態での心音刀夜の本気、だと思う。さっきあの二人ちょっとだけ話してたでしょ?多分その時に何かあったんだ」
ケイトが目線を戦闘中の二人に戻す。
さっきとは変わって、今は舞蝶が刀夜に攻撃している。
今度は舞蝶の手に光が集まっており、先ほどの舞蝶の刀とは速さが段違いだ。
その一撃一撃を受け流す刀夜も徐々に押され始め、ついに体勢が不安定になる。
「第三」
その言葉とともに舞蝶の連撃が止まる。
刀夜が体勢を立て直すまでの一瞬で、舞蝶が攻撃の構えをとり、
「【燕返】」
その瞬間刀夜の頭上、左右から同時に、舞蝶の剣閃が襲いかかる。
が、その剣閃は刀夜に当たる前に打ち消される。
刀夜は後ろに回転しながら跳ぶことで、舞蝶から距離をとっている。
その体は薄い光を纏っている
「今のを躱すとは、はっきり言って想定外でした」
そう言う舞蝶の顔には、驚きを隠した笑みがあった。
「でも本気を出していただけたようで何よりです。心音さんも生満力を解放することができるのですね」
生満力を自分に纏わせ身体能力を高める技術。
普通は生満力を身体に流すこと自体難しい。だが一度流すことに慣れればそこは乗り越えられる。ただ…一瞬で身体中に纏わせることは、普通の人にできる芸当ではない。
「その言い方だと君もできるということなのかな?」
舞蝶同様笑みをこぼしている刀夜が言う。しかし刀夜の笑みは焦りを内包していた。
「はい。ですが心音さんほど速くは無理です」
「でもそれなら君は本気を出していないことにならないかい?本気なら解放するはずだよね」
刀夜の言うことは最もである。
身体能力を高めて戦えるなら、本気で戦う場合そうするべきだ。
だが舞蝶は違った。
「いえ、本気です。これが私の本気の『戦い方』ですので」
それを聞いた刀夜は「なるほど」と答えると
「俺は君に失礼なことをしていたようだね。相手が本気で戦ってくれていたのに、本気で応じないなんて。だけど今からは完全本気でいかせてもらうよ」
すると生満力が刀夜の身体だけでなく刀にまで纏わりつく。
「望むところです。生満力の流れを見たらわかります。心音さん、あなたは次の一撃で決めになるおつもりですね?」
舞蝶の発言に驚きの表情を見せると、
「へぇ…君は生満力の流れが見えるようだね。でもそれなら君は今すぐ生満力を解放するべきじゃないのかい?」
「いえ、このままで。これが私の戦い方ですので」
そう言い決闘開始の様に右足を半歩ずらすと、刀を右に下ろす。
「そっか。じゃあいかせてもらうよ!」
刀夜の声で舞蝶は目を閉じる。
「心刀流奥義─【三斬】─」
刀夜は既に舞蝶の後方に立っていた。
「桜雪第一、【還刀】」
その瞬間刀夜が倒れる。
倒れた刀夜からは血が流れてくる。
刀を振り払い鞘に納めると急いで刀夜の方へと駆け寄ると、生徒用端末で緊急時の連絡先として書かれていた生徒会へと繋がるボタンを押す。
「ケイト…今何が起きたか見えた?」
その声は震えていた。
「いえ。そもそも私には心音さんが瞬間移動したようにしか見えませんでした…」
「そう…」
それ以上二人の間に会話はなかった。
*
「ん…あれ、ここは…」
ベッドの上で寝ている人物が目を開ける。
起き上がろうとして胸に痛みを感じ、起き上がるのをやめる。
「お気付きになられたようですね」
その声で、ようやく左に人がいることを知る。
「まさか刀夜君が負けるとは」
「ほんと、連絡を受けた時はびっくりしたよねー」
椅子の上に体育座りをした人物と、その横に立つ人物が言う。
「真結と会長さん…ということはここは生徒会の休憩室か。治療は…真結がしてくれたのか」
「そうだよ。でも、刀夜君が負けたって、ちょっと手を抜きすぎたんじゃないですか?」
横で体育座りをしながら頷くリア。
「手を抜いてなんかないよ。全力だった」
「刀夜君が全力で?」
真結は驚いた表情で口に手を当てる。
「うん。しかも心刀流の技を使ってまでして負けた。いやぁ、強いね、あの子は」
その言葉に部屋の空気が凍りつく。
リアは思わず口を開け真結に至っては完全凍結していた。
「この学院内で、近接戦であの子に勝てる人は、恐らくだけどいないだろうね」
布団に隠れていた刀夜の拳は、強く握られ、震えていた。
*
「じゃあ今から実践演習をはじめまーす。とりあえず、学内序列戦に出る人は先生のところまで言いに来てね。それと、舞蝶ちゃんはまだ序列ないから強制参加ね」
雪歩の言葉で、ぞろぞろと参加者が立ち上がる。
「ねぇ、学内序列戦って何?」
「その名の通り、学院内での序列を決める試合のことだよ。決闘でも序列を上げることはできるけど、そもそも序列が決まらないと決闘のしようがないでしょ?」
「えっ、でもみんなもう序列は決まっているんじゃ…」
「それは去年の序列。この学内序列戦が終わったら、その序列に一気に書き換わるんだよ。それで百位以上の百人は参加できるなら強制参加、百位以下は自由参加って感じ。百位以上が強制参加なのは、学院からの待遇が変わるから。良い待遇を受けたまま、なんてことはさせないっていう学院の強い意志だね」
なのはは得意気に説明をし終えるとため息をつく。
それを見たケイトは
「なのはさんは嫌そうですね」
「私はそもそも情報屋だよ?なんで戦わなきゃいけないのさ」
なのはは頬を膨らます。
「もしかしてなのはは序列百位以上なの?」
問いかけに頷くと、なのはは、
「私は二十一位。でもケイトはもっとすごい七位だけどね」
「えっ、二人ともそんなに強いの!?」
しかし、なのはに関してはすぐに納得できるところが思い浮かぶ。今朝、肩を叩かれた時のことだ。足をすくいにいったときに、ジャンプで躱されたことを考えると、なのはの反射神経の良さはすぐに分かる。
それに加えて羽島本家の娘。実力も相当のものだろう。
そしてそのなのはが興味を持っているケイトの実力も、相当のものと考えられる。
「いえ、私はこの前の時は対戦相手が得意な相手ばかりだったので、勝てただけです」
「私もだよ。全然強くないから」
二人の謙遜は、手に取るように見えるものだった。
「あはは。まぁとりあえず先生のところに言いに行こうよ」
雪歩のところへと歩く舞蝶の後ろ姿を見て、
「舞蝶に比べたら私達ってさ…」
「雑魚同然ですよね」
*
「それじゃ参加希望も取れたことだし、今からクラス内序列を決める試合を行います。誰か、指名して勝負したい人がいたら挙手をしてね」
すると一人の男子生徒が手を挙げ雪歩がそれを当てる。
「このクラス内の序列は変わっていないので、桜雪さんが誰かと戦って序列を決めるというのはどうでしょうか?」
「んー、そうね…確かにその方が早いわね。それじゃそうしましょ。それと、今のクラス内序列に不服のある人も戦うことにしましょ。今の序列に少しでも不服がある人は挙手してね」
雪歩の言葉に反応して挙がる手はなかった。
これじゃ私ただの見世物に…。心音さんにも言われたけど私の技ってあんまり派手じゃないからなぁ。まぁそもそも、魅せるための剣技ではないんだけども。
「じゃあ誰と戦ってもらおうかな。あっ、そうだ!舞蝶ちゃんとなのはちゃんは仲良さそうだよね。ならなのはちゃん、舞蝶ちゃんと一番互角な戦いをしそうな人を言ってくれない?」
雪歩の言葉になのはは笑顔でホッとすると、隣にいたケイトへと顔を向ける。
「ちょっ、ちょっと待ってください!私は嫌ですよ!」
なのはが言葉を発する前に、ケイトは慌ててなのはを牽制する。
しかしなのはは次第にいじめっ子のような顔をして雪歩の方へ顔を戻すと
「それならケイトが一番近いと思います」
その発言にその場にいた人がざわつく。
「な、なのはちゃん?それ本気で言ってる?忘れてない?ケイトちゃんは去年のフローリアント聖武祭の十二位よ?」
「私が忘れるわけないじゃないですか、先生」
「そうね…。だったらケイトさん、お願いできる?」
少しの間沈黙が場を制する。
クラス中の目線がケイトに向いている。
「…わ、わかりました」
ケイトが答えると、クラスの皆が視線を雪歩へと戻す。
このケイトの答えに違和感を感じたものはいなかった。ただ一名を除いては。
「じゃあケイトちゃんと舞蝶ちゃんは舞台に向かってちょうだい。他の皆はこの第二闘技場内ならどこにいてても構わないから」
バラバラに散らばって行くのを眺め終わると、
「なのはちゃん、ちょっとついてきて」
*
舞台を観客席の邪魔なく見ることができる来賓観戦室に、雪歩となのはの姿があった。
通常生徒は立ち入り禁止のこの場所も、教諭同伴なら可能になる。
「なのは、あなたとケイトさんは舞蝶さんの何を知っているの?」
雪歩の口調はいつものそれではなかった。
「教えて欲しい?ならあの人の情報を教えてよ」
挑戦的な態度で雪歩の応答に答えると、大きな窓から舞台を見下ろす。
そこには既に舞蝶とケイトの姿があり、二人で何かを話している。
「…後で教えてあげるわ。その代わりに教えて。あなた達が何を知っていて、どうしてケイトさんが対戦することを嫌がり、恐怖のなか対戦を受けたのかを」
その言葉を聞いたなのはは、
「交渉成立っと。それじゃとりあえずこの試合を見てからにしよう。その方が話しやすいだろうし。あとあの人…琴切真結にも来てもらっておいてよ」
「どうして?」
「怪我人がでるからだよ」
なのはの目を見てその発言を確かなものだと確認すると、教諭用端末を取り出す。
そして回線を生徒会へと繋ぐと、
「羽島鏡よ。真結、今すぐ第二闘技場来賓観戦室まで来て」
一方的に言葉を伝えると回線を切り、少し教諭用端末を操作すると闘技場内に雪歩の声が響く。
「試合開始!」